お友達係から解放されたのですが、

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14 コミュニケーション




執務室を後にしたラファルは、広大な中庭に目をやった。
二体の竜が寝そべるエアポートに女子が群がり、中心でクレムが何やら講談している。
最近よく見かけるようになった光景だ。
昔の家庭の医学は間違いが多く、近年、医学界で訂正されてきた。それに伴い美容業界も進化してきたとかで、クレムは度々女子どもに新情報を伝え広めている。
昨日は、化粧の話をしていた。

「下地の塗布を強くお勧めします。ファンデがすぐに無くなるとお困りの方、塗り過ぎている可能性大です」

今日も、化粧の話をしている。

「真実を言います。時短メイクは時短メイクにしか見えません」

女子どもから悲鳴が上がった。悲壮の群れにクレムは「冷静に。十分早起きすれば良いんです」と言い聞かせていた。
円柱の陰に凭れかかりラファルは、不思議な娘だ、と想念する。
責任感が強くきっちりしているのは親の教育の賜物だろう。実年齢より言動が大人びているのは早くに親を亡くした子供にありがちな自立心の成せる業。

三日前、皇城から報せが来た。
竜の為のアラカルトが評価され、トリエンナーレの十人の一人にクレムをノミネートしたと言う。
彼女の発見のお陰で強大な戦力が一体、現役復帰している。侯爵領だけでなく帝国にとってもこれは大きい。評価は妥当とラファルも考えた。
しかしクレムは「謹んで辞退します」と皇城に返した。

「私は帝都を追放された身です。それに、別に何もしていません。誉れならずっと竜を診ておられた獣医の方にこそ相応しいと思います」

一理ある。が、当の獣医が納得すまい、とラファルは彼女の頑なな姿勢に聊か呆れてしまった。
ただ、彼女の気持ちは理解出来る。九年前のトリエンナーレで十七歳だったラファルは皇太子と共に戦功を讃えられ、クレムと似たような感想を持った。

「別に当たり前の役割を果たしただけだが」

思うに栄誉とは、栄誉を望まない者のもとに舞い込むのだ。
話の途切れ目を見計らって、ラファルは庭に向かいながら声を発した。

「クレム」

呼ばれた本人の小さな顔がパッとラファルを振り返り、他の面々はそそくさと散っていく。
メイド達に軽く手を振ったクレムはラファルに一礼した。

「申し訳ありません。私が彼女達を引き留めていました」
「構わん。コミュニケーションは大事だ」

ラファルは咎めに来たのではない。それを使用人達も分かっている。
分かっていないのはクレムだけだ。
この期に及んで、彼女は領民に対してまだ遠慮がちである。
つい先週、屋根裏部屋から引っ張り出された。「建築士の生霊が出ますよ」と幼いメイドに脅されて諦めた。以来、メイド達とも少しずつ交流を持つようになり、現在の井戸端会議に至る。
戸惑って見えるクレムに、ラファルは告げた。

「皇城から再連絡だ。追放は取り消すので表彰を受けて欲しいと」

当然だ。表彰は皇城で行われる。
クレムの眉間が微かに痙攣した。

「有難い事ですが、お返事は同じです」

いじけたような彼女の言動が新鮮で、ラファルの興味を引いた。
いかにも少女らしい。

「皇族どもに振り回されるのは、つまらんな?」
「……自分の事は構わないのです」

ああ、とラファルは彼女がいじけている理由を察した。

「お前は、身内が被った迷惑が許せんのだな」
「意見する立場にありませんが――はい、そうです」

言い切ったクレムは凛と顔を上げた。
生意気なその姿勢は、妙にラファルを惹き付けた。

――悪くない。

不意に、ラファルを直視するクレムの目がきょとんと丸くなった。
ラファルは軽く首を傾げ、彼女の背後にある竜に目を移す。
鏡みたく大きく澄んだ眼球に自分の顔が映り込んでいる。

