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ムー大陸編
42ヒラニプラの星空
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「今日は夜に外に出てみないか」
グラスに入ったワインを一口飲んで、アルハザードが言った。
「その神様のお誘いかい」
「そうだよ、今日は満月ではないけど今日は月も星も綺麗らしい。夜の散歩にはうってつけの晩だそうだ」
単に散歩に誘われただけなのか、魔人にも夜空を眺めて楽しみたいという願望があるのだるか。
「そんなものある訳ないじゃないか、星空なんて見飽きるほど見てきたんだから、唯、この時代の星の配置を見たいのさ、夜空の星の位置を正確に把握することは砂漠に生きる者にとっては重要なことだからね」
星の位置によって正確な方向を知る、ということだろう。
「その通り、星座はメルヘンチックな神話の産物として生まれた訳ではない、生きる術として到達した学問なんだよ。
砂漠の果ての荒野を生き抜いてきた魔人の言葉である、重みがない訳がなかった。
「僕が毎日見ていた星の位置とあまり変わりはないね」
夜の十時過ぎに訪れた王宮の裏に広がる広大な敷地は、人影もなく閑散としていた。昼間は放牧されていた家畜たちも今は宿舎で夢の世界にいるのだろう。
空を見上げた、降って来るような満天の星空とは正にこれのことを言うのだろう。
邪神がアルハザードの肩の上に乗っているのが見える。
「そういえば、君はこの島の地中の動きが活発になっているって言ってたけど、分かりやすく教えてくれないか」
「前に言った通り、この島に火山はない、しかし、地震として感知できないほどの小さな揺れが常時起こっているんだ、王宮の中にいると感じないけど、こうして大地に足をつけているとそれを感じるんだ。神谷は感じないかい」
アルハザードに言われても神谷にはそれを感じることができなかった。
「まあ、現代の日本で生まれ育った人間に感じろという方が無理か、この国の者も誰も感じていないみたいだしね。でもあの長い名前の神は感じていて、あいつの力で何とか大きな揺れにならないように抑えようとしているみたいだよ」
邪神をこいつ、この国の神をあいつ呼ばわりする魔人が感じているのは、島の行く末なのだろうか。
「そんなもの考える訳がないじゃないか、僕が憂いたとしても何も変わらないからね、こいつらの考えることの範疇だろう」
アルハザードは邪神の頭をなでた。
「こんな景色の中で飲むワインもまた格別だろう」
アルハザードがワインの入ったグラスを顔な高さに掲げて笑った。二人は邪神の出したディレクターズチェアに腰を降ろしている。石の椅子よりもやはり背もたれのついたこちらの方が座り心地がいい。二人はテーブルを挟むようにして座っていて、テーブルの上にはもちろんワインのボトルとグラスが置かれている。
「つまみはこの景色だね」
「ああ、僕はこの景色をつまみにして蛇や蠍を食べていたけれどね」
せっかくのワインが血生臭くなったような気がした。
「僕は気がするだけじゃなくて、本当に血生臭いものを食べていたのだけどね」
アラブの魔人が遠い目をしながら語った。
「訓練の時間が長引いて、疲れないかい」
「それに関しては、黄金人もラ・ムーも不思議がっていたね。なぜ僕の精神が破壊されないのかってね、僕の精神がとっくに壊れているとも知らずにね」
アルハザードと一緒に暮らしている現在、彼の精神が壊れていると思ったことはないのだが、物事を見る視点が自分とは大きく違うことに気づかされることが多い。それはアルハザードの経験してきた過酷な体験からというよりも、齢数十億年と言う途轍もない邪神と精神を交流させているからではないのだろうか、と思うことが多い。
「それはどちらもだね。イスラムを棄教したことも、砂漠の果てを何の希望もなく放浪したことも、こいつらを召喚する術を学んでこうして一緒にいることも全てが僕という人間を形成しているんじゃないかな。でも、それは全ての人間に共通することだろう、体験が人間を作る、コーランを一万回読むよりも、砂漠を一年放浪することの方が遥かに人間性を確立できる、そうは思わないか」
その意見には賛成するが、決して自分では体験したくはない。
「僕だってそんな経験はしたくなかった。普通の人生を送りたかった。神谷、君は運命というものを信じるかい」
