「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、

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カロルは、週刊新聞の編集部に問い合わせる手紙を出した。
どうしても「戦え、魔獣王ミー!」の作者が誰なのか知りたかった。

「ぜひとも作者ラングドシャ(猫の舌)様のご出身と、可能ならばご本名をお教え頂けないでしょうか?」

普通なら読者に作者の正体を明かす筈がない。
けれど最大出資者であるセドリックの身内であれば、おまけでサービスしてくれるかもしれない。

「勿論、作者様がお嫌でしたらご回答は結構ですので……」

何故知りたいのかというこちらの事情を伏せている。無礼は承知でダメ元だ。
すると速達に対して速達が返された。

「……大変申し訳ございません。ご希望には添えかねます」

カロルは「ですよね……」と項垂れたまま頭を上下させて頷いた。
しかし編集者の手紙には思いも寄らない続きがあった。

「お答えが出来ないのは不明だからです。実は作者は記憶喪失でして……」

カロルの代わりに、文面を横から覗き込んでいたシモーヌが「えええええ」と声を上げた。
そして更なる衝撃。

「ただ、出身は聖フルラド王国と思われます。三年前に滅んだ……」

シモーヌは相変わらず「えええええ」だったけれど、カロルは自分の予感が的中した事にある意味で胸を撫で下ろした。

返信してくれたこの編集者は、帝都の外れにある養育院で壁画アートをしていた作者氏に偶々遭遇し、そのクールな画力に注目して「漫画にチャレンジしてみませんか?」と声を掛けたと言う。それが三年前。
初めの頃は連載小説やコラムの挿絵を手掛けていた作者氏は、徐々に腕と人気を上げていき、遂に漫画連載に漕ぎ着けたのだそうだ。

亡国の出身者であるという根拠は、三年前に養育院で暮らしていたから。
当時の養育院は積極的に難民の世話をしていた。作者氏は、他の難民達と流暢な会話が出来ていて、ゆえに亡国の民と判断された。
ツイていなかったのは養育院内に作者氏を知る者が無かった事だろう。
きちんと保護されていたのは何よりだけれど、未だ記憶が無いなんて大事である。
記憶喪失は、祖国崩壊時の後遺症としか思えない。
同じ感性を持つ仲間が困っているのなら助けたい。
カロルは、セドリックを仰ぎ見た。
彼は頷き、短く言った。

「会いに行こう」

そしてカロルとセドリックは、一足先に帝都に戻る事を決めた。
意外にも、ネコ漫画のファンであるリュカは「残るよ」と肩を竦めて見せた。

「だって中尉を攻略中のシモーヌを置いて行けないじゃない」

シモーヌはちょっと感涙している癖して「生意気なあああ」と喚きながら八歳児の細い首をホールドしていた。

世話の焼けるシモーヌの事は頼れるリュカと使用人達と士官達に任せて、カロルはセドリックと共に船着き場へと向かった。
ブラック&ホワイトの中型客船は本来南下する予定だった進路を真逆に変え、とんぼ返りの航路をゆく。
公爵領には帝都までのレールが敷かれている。二年半前にカロルはその路線の寝台列車に飛び乗って帝都を目指した。
けれど途中山あり谷ありで直線で結べない為、かなり蛇行する。歪んだルートなのでスピードも出せず日数を要する。
船の方が早く、快適に過ごせる。
快晴続きの夏という事もあり海路一択は当然の判断だった。



帝都の中心地からやや離れたエリアに、発行元のビルはあった。
週刊新聞の部署は三階らしい。
とはいえ受付嬢は、訪れたカロルとセドリックに対して「三階へどうぞ」などとは口走らなかった。どう見ても特別なゲスト。三階まで階段を上らせる苦労はさせられない。
一階の応接セットに二人を案内した受付嬢は、更に二人分のドリンクを持って来る。通りの向かいにあるコーヒーショップから取り寄せた物のようだ。

「間もなく担当者が下りて参ります。今しばらくお待ちください」
「どうも」

と、カロルと受付嬢の双方が一礼した時だった。
目的の人物達がフロアに現われた。
一人は妙齢の女性で、飾らないパンツスーツと眼鏡から編集者と思われる。
もう一人は隠者みたくグレイのフーディーを被った背の高い男性で――、

「え?」
「ん?」

カロルの仰天と、作者氏と思われる男性の声が被った。
そしてなんと、あっさりと作者ラングドシャ氏の正体が明らかになる。

「――お父様?」
「――カロル?」

本人達以上にセドリックは仰天し、女性編集者はぽかんとしていた。



不幸にも、作者ラングドシャ氏は三年もの間記憶喪失――だった。

「……マズイ。色んな事、ドバドバ思い出してきた。吐くかも」

フロア中が動転し「医者」とか「担架」とかの声が飛び交った。
とりあえず二人掛けのソファーに患者を寝かせ、水の入ったグラスを手渡す。
記憶喪失のラングドシャ氏こと父ことジャン=ミシェルは、唸りながらグラスの水を口に含んだ。

思わぬ形とタイミングで父を発見、再会するに至り、カロルはあらゆる感情を持て余している。訳が分からず、歓喜より疑問が溢れた。

「お父様、一体何がどうなってネコの漫画家さんに行きついたのですか。いえ漫画は身贔屓抜きに最高の出来だと思いますけれど」

ネコのバトル漫画から父の存在を察知するのは不可能に近かった。
彫刻家たる父は旅先などでスケッチをしていたが、その際に使用するのは漫画用のペンなどではなく鉛筆だ。全然タッチが違う。
それでなくても漫画キャラはデフォルメが強い。カロルの知らぬ間に父が新たに獲得した画風と才能を、気付ける筈もない。

「だって生きていたなんて……」

思わないから疑えない。
柩の中の遺体が違うと確信は持てても、じゃあどこかで生きている、という楽天的な発想はシモーヌが言い出すまで出なかったのだから。





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