知らず笑みになっていた。気色悪い。
口元を歪めて素早く引き締めると、クレムが小さく噴き出した。

「仏頂面に戻ってしまわれました」

今度はラファルがきょとんとする番だった。
決まりが悪くなって肩を揺らすクレムから目を逸らす。
片手だけ彼女に向かわせ、側頭部に掌を被せるようにして軽く叩いた。

「笑い過ぎだ」

ごめんなさい、と言ってクレムは尚も笑った。
咎めた癖してラファルは、ずっと笑っていればいい、と逆の事を思った。



帝都の夕べ。皇城では皇太子の誕生パーティーが開催されていた。
大広間に参上したケリデューは、戦地から帰還したばかりの皇太子ラギュオルと軽く挨拶を交わした。
美貌の皇太子が笑んだ。

「ケリデューよ、半島国では第三皇子が世話になったようだな」
「偶々同じ国にいただけですよ」

留学中の思い出が過ぎり、ケリデューは苦笑を浮かべた。
雑談の中、興味深い話を耳にする。
クレムの追放撤回が近々発表されると言う。ノミネートの件を合わせて聞き、ケリデューは納得した。

「よく第二皇子が反発しなかったですね」

ラギュオルが苦笑した。

「撤回を言い出したのはマレオンだ」
「お。謝る気になったんですかね」
「そんな殊勝さは奴に無い。学術院を中退して軍学校へ行けと命じられたのだ」

ケリデューは目を丸めた。
皇后の仕置きらしい。回避する為にマレオンは過去のしくじりを無かった事にしようとしたが、決定は覆らなかった。
卒業後はかなり過酷な配置先が用意されていると言う。
ケリデューの肩が上下した。

「良かったのでは? 帝国の軍服は陸も海もクールだし冠婚葬祭で映えますよ」

ラギュオルが噴き出し、二人して笑った。
互いに手を振って別れ、ケリデューはバルコニー窓に向かう。

そこに女子二人分の声が飛んできた。
公爵令嬢キャロンヌと聖女のコンビだった。遠くで佇んでいるのは新任とやらか。顔色が悪い。
引き換え、聖女は能天気な顔をしている。いつも通り。
知らないのか。独白したケリデューは、彼女の足元に目を落とした。

「若いおばあちゃん……」
「何ですう?」

クレムがベストドレッサーになって以来、稀に見かける。
ヒールの低い、ドレス女子。でもネックレスとブレスレットを重ね付けとかしているから地味ルックとは呼べない。単なるアンバランス。曲解も甚だしい。
裕福な老婆ルックになっている。楽をさせる靴の所為だ。

「スクエアトゥで幅広ってのがね……。ラクなんだろうけど別に足に良い訳じゃないからコレ。見た目が悪い分、取り柄ゼロ」
「ケリデュー様あ?」
「うん。好きな靴履いて」

踵を返したケリデューに、キャロンヌが慌てて言い寄った。

「ケリデュー様、折り入ってご相談が」
「うん何」
「わたくし靴作りを始めたんです。ソリア様のローパンプスもわたくしがデザインしましたの」

笑みで振り返り、ケリデューは納得した。

「手を出すのはそれを知ってる人間じゃない。知らない人間だ」
「え、はい?」
「君んちノウハウあるの?」
「いえ。ですが工房を丸ごと買い取りましたから」
「靴職人達、大変だ。特別ボーナスで労ってあげてね。じゃ」
「お待ちを、ケリデュー様。来シーズンのショーでわたくしのシューズとコラボして頂けないでしょうか」
「スタッフにサンプル渡して」
「有難うございます!」

立ち去りながらケリデューは独り言た。
誰も採用するとは言っていない。聖女の足元が示す通りのセンスならコラボは永遠に無い。

キャロンヌはファッションショーに関わりたいのだ。それで靴屋を始めた。
年に二回もノルマがあるショー向けに、ドレスメーカーが小物や装身具まで自社制作するのは厳しい。その為ハイジュエラーを始め、老舗の靴屋や鞄屋といった助っ人がいる。
いずれも創業何百年の名店揃い。
キャロンヌが百年に一人の天才とかでない限り、新規参入は成功しない。





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