「運命、僕は特定の宗教を信じてはいないしね。今のところ君のような過酷な体験をした訳でもない、きわめて凡庸な人生を送っている者にとって、運命なんてものはあってもなくてもどうでもいいものじやないかな」
「君が凡庸だって、どうして僕が君の部屋にあの魔道書を置いたと思ってるんだい」
やはり神谷の部屋の押し入れに魔道書「ネクロノミコン」を置いたのはこの魔人だった。
「飛び抜けたギタラの演奏者だからだよ。君ほど美しさと速さを併せ持つ者は他にいなかった、だから、凡庸などではないよ、それに..」
「それに、何だい」
「こいつに気に入られているんだ、それだけでもすごいことだとは思わないかいJ
アルハザードと知り合いになった時点で、すでに凡庸な人生ではなくなったのかもしれない。現に一万ニ千年前のムー大陸で星を見ながらワインを飲むという常識では考えられない体験をしているのだから。
「地下の動きが活発なのは気になるところだね」
部屋に戻って再びワインを飲みながらアルハザードに言うと「大地震の前触れかもしれないね」と、事もなげに答えられてしまった。
「近い将来この島が地中に沈むのは避けられないのかな」
「どうだろうね、できるとしたら、こいつくらいじやないのかな」
アルハザードが足元で丸くなっている邪神の頭をなでた。
「但し、やる気はないだろうね、現代にこの島はないどころか、伝説にしか残っていないからね。この国の神くらいではどうにもならないからね。事実は変えられない、それが自然の摂理なんだよ」
「でも、僕たちは時間をさかのぼって、この島にやってきたじやないか」
「それは、こいつの気まぐれだよ」
邪神の気まぐれ、この世は神の気まぐれで成り立っているというのだろうか。
「まあ、それが全てではないけど、その部分はあるね。それは人も神も同じさ。たとえば犬を飼っている人がいるとして、雨の日に散歩に連れて行く、行かないは犬の都合ではなく飼い主の気まぐれだろう、それと同じさ、犬にとっては飼い主が、人にとっての神のようなものだからね」
では、大地震や大雨などの災害も神の気まぐれで起きるのだろうか。
「この宇宙の構造自体を創造したのが神ならば、超常現象の全ては神の意向ということになるね」
アルハザードがクスリと笑った。
グラスに入ったワインを一口飲んで、アルハザードが言った。
「その神様のお誘いかい」
「そうだよ、今日は満月ではないけど今日は月も星も綺麗らしい。夜の散歩にはうってつけの晩だそうだ」
単に散歩に誘われただけなのか、魔人にも夜空を眺めて楽しみたいという願望があるのだるか。
「そんなものある訳ないじゃないか、星空なんて見飽きるほど見てきたんだから、唯、この時代の星の配置を見たいのさ、夜空の星の位置を正確に把握することは砂漠に生きる者にとっては重要なことだからね」
星の位置によって正確な方向を知る、ということだろう。
「その通り、星座はメルヘンチックな神話の産物として生まれた訳ではない、生きる術として到達した学問なんだよ。
砂漠の果ての荒野を生き抜いてきた魔人の言葉である、重みがない訳がなかった。
「僕が毎日見ていた星の位置とあまり変わりはないね」
夜の十時過ぎに訪れた王宮の裏に広がる広大な敷地は、人影もなく閑散としていた。昼間は放牧されていた家畜たちも今は宿舎で夢の世界にいるのだろう。
空を見上げた、降って来るような満天の星空とは正にこれのことを言うのだろう。
邪神がアルハザードの肩の上に乗っているのが見える。
「そういえば、君はこの島の地中の動きが活発になっているって言ってたけど、分かりやすく教えてくれないか」
「前に言った通り、この島に火山はない、しかし、地震として感知できないほどの小さな揺れが常時起こっているんだ、王宮の中にいると感じないけど、こうして大地に足をつけているとそれを感じるんだ。神谷は感じないかい」
アルハザードに言われても神谷にはそれを感じることができなかった。
「まあ、現代の日本で生まれ育った人間に感じろという方が無理か、この国の者も誰も感じていないみたいだしね。でもあの長い名前の神は感じていて、あいつの力で何とか大きな揺れにならないように抑えようとしているみたいだよ」
邪神をこいつ、この国の神をあいつ呼ばわりする魔人が感じているのは、島の行く末なのだろうか。
