親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

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ムー大陸編

56魔人の酸性雨対策

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 アルハザードが再び黒鳥を退治して三日経過したが、王宮の上空で黒い飛行物体を見ることなくなった。

 前回は退治した翌日には姿を見せていたというのに。

「なぜか黒鳥が飛んで来ないね」

 夕食後にワインを飲みながらアルハザードに話しかけた。

「ああ、この国の神が黒い玉から生まれる生命の比率を変えたからね」

「どういうこと」
「あの玉から生まれる生物の割合は、この国の神の力により決められていると前に話したろう。蜥蜴のような生き物の生まれる割合を増やして、黒鳥はほんの僅かにしたんだ。だから、この国に飛来する黒鳥はいないんだよ」

「それじゃあ、ラ・ムーが心配していたようにあの鳥のためにこの国が滅ぶことはないんだね」

「多分としか答えようがないけど、そうかな」

「初めからこうすれば良かったんじゃないのかな」

「神谷は会社員の経験がないから分からないんだろうけど、組織には面倒な決まりがあるのだよ、この案件で言えば、上司の決済印をもらうのに時間がかかっただけのことだよ」
「上司というのは、この国の神様の上位の神様ってこと」
「そういうことだね」

 神様の世界も人間の会社組織のように面倒な手続きが必要なようだ。この国の神様は、さしずめ中間管理職といったところなのだろうか。

「いや、もっと下の方、平社員だね」

 では、決済印が中々もらえないのも致し方ないのだろう。
「この時代、地球は旧石器時代だからね、上位の神様は天界にいて、部下に人間社会の管理をさせているんだよ。もう少し文明が発達した時代になると、自分たちが直接ちょっかいを出してくるんだ、繁栄という名のもとにね」

「平社員はお役御免という訳かい」

「そうだね、神ではなく、精霊と呼ばれたり、人として生まれて上司からの指導で人々を導いたりするんだろうね」

「それじゃあ、この島の王ラ・ムーも神様の経験があるの?」

「いや、ないよ。あったら他人の命を削って自分の寿命を延ばしたりはしないだろう。この島は天上界にとって実験的な場らしい、だからこの時代にここだけが他の場所とは全く違った文明の発達の仕方をしているんだ、そして監督をまかされている神も新米なのさ」

「それじゃあ、あの増幅器も神の意図していたことなのかな」

「いや、あの機械は神も考えていなかったイレギュラーな装置だよ。先代のラ・ムーはおそらくは天才だったんだろう。天上界でも考えつかない装置を造ってしまったんだから」

「でも、そのせいでこの島が滅ぶとしたら、責任は先代のラ・ムーということになるのかな」

「先代の王はあの装置を開発したために千年以上生きた、しかし、その像が何度も天災で破壊されてしまうということはどういうことか分かるだろう」

「天上界が怒っているってことだよね」

「そういうことだね、そして現王のラ・ムーもまたその装置を使い続けているということは同罪ということになるね」

 では、その装置で体を治そうとしている君は……そこで何とか思考を停止した。

「同罪だろうね、そんなこと気にもかけていないけどね」

 アルハザードはそれきり口を開こうとはしなかった。この話題は神谷の口を挟むことではないのかもしれない。仮にも相手はアラブの魔人と呼ばれた男だ。常人の倫理観など当てはまる訳はないのだ。

「もう殆ど元に戻ったよ、神谷には完全に戻ってから見せるけど、後二回で完全体だね」

 治療から戻ったアルハザードの涼やかな声が弾んでいた。邪神は相変わらず彼の足元で体を丸めている。

「何とか間に合いそうだね」

 間に合うとは……、あまり深く考えない方が良さそうだ。

「神谷は深く考える必要はないよ。この島にいるのも後わずかだ。観光気分でと言っても、何も見るところなどないか。とにかく気楽にしていてよ」

 最後に見たいもの、と思っていると頭の中にラ・ムーの映像が浮かんだ。間もなくグラムダルクリッチが来るのだろうと思っていると、すぐに部屋の壁に穴が開いて、無愛想な白色人が入って来た。

「ラ・ムー様がお呼びです、一緒にどうぞ」

 相変わらずグラムダルクリッチの言葉には愛想のかけらもない。

 後について最上階の部屋に入ると、ラ・ムーは窓の外を眺めていた。先日とは違い黒鳥は一匹も飛んでいない。

「ここ数日あの黒鳥はこの国に飛んでは来ないようだな」

 ラ・ムーの声は静かに威厳に満ちていた。

「理由は分からぬが、そなた黒鳥を退治してもらう必要はなくなったようだな」

「そのようですね」

「しかし、他にも問題がない訳ではない」

「問題と言いますと」

「実はこの国だけではなく、この島全体の植物が枯れてしまいつつあるのだよ。黒鳥がこの国に飛来するようになったのも、元々は猛毒の木の実が成る木が枯れてしまったことが原因だ。その他に食料となる野菜もどんどん枯れてしまっている、このままでは近い将来食料不足になることは間違いない。困ったことだ」

「どういう状況で植物が枯れてしまうのですか」
「それが雨が降るたびに枯れてしまうようなのだよ」
 そこまで分かっているのならば、対抗策はあるのではないか。

「では、植物が雨にかからないようにすれば良いのではないですか」

「うむ、しかし植物というものは太陽の光と水がないと育たぬものだ、雨に当たらないようにすると、どの道育たぬのではないか」

 アルハザードが口を閉ざし考え込んだ。あの黒鳥を捕らえた仕掛けのように、何かの対抗策を考えているのだろう。

「僕に考えがあります。少し時間をください、部屋に戻ってその考えを整理してみます」

「そうか、それはありがたい、では頼んだぞ」

 ラ・ムーの部屋を辞し、部屋に戻るとアルハザードは、邪神の出した紙の束に鉛筆で、何かの図柄をとてつもない早さで描き始めた。


 邪魔をしないように静かに見守っていると「神谷、BGMを頼むよ」と紙から目を離さずにアルハザードが言ったので、邪神へのサービスも兼ねて、軽快な曲を弾いた。

 十分ほどでアルハザードの作業が終わった。

「こんなのどうかな」
 アルハザードが手にした紙をこちらに向けた。

 そこには何か建物の図面らしきものが描かれていた。

「今のは図面だけどこちらが完成予想図だ」

 二枚目に描かれていたのは中に放水設備のあるビニールハウスだった。

「この島の地下水はまだ酸性化していない、この島にはビニールはないから、王宮の窓にも使われている透明な板で周りを囲み、地下水を放水すれば植物は育つだろう」


 現代の大規模なハウス栽培の建物なのだが、地下水を汲み上げる設備はどうするのだろうか。まさか、この時代にはあり得ないモーターなどは使えないだろう。

「手押し式のポンプを使えばいいだろう。日本だって昔は井戸水を汲み上げるのに使ってたんだよ」

 アルハザードが三枚目の紙を見せた、それはポンプ式の汲み上げ機の設計図だった。

「これを作るのはもちろんこいつだけどね」

 アルハザードが足元で丸まっている邪神を指差した。
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