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一章

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あの出来事の後、友里はすぐに早退し帰宅していた。特に何もする訳でもなく身を守る為に巣穴に隠れる小動物のようにただベッドの布団の中へ潜っていた。もう日が暮れている事も彼女は知らない。

それからの事、一週間ほど学校へは行っていない。休みの間、家の外へ出たのは故障したスマートフォンを治す為に一度近くのショッピングモールの中にあるモバイルセンターだけだった。その待ち時間にインスタントの食料を溜め込んで引きこもりである。

(インスタントカレーって不味かったっけ)
スプーンを置いてテーブルに頬をつけ目を瞑る。

スマートフォンの中身のデータは引越し前までのデータはバックアップ出来ていた為、復元が出来たが新居に至ってからはインターネットがまだ繋がっていない為、バックアップが取れておらず復元が出来なかった。
つまり、菜々子たちが虐めを行っている決定的証拠が消滅したのである。

それも合って、学校に通うのが怖かった。


メールの着信音、頬をつけたまま友里はスマホの画面を見た。母からだった。

【元気にしてる?ママは元気です。今日はパパとの結婚記念日なの。一泊二日の旅行に出かけてきます!友里も新しい学校で友達と楽しくしてる写真をプレゼントしてくれたら嬉しいな~!】


2XXX 4月14日 7時41分

「今日…月曜日か……。」
友里は母を安心させたい思いで制服に着替えて天気予報を確認し一日が晴れが分かると重い足をあげ久しく学校に行く事にした。

校門前に着く、何故か学校がまるでRPGゲームのラスボスが潜んでいる魔王城のように思えた。旅立ったばかりの勇者が仲間も引き連れずにいきなりラスボスに立ち向かおうとする感覚だ。無謀だったと引き返そうとした時、見た事のある人物が立っていた。小柄で橙色の瞳を持つ男子である。

「友里さん?」
「あ、愛くんか…。」
愛と挨拶をすると彼は正門を通る。友里が中へ入ろうとしない事に気がつくと愛は引き返して友里を気にかけた。
「体調悪いの?」
友里は歳下に気遣わす訳には行かないと首を横に降ると心音のように笑顔を偽って愛と共に一緒に校舎へ足を踏み入れた。その際に愛が言った。

【心音さん、最近いつもより元気そうなんだ。友里さんと出会えたからかもしれないね!】
(ふぅん、そうなんだ)
どういう訳か心音の情緒が安定している様だ。一度、友里が菜々子たちの不意を着いたから虐めが一時的に収まっているのか、それとも心音が平然を装い愛が彼女の背景に気がついて居ないだけかもしれない。
事実は自身の目で確かめないと分からないし、友里もあの出来事のまま心音との関係を断つのも引っかかる物があった。せっかく校舎の中まで来たのだ、友里は気持ちを割り切って教室の中へと入った。
久しく登校したからかクラスメイトの視線が飛び交う。まだ、菜々子も居なければ心音も来ていなかった。
 一先ず友里は自身の席に座るとほっと一息を付いた。話す相手もいなければすることも無い、時が来るのを待とうと両腕を枕に机に顔を付けて眠る事にした。

二十分程、経っただろうか。頭が冷たい。
髪が濡れている感触がある。雨漏りだろうか?
今日は一日晴れ予報だ。
友里は右手で自身の髪に触れるとぬめりのある感触を味わった。
声を上げながら勢いよく顔を上げる友里、髪から手放した右手にかけて透明な糸が引いてある。
甲高い笑い声、菜々子たちだ。
「な、なにこれ」
友里は冷静さを失っている。
「何ってローションっしょっ」
ローションの容器を片手に見せびらかす菜々子、その背後には美海が哀れな目で友里を見ていた。
黒板の方の扉が開き、心音が登校してくる。耳にはヘッドフォン、友里が来ている事に気が付き事態を把握するも見て見ぬふりをして堂々と友里の前の席に座った。
絶望する友里、涙を必死に堪えながら教室を出てトイレへと向かう。