「そんなもの考える訳がないじゃないか、僕が憂いたとしても何も変わらないからね、こいつらの考えることの範疇だろう」
アルハザードは邪神の頭をなでた。
「こんな景色の中で飲むワインもまた格別だろう」
アルハザードがワインの入ったグラスを顔な高さに掲げて笑った。二人は邪神の出したディレクターズチェアに腰を降ろしている。石の椅子よりもやはり背もたれのついたこちらの方が座り心地がいい。二人はテーブルを挟むようにして座っていて、テーブルの上にはもちろんワインのボトルとグラスが置かれている。
「つまみはこの景色だね」
「ああ、僕はこの景色をつまみにして蛇や蠍を食べていたけれどね」
せっかくのワインが血生臭くなったような気がした。
「僕は気がするだけじゃなくて、本当に血生臭いものを食べていたのだけどね」
アラブの魔人が遠い目をしながら語った。
「訓練の時間が長引いて、疲れないかい」
「それに関しては、黄金人もラ・ムーも不思議がっていたね。なぜ僕の精神が破壊されないのかってね、僕の精神がとっくに壊れているとも知らずにね」
アルハザードと一緒に暮らしている現在、彼の精神が壊れていると思ったことはないのだが、物事を見る視点が自分とは大きく違うことに気づかされることが多い。それはアルハザードの経験してきた過酷な体験からというよりも、齢数十億年と言う途轍もない邪神と精神を交流させているからではないのだろうか、と思うことが多い。
「それはどちらもだね。イスラムを棄教したことも、砂漠の果てを何の希望もなく放浪したことも、こいつらを召喚する術を学んでこうして一緒にいることも全てが僕という人間を形成しているんじゃないかな。でも、それは全ての人間に共通することだろう、体験が人間を作る、コーランを一万回読むよりも、砂漠を一年放浪することの方が遥かに人間性を確立できる、そうは思わないか」
その意見には賛成するが、決して自分では体験したくはない。
「僕だってそんな経験はしたくなかった。普通の人生を送りたかった。神谷、君は運命というものを信じるかい」
「運命、僕は特定の宗教を信じてはいないしね。今のところ君のような過酷な体験をした訳でもない、きわめて凡庸な人生を送っている者にとって、運命なんてものはあってもなくてもどうでもいいものじやないかな」
「君が凡庸だって、どうして僕が君の部屋にあの魔道書を置いたと思ってるんだい」
やはり神谷の部屋の押し入れに魔道書「ネクロノミコン」を置いたのはこの魔人だった。
「飛び抜けたギタラの演奏者だからだよ。君ほど美しさと速さを併せ持つ者は他にいなかった、だから、凡庸などではないよ、それに..」
「それに、何だい」
「こいつに気に入られているんだ、それだけでもすごいことだとは思わないかいJ
アルハザードと知り合いになった時点で、すでに凡庸な人生ではなくなったのかもしれない。現に一万ニ千年前のムー大陸で星を見ながらワインを飲むという常識では考えられない体験をしているのだから。
「地下の動きが活発なのは気になるところだね」
部屋に戻って再びワインを飲みながらアルハザードに言うと「大地震の前触れかもしれないね」と、事もなげに答えられてしまった。
「近い将来この島が地中に沈むのは避けられないのかな」
「どうだろうね、できるとしたら、こいつくらいじやないのかな」
アルハザードが足元で丸くなっている邪神の頭をなでた。
「但し、やる気はないだろうね、現代にこの島はないどころか、伝説にしか残っていないからね。この国の神くらいではどうにもならないからね。事実は変えられない、それが自然の摂理なんだよ」
「でも、僕たちは時間をさかのぼって、この島にやってきたじやないか」
「それは、こいつの気まぐれだよ」
邪神の気まぐれ、この世は神の気まぐれで成り立っているというのだろうか。
「まあ、それが全てではないけど、その部分はあるね。それは人も神も同じさ。たとえば犬を飼っている人がいるとして、雨の日に散歩に連れて行く、行かないは犬の都合ではなく飼い主の気まぐれだろう、それと同じさ、犬にとっては飼い主が、人にとっての神のようなものだからね」
では、大地震や大雨などの災害も神の気まぐれで起きるのだろうか。
「この宇宙の構造自体を創造したのが神ならば、超常現象の全ては神の意向ということになるね」
アルハザードがクスリと笑った。
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