「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、

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14 連載漫画

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ある土曜日の午後。
帝都学園に在籍する令嬢Aは、通りの向かい側から瀟洒な建物の入り口を窺っていた。
中から二人組が出てきた。異国風の長身美女だ。オーラが凄い。

「ダメだったね。まあテーマがあれじゃ、うちらには分が悪いか」
「次行こ、次」

令嬢Aは愕然とした。あれほどの美女達がオーディションで落とされている。

――なんて恐ろしい業界ですの。

デブスのシモーヌは受かった。老舗のショーを二つも勝ち取った。有り得ない。
大き過ぎる衝撃を抱えて令嬢Aはそそくさとその場を離れた。
偽名を使ってオーディションに申し込んでみたけれど受けない方がいい。キャンセルする。
もし不合格が学校に知れ渡れば大恥を掻く。「デブスに負けたの。可哀そう」とか言われる。

――そんなの嫌。生贄になるのは御免ですわ。

誰でもいいから先に受けて欲しい。
毒見役になって欲しい。



帝都学園が夏季休暇に入る、二日前。

朝。カロルは、シモーヌを伴って一足先に帝都を後にした。
世間が一斉に動き出す前に特急列車に乗り、帰省ラッシュを回避したのだ。
レールを使って港を目指している。そこで船に足を変え、まずは西沿岸部に向かう。何泊かした後、更に船を乗り継いで最終目的地の南海岸へ行く。

個室タイプの一等客室内で、カロルは膝の上に新聞紙を広げていた。
伯爵のタウンハウスでは取っていない週刊新聞だ。
一通りの記事を読み終え、連載漫画のページに戻る。紙面の半分を占領するコマ割りはどこかクールで洒落ている。
漫画の内容は――。
思わず「ぷ」と噴き出すと、他三人の目がカロルに集まった。
シモーヌが「何々?」と、隣から身を乗り出してカロルの新聞紙を覗き込む。
対面シートに並ぶセドリックとリュカはきょとんだ。似ている。血縁なので当たり前。
カロルは苦笑した。

「すみません。漫画が面白くて」
「僕にも見せて」

リュカの申し出を「わたくしが先」とシモーヌが片手で制し、漫画に集中した。
タイトル「戦え、魔獣王ミー!」。ネコ型魔獣をヒーローにしたギャグ寄りのバトル漫画だ。
やがてシモーヌが「ぶっふー」と噴き出した。

「いや最終決戦って。次週もあるのに」
「リスとの戦いでしたね」
「てかネコとリスのサイズが同じって謎ですわ」
「小さいネコなのか、大きいリスなのか……」

「僕にもー魔獣王ー」とリュカが騒ぎ、両足をだむだむと踏み鳴らした。
「はいはいどうぞ」とカロルは畳んだ新聞紙を斜め前に差し出した。
さっとセドリックの長い腕が伸び、カロルからバトンされた新聞紙をリュカに回し渡す。
リュカは「どうも」と軽く一礼し、受け取った新聞紙にそそくさと目を落とした。
少しはコミュニケーションが取れるようになってきたけれど、まだまだ遠い。
密かに嘆息したカロルは、正面のセドリックと目線を合わせた。
少し決まりが悪そうにしたセドリックは、車窓に目線を逃がした。

「……意外だな。君は漫画を読むのか」
「むしろ大好きですよ。帝国の漫画はクオリティが高いですし」
「……そうなのか」

素っ気なく見える横顔はどこか落ち着かない、気がする。
カロルは先週の夜会を思い出した。帰りの馬車内と雰囲気が被る。
何か皇帝への対応をミスったのかと心配するカロルに対し、彼は「君は何も悪くない」の一点張りで、その癖項垂れていた。

「私がもっと、ちゃんと」

よく分からなかった。
「ぶっふ」とリュカの噴き出す声にカロルは意識を向けた。
リュカは肩を揺らしながら、言った。

「こういうめちゃくちゃなの、僕大好きだ」
「ギャグなので何でもありですね。ネコが喋るだけでもうギャグです」
「カロル先せ――いや、カロルの国の漫画ってどんなだったの?」
「そうですね。こんなのがありました」

タイトル「魔法のマリーちゃん」。魔法学校に通う十二歳の女の子のお話だ。
相当の長寿漫画で、連載開始はカロルが生まれる前だったらしい。

「子供にはただ楽しく、大人にはツッコミどころ満載で大人気でした」
「魔法って時点で楽しそうだね」
「マリーちゃんが可愛いんですよ。絵柄だけで楽しめました。作中でマリーちゃんは色んな魔法を使うんですけど、いつも問題が解決しなくて」
「それってモヤモヤしない?」
「しないんです。マリーちゃんが可愛いので」

例えば「マリーちゃん、水魔法を使う」は有名な回だ。
水不足の影響で園芸部の花壇が枯れそうなのを見たマリーちゃんは、呪文を唱えて魔法の杖を振り、見事大量の水を発生させる。
これで解決――しない。

「花壇は台無しになります。水の塊が落ちてきたから」
「ペシャンコって事? なんでシャワーにしなかったの」
「そこはマリーちゃんなので。しかも続きがあります。他の植樹まで枯れます」
「何がどうなったの」
「魔法の水の供給源が、身近な水分だったからです。周囲の空気や、植樹や土が蓄えていた水を魔法で奪ってしまったワケです」
「変に凝った設定だね。亜空間とかから水を調達するんじゃないんだ」
「ちょいちょいリアルなんですよ。そして大人の読者は更に突っ込みます」

――周囲の空気から水分を奪ったの? ドライスキンになりそう。てか、ならこれ誰かの吐いた息が含まれてる水だよね……。

「ぶっは」、「なんかイヤ」とリュカとシモーヌは腹を抱えた。
ん、とセドリックが首を傾げた。

「本人は無事だったか?」

気付いたか、とカロルは苦笑した。

「動物からは奪いません、と後日作者の補足があったそうです」
「女児をミイラにする訳にはいかんか」
「周囲にはマリーちゃんのクラスメイト達もいましたので」

児童集団ミイラ化ではホラーになってしまう。
因みに、魔法によって水を降らせたシーンにも大人達は突っ込んだ。

――この水の塊どうやって宙に浮いてるの?

「夢がありませんわ」とシモーヌは疲れた笑みを浮かべた。
「水魔法」と一言で済ませているのに「水を集めて塊にして浮かせて落とす」と機能満載だから疑問が湧くのだ。きっと「集めた水を如雨露にどんどん溜める」魔法なら反応は違っていた。
カロルは苦笑するしかない。

「ちょいちょいリアルな所為で議論が発生する、意義ある漫画でした」

もう連載を読む事は出来ない。作者が誰だったのかも分からないまま。
幼少期、カロルは漫画の作者は父なのではと疑った事がある。着眼点といい感性といい、父に近い気がしたのだ。
でも父は「違う。長旅する俺に連載なんて無理だろ」と首を横に振った。
その後、

「――鋭い娘だな、ったく」

すっかり忘れていた父の、低い呟き声がカロルの脳裏に蘇った。
鋭い。ニアピンという意味に取れる。
そして父は、作者を知っている事になる。





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