「面白くなってきたね菜々子」
「次はアイツにやらせるっしょ」
彼女らに取っては他者を蹴落とすのは生き甲斐の様な物である。平穏な日常だけでは満足ができない、何か強い刺激を求めているのだ。
友里がトイレに向かう最中、廊下を曲がろうとした時、壁のような物に衝突し尻もちを付いた。

「クソがっ気をつけろっ!」
躊躇いもない罵声、壁にぶつかったのでは無
く純だった。純の服に友里が髪に掛けられたローションが付いて濡れている。純は友里を汚れたものを見る目で見ると、いつも連れている丸刈りの雅紀と巻き毛の元貴にジャージを二着取ってくるように指示した。二人は急いで体育館にある純の個人ロッカーへ向かう。
 
「哀れだなぁ~心音と関わるなと忠告してやったのに」
突然友里に毒を吐く純、友里は立ち上がる気力も無くしていた。話を聞かない友里に純はしゃがんで彼女の顎に手を添え軽く持ち上げ、顔を自分に向けさせた。

「哀れって言ってんだよ」
「……それを言いたいだけ…ですか?。」
純は大きくため息を着きながら立ち上がり、二人が戻ってくるのを待った。二人が戻ってくると「遅せぇよ」とぼやきを入れて、ジャージを二着受け取ると、一着を友里の前へ投げ捨てた。

「やる」
「…え?」
友里は純を見上げる。

「金がねぇんだ、その代わり持ち金を全部よこせ」
友里が戸惑っていると純は目で彼女を殺した。友里はポケットに入れている財布を手に取ると中身を確認しようとする。すると、瞬時に純が財布を奪い取り中身を見た。財布には千円札が八枚と小銭が九百円ほど入っていた。それを躊躇いもなく彼は金を抜く。
「恨むなら雅紀(こいつ)を恨め、時給の良いバイトを紹介しねぇから悪いんだ」
そう言うと彼は雅紀の後頭部を平手打ちし友里の横を通り過ぎていった。
彼女は対して嫌な気にはならなかった。彼が良い人でも無いことは分かっているが情を買ったと思えば不快な気はならなかったのだ。

更衣室のシャワーでローションを流し、純のジャージを着る。身長が百八十も超える男子のジャージは流石に友里には大きすぎたが、下は紐をくくれば脱げはしないため支障はなかった。友里は教室に戻ると、すぐに菜々子が友里に視線を送っていた。しかし、表情が歪ませる。
ジャージには持ち主の苗字が刻まれている為、菜々子は何故か純のジャージを着ている友里を見て疑問を覚えたのだ。

「純、これナニ?」
純らも一足先に教室に戻っていた。純は菜々子の問いに椅子に大きく持たれ掛かりながら顔を向けて答えた。

「金がねぇからジャージをこいつに売っただけ、文句あるか?」
雅紀と元貴に顔を向けへらっと笑う。純はクラスの中でトップに君臨しており菜々子よりも序列が高い。菜々子は不満げな顔をしながら肘を立て顔を乗せた。

チャイムが鳴る。
朝のホームルームが始まる為、教師が入室した。

久しく登校したのに朝から壮絶だった。
なのにまだ一限目も始まっていない事実に衝撃を受ける。しかし、友里の目的は友達と笑顔でいる写真を一枚でも撮って帰ること、最後まで登校しなくていい。

(心音と仲直りをする)
これが一番大事な事だ。

担任の教師に休んでいた時の手紙を渡す為に友里は呼ばれる。友里は返事をして席を立ち教卓へ向かおうとした時、足に何かが引っかかり躓いた。

「何している、気をつけろ。休んでいる間に身体が訛ったか?」
菜々子と美海の笑い声、端の席の彼女たちが何かを仕掛けたとは考えにくい。しかし確実に何かに足を引っ掛けられたのは間違いがなかった。

(まさか…)
目を見張り心音を熟視する。
「足…引っ掛けてないよね…?」
頬を引きつって問いかける。心音は俯かせた顔をゆっくりと上げると蔑むような目で友里を見るだけで何も答えなかった。
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