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18 ブヒブヒ
しおりを挟む二日間の航海を終えて、一行を乗せた船は西沿岸部の港に到着した。
下船時、セドリックはカロルに手を貸し、カロルはシモーヌに手を貸した。
リュカはシモーヌのスカートを掴んで舷梯を下りていたから、四人は綺麗な縦列で連なっていた。
港から馬車を使い、領都の公爵邸に向かう。
車中のシモーヌは車窓に張り付き、あれやこれや見付けてはカロルを手で呼び、同じものを見るよう指示した。
対面シートに座すセドリックは「べったりは変わらずだな」と騒がしい令嬢に呆れていた。
感謝もしている。
カロルは終始リラックスしており、楽しそうにシモーヌの発見に相槌を打ってやっている。因縁の土地を再び踏んだ、という気負いの類は見られない。
――だからといって。
許された、とはセドリックは思っていない。
無かった事にはしない。一生かけて彼女に償っていく。彼女を幸せにする事で果たせる筈だし、それが結果として自分の幸せにも繋がる。
カロルに言えば呆れられそうだから、もう口には出さないけれど。
遠目にも、出迎えの面々の表情が強張っているのが分かった。
邸宅の玄関前で下車したカロルは、苦笑を禁じ得ない。
懐かしい執事やメイド達の列を見渡して、会釈と共に告げた。
「お久しぶりです。皆さん、お元気そうで何よりです」
その直後、顔ぶれに浮かんだ感情を一言で表現するのは難しい。
笑顔ではない。歓迎ではない。疎んでもいない。
――泣き出しそう、が一番しっくり来る。
迷子のようにも見えた。
良くも悪くも彼らの琴線に触れたらしいと察して、カロルは覇気の無い笑みを返すより他なかった。
立ち止まったカロルの両脇を、後続の八歳児と十六歳モデルが固めた。
「帰ったよ」とリュカは愛くるしい笑みを浮かべ、「お世話になりますわ」とシモーヌは愛想笑いを浮かべる。
それで空気が変わり、使用人達は「おかえりなさいませリュカ様」、「ようこそシモーヌお嬢様」と口々に返し、それぞれ動き出した。
執事と何人かがカロルに目を戻して、照れたような笑みを向ける。
「おかえりなさいませ、カロル先生――カロル様」
「はい。ただいま戻りました」
公爵邸で歓迎ランチ会に出た後。
シモーヌは、領都の中央図書館に来た。カロルは新聞コーナーにいて、例の漫画のバックナンバー漁りに励んでいる。シモーヌも後でまとめて読む。
男子どもは邸宅で、セドリックは執務室で溜まった書類を捌き、リュカは書斎で小難しい本を読んでいる。
八歳児なのに活字にも数字にも強いリュカとは真逆のシモーヌは、嫌々本を探しているところだ。学校課題の定番、読書感想文をここで片付けていくように、とカロルから厳しく言われた。
「文学研究者のお父様にご納得頂けるタイトルをお選びください、お嬢様」
「……ねえ、魔獣王ミーじゃダメかしら?」
「本気で仰ってます? 読書感想文で漫画とか無しですよ。自由研究で漫画を描くのなら有りですけどね」
「無理いいい……」
やる気が出ない。読みたい本とか無い。
書棚を仰ぎ見、分厚い背表紙の列を眺め、一つに目が留まった。
かなり薄い。これだ、とシモーヌは手を伸ばした。
遠い。高い。スーパーモデルの長身と長い手足を以てしても届かない。
奮闘の最中、背後からにゅっと大きな手が出てきて薄い本をすっと引き抜いた。
「どうぞ、お嬢さん」
声に振り返ったシモーヌは惚けた。
眼鏡をかけた、穏やかな笑み。インテリっぽい長身男子は姿勢も体格も良く、群青色の詰襟がジャストフィットしている。
――いい。
どう見ても海軍士官だが、いい。
シモーヌが取ろうとした薄い本は冊子で、昔のファッションカタログだった。
文字よりイラストが圧倒的にページを占める。課題に使えない。
「まあそんな事はどうでもいいんですわ」
イケてる男子と引き合わせてくれた運命の一冊に、感謝だ。
先ほどのインテリ眼鏡君は陸勤務の海軍士官だと、通りすがりの司書から無理やり個人情報を聞き出した。北西沿岸部の基地内が職場で、よく図書館を利用していると言う。
帰りの馬車に揺られながらシモーヌは浮かれていた。
「ぶっふふふー。明日即行会いに行くしい」
「……お嬢様? 鼻息が荒いようですがどうされました?」
「ねええ海軍士官の好きな話題って何かしらああ」
「……皆目。祖国にも帝国にも本職さんの友人がおりませんので」
「旦那が海軍でしょおおお元艦長おおおお」
「……友人ではありません、と申し上げたでしょう。てか何なんですか、さっきからブヒブヒと」
「うそ。わたくしブヒブヒしてた? デブス時代の名残りがしつこいですわね」
「……何なんですか。それより、読書感想文用のご本はちゃんと借りられたんでしょうね?」
「……ぐー」
「……今すぐ帝都に追い返しても良いんですよ」
「いやああにゃめえええ」
「……にゃめえ、って」
「追い出さないでえええ課題やるからああ」
「……ならバカンス脳もほどほどにされてください」
カロルはドン引きしていた。
それをシモーヌは全然気にしなかった。空気を読まないのは、得意だ。
邸宅に戻るや否や書斎のリュカのもとへ突撃した。
「そこの僕、このお姉様に協力なさい」
「……嫌な予感」
「魔獣王ミーのバックナンバー、先に読ませてあげるから」
「……チビッ子ファストは普通だと思うけど有難う。それで協力って?」
「読書感想文、書きたくない?」
「……その課題、うちの学校でも出てるんだけど」
「二冊分、書きたくない?」
「……不正ほう助の見返りがバックナンバー? 割に合わなくない僕?」
「協力なさいいいい」
「……脅迫、いや恫喝だ。罪に問われるからね、それ」
しかし小さくともシモーヌより遥かに大人で出来の良いリュカは、事情を知ると協力に同意してくれた。
「海軍士官の為だよ。彼らは出会いが少ないからね。貴女はブヒブヒお嬢様だけど名門伯爵家の長女には違いない。その彼がどんな人か僕も探ってみるよ。入り婿可の人材だといいね」
「入り婿とか気が早きゃああああ」
「……うるさ」
入り婿云々以前に、そもそも彼女持ちだったら話にならないのだが――。
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