親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

文字の大きさ
31 / 73
ムー大陸編

18首都ヒラニプラでの演奏会3

しおりを挟む
 ヒラニプラのホテルのベッドは中々の寝心地で、ほのかな明かりも心地良く、機嫌が良かったのか邪神が振る舞ってくれたボトルの赤ワインを二人で飲んだおかげで、ぐっすりと眠り、すっきりと目覚めることができた。

「さて、神谷はやっぱりコーヒーかい」

「そうだね、まずは冷たい水を一杯、それからコーヒーがいいね」

 言ったとたんに目の前のテーブルの上に、透き通った水の入った大きなグラスと、コーヒーの入ったマグカップが現れた。

 これはホテルの朝食ではなく、邪神のサービスだ。

「そうだよ、この時代にまだコーヒーはないからね。アルコールはあるようだけど」

 コーヒー好きとしては残念な時代だ、と思った。邪神がいればいつでも飲むことができるのだろうが、この島の人間の前では頼むことはできないだろう。好奇心の強いこの島の人間の前で飲んだりしたら、質問攻めに合うこと間違いなしだ。

「そうだな、この島の人間の前ではまずいかもしれないね。でも、どの道滅んでいく奴らだ、気にすることもないと思うけどね」

 そうだった、この島は近い将来海中に没する運命にあるのだった。

「この島はどうして海に沈んでしまうのかな」

「さてね、そんなこと僕に分かる訳がないじゃないか。もしかすると、こいつの仕業かもしれないね」

 アルハザードが肩の上の邪神の頭をなでた。

 不意に頭の中に昨日見た一階のカウンターの中で白色人の女性が何の表情もなく立っているいる映像が浮かんだ。

「もしかすると、チェックアウトの時間なのかな」

「そうらしいね、早く金を払って出て行くか、連泊の手続きをしろってことだろ」

「連泊はしないよね」

「しないよ、色々な所で泊まった方が有名になれるからね」

 ギターケースを背負い、部屋の入り口で試しにー開けゴマーと念じてみたが、何の変化も起こらなかった。

「何をやってるんだい」

 アルハザードがドアに触れると、ドアが横に回転して、二人は外に出ることができた。

「この部屋は中から出る時は唯の回転扉になるんだよ」

 自分の精神力を試そうとしたことがひどく恥ずかしく思えた。

「恥ずかしがる必要はないよ。格好悪いけどね」

 アルハザードがクスリと笑った。

 一階のカウンターでは先ほど頭の中に浮かんだ、昨日の白色人の女性が朗らかに佇んでいた。アルハザードが手を開くと、見たこともない美しい花の模様が刻まれた銀貨が二枚あった。それを女性に手渡し、ホテルを後にした。

「ここの人たちはお金をもらっても『ありがとう』の一言もないんだね」

「昨日の演奏会にきた奴らと同じさ、習慣の違いだね。ありがとうと思ってはいても、口に出すことはしないんだ、精神力増幅器の影響かもしれないね、奴らは携帯用の機械をいつも持っているから、相手の脳に直接自分が思った映像を送ることができるからね」

