親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

文字の大きさ
64 / 73
ムー大陸編

51待遇向上?

しおりを挟む
 水平線が白み始める頃には、空き地は無数の黒鳥を捕獲する仕掛けで覆い尽くされていた。伴の白色人を連れて裏口から姿を現したラ・ムーは、遠目にも呆然と立ち尽くしているのが分かった。

「これを二人だけで一晩で作ったというのかね」

 近づいて来たラ・ムーが信じられないとばかりに上ずった声を上げた。普段の荘厳な声とは大違いだ。

「まあ、そうですね。大したことではありませんよ、少しがんばっただけです」

 強いて言えば、がんばったのは邪神なのだが。

 結局、神谷は邪神にソファーを出してもらい、朝まで睡眠を取ることができたが、アルハザードは徹夜で仕掛けのでき上がる様子を眺めていたようだ。

「信じられないことだが、こうして現物が目の前にあるのだから信じない訳にはいかないな」

「後はこの仕掛けのなかにあの鳥の好む餌を入れて、街中に置いておけば上手くいくと思いますよ」

 アルハザードの話では、黒鳥は肉の中でも特に内蔵、しかも腐臭の漂う腐りかけた物を好むらしい。

 邪神の作った仕掛けは取り敢えず三分の一ほどが動物の内蔵を入れて、街のあちらこちらに設置されることとなった。

「しかし、3Dプリンターとは驚いたね。しかも、あの仕掛け全てが同じ材料でできているんでしょ、どのくらいの数作ったんだい」

 部屋に戻る通路の中でアルハザードに話しかけた。

「大体千個くらいかな」

 あまりの数の多さに驚いた。

「そんなに驚くことじゃないよ。プリンターは一台だけじゃないからね、コピーをコピーして、最終的には二十個を同時にコピーしたんだ」

「だったら、材料の材木の量が伐採された木よりも格段に多いことに気がつかなかったのかな」

「その点を訊かれたらどういうふうに答えるか、考えてはいたんだけど、あまり驚きすぎて、頭が回らなかったみたいだね」

「因にどんなふうに答えるつもりだったんだい」

「さあね、もう忘れてしまったね、それよりも、朝までがんばってくれたこいつにたくさんサービスをしてやってくれよ」

 再び姿を消した邪神はアルハザードの肩の上で丸まっていることだろう。

 部屋に戻るとアルハザードは午後の治療に供えて体を床に横たえた。

 仮眠をとっている横で邪神好みの軽快な曲を弾くのはためらわれると思っていると、顔にかけたタオル越しに「神谷の弾くギターくらいで眠れなかったら、とても砂漠の夜を越すことはできないよ、気にしないで存分にやってくれ」と言う涼やかな声が聞こえた。

 魔人の進言に従い、軽快な曲を三十分ほど弾いていると昼食の時間になったらしく、頭の中に料理の映像が浮かんだが、今日の物はいつもの白色人用の物ではなく、鉄の皿に肉のかたまり、分厚いステーキと白いシチューのような物だった。

「いつものメニューとは違うみたいだね」

 起き上がったアルハザードに話しかけた。間もなく目の前に映像と同じ料理が現れた。

「これは白色人用の料理じゃないみたいだね」

「それじゃあ……」

「ああ、これは黄金人、王族のための料理だ」

 黒鳥退治のための仕掛けを作ったお礼だろうか。しかし、何もしないでソファーで寝ていた神谷としては少し気が引けるところだ。

「気にすることはないよ、神谷は寝ていただけだけど、僕だって見ていただけだ、こいつが全てをやってくれたけど、こいつは普通の食事はしないしね」

 部屋の隅で丸くなっている邪神が退屈そうに小さく欠伸をした。

 料理の前には金属製の細い棒が置いてあった。これでどうやって食べるのかと思っていると、肉の前にはナイフとフォーク、スープの前にはスプーンが現れた。これは明らかに邪神のサービスだ。

 料理を口に運んでみると、肉は牛肉に近い味がした。おそらくは王宮の裏で飼われている牛の祖先のものだろう。味つけは塩だけではなく微かにスパイスが入っているような気がした。

「実際に使われているようだね。さすがは王族の食事だけあって豪華だね」

 アルハザードは付属の棒を使って器用に肉を切り分け、それを串刺のようにして口に運んでいる。皿の中のシチューの具材も棒に差して食べている。

「これからも、この食事が続くのかな」

「さあね、あの仕掛けの成果次第じゃないのかな。今回のは『夕べは御苦労』ってことだろうね」

 食後には紅茶に似た飲み物が現れた。カップの色は白だった。
「黄金人と同じ食事は与えるけど、今日は特別だということを忘れるなよってことだろう」

「でも、あの仕掛けが成果を上げたら、それも変わるんじゃないの」

「何だ、神谷は待遇が変わった方がいいのかい、僕は今までのままで充分だけどね」

「僕だって別に不満がある訳じゃないよ。唯気分的に多少違うかなって思っただけだよ」

「ふーん、そうなんだ」

 アルハザードは思わせぶりに笑っただけで、後は何も言わなかった。

 アルハザードが午後の治療に出かけた。神谷は邪神にギターのためにギターを弾いた。いつものように周りを黒い影が踊った。


 考えてみれば、ムー大陸に来てから十日余り、今まで以上にギターの演奏をしている。しかも、邪神とはいえ神のために演奏をしている時間が長いことは、楽器弾きとして幸せなことなのだろうか。

 アルハザードが治療から部屋に戻って来た。

「取り敢えず、あの仕掛けは街の色々な場所に設置されたよ」

「予定通り、三分の一が設置された?」

「うん、中に家畜の内蔵を入れて青色人を総動員して王宮から運び出したみたいだね」

「上手く行くかな」

「さあね、こいつくらいじゃないのかな、結果が分かっているのは」

 もちろん、その結果を教えてはくれないのだろう。

「当たり前だよ。だからこその邪神だからね」

 部屋の隅で体を丸めて喉をゴロゴロを鳴らしながら、邪神は眠っているように見えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...