「昨日の料理の映像や、さっきのチェックアウトのお知らせみたいに?」

「そうだよ、現代人で例えるならば、高性能なスマホを持っているようなものじゃないかな」

 もの凄く分かりやすいたとえだ。

「今日はどのあたりで演奏会にする」

「そうだな、もう少し王宮に近づいてみようか」

 二人で王宮に向かって歩き出した。アルハザードの肩の上にいるはずの邪神は再び姿を消している。

 道ですれ違う白色人の数が段々と多くなってくる。

 辺境の地で見たような車に乗っている者はなく、全員が徒歩だ。車以外の乗り物はないのだろうか。

「ないらしいね。必要がないんだろう。この街を出るとき以外は徒歩で充分ということなんだろうね」

 夕べ食べた馬の祖先などに乗るという習慣もないのだろう。

「あれはあくまでも食料として飼っているんだ、食料に乗るという考えはないみたいだよ」

 今二人で歩いている道路の幅を考えれば、それは頷ける。人が二人やっとすれ違える道幅しかないのだから。

「それじゃあ、馬なんかはどこで飼われているんだい。この島にきてから、動物は一頭も見ていないよ」

 動物を見ていないし、その肉を販売している店を見てもいない。

「不思議だろう」

「不思議だね」

「もう少し歩いていくと何か分かるかもしれないね」

 アルハザードの後ろについて歩いていると、すれ違う白色人の数が途端に多くなった。

「このあたりでギターを弾ける場所はあるかい」

 アルハザードが肩の上の見えない邪神に向かって話しかけた。

「ふーん、神谷、この先の道の外れに小さな広場がある。そこなら大丈夫だそうだ」

 神谷の返事も待たずにアルハザードが少し先を指差して、歩みを早めた。

 邪神が教えてくれた広場には、昨日の広場と同じく、石でできた白いベンチが五つ並んでいた。

「ここなら人通りも多いから昨日よりも人が集まりそうだね」

 公園の奥に黄色い石が現れた。もちろん、邪神の力によるものだ。腰を降ろしてみると、高さが丁度良く調整されている。

「昨日も言ったけど、この街の連中はゆったりとした曲が好みだ、宜しく頼むよ」

 ギターをケースから取り出してチューニングをしていると、早くもベンチに十人ほどの白色人が座った。背の高い男性もいれば女性もいる年齢は若い者ばかりで、年老いた者はいなかった。

「昨日の神谷の演奏が彼らの間で広まっているようだね。心地良い演奏をする楽器弾きとして」

 アルハザードが後ろから声をかけてきた。白色人は昨日同様、何の感情を示す訳でもなく唯座って神谷の方を見ているだけだ。

 軽く指慣らしを終えて、ゆったりとした曲を三十分ほど弾いた。公園の中はいつの間にか立ち見の白色人でぎっしり状態だった。

 最後に映画「禁じられた遊び」のテーマ曲、愛のロマンスを弾いた。公園内はしんと静かだったが、神谷が立ち上がってお辞儀をすると、園内にいた人々はパラパラと園外に出て行った。

「喜んでもらえたかな」

「もの凄く受けていたらしいよ」

「全く反応がないっていうのも弾きがいがないね」

「何回か経験すれば慣れるさ」

 反応がな聴衆に慣れてしまったら、現代に戻った時に拍手の大きさが心臓に悪いのではないだろうか。と思ったが、それ以前に無事に現代に戻れるのかどうかを心配すべきだと思い直した。

 それについてはアルハザードからの言葉はなかった。

「演奏会も終わったし、食事にしようか」

「この公園で?」

「いや、この近くに食事ができる店があるらしい。そこに行こう」

 アルハザードが返事を待たずに歩き出した。ギターをケースにしまい慌ててその後ろ姿を追った。

「ここだよ」

 アルハザードが立ったのは他の建物と変わらない、白いドーム型の建物の前だった。建物に近づいてみると、壁に小さなボタンと円形の金網で覆われたくぼみがあるのが見える。夕べ泊まったホテルと同じだ。

 そして同じようにくぼみに向かって何事かを話すと、同じように人が通れる空間ができた。

「ここは食べ物屋だ。現代で言えば、定食屋かな」

 奥から黄色人の大柄な女性が出てきて、奥まった場所を指差した。そこに座れということらしい。

 指示された場所には、黄色い石でできた二人掛けの椅子があった。

「案内もしてくれないんだね」

「これも習慣の違いだよ」

「でも、青色人や赤色人の街で店らしき建物がなかった理由が分かったよ。どの店もこの方式なんだね」

「そうらしいね、但し、青色人の店には青色人だけ、赤色人の店には赤色人しか入らないようだよ。そして、この店に入れるのは白色人と黄色人だけだ」

「ここって食べ物屋さんでしょ、メニューみたいな物はないのかな」

「そんな物ないよ、もう少し待ってごらん、メニューがない理由がわかるから」

 十分ほど待っていると、アルハザードの言葉の通り先ほどの黄色人の女性がトレイに乗った食事を運んできた。

 目の前にトレイを差し出され、それを受け取ろうとすると、何もなかった空間にテーブルが現れ、そこに女性がトレイを置いた。

 下を見るとテーブルには足がなく、天板だけが宙に浮いている状態だった。

 同じようにトレイの乗ったテーブルを前にしたアルハザードに「注文もしていないのに料理が出てくるんだね」と言うと、アルハザードが「トレイの中を良く見てごらんよ」と言うので、トレイの上の皿を見ると、夕べ食べた料理と同じスープ、野菜と肉を炒めたものが乗っていた。

「この街では人種によって食べる物が決まっているんだ。だからメニューがないのさ」

「それじゃあ、この街にいる限り、この料理を食べ続けるってこと」

「白色人の経営している店に入ったらね」

「それ以外の店ってあるの」

「あるよ、入れるかどうか分からないけどね」

「どんな店なの」

「それは、この街のヒエラルキーの一番上の更にその上、王族の経営している店だよ」

 焼き肉をフォークに取りながら、アルハザードがクスリと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...