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27 からくり
しおりを挟む三年前、聖フルラド王国は滅びた。
他国からの侵略でなく自ら滅びた。かと言って軍事クーデターとかではない。
「聖女の自殺による自己崩壊です」
カロルの父、元騎士爵ジャン=ミシェル・ヴォワネは娘夫婦に語った。
王国の象徴である王宮の内部は、相当深かった。
地下のサンクチュアリに座す聖女は、建国以来、国を守る無敵の防壁「スーパーシールド」をたった一人で維持していた。
狭い国土とはいえ、千二百年もの長きに渡る大仕事である。人の寿命はどれほどの健康体であっても百年前後しか持たない。
肉体の寿命が尽きると聖女は一度死に、赤ん坊として蘇る。それを繰り返すのだ。
「そういう魔法であり、からくりなのです」
魔法は肉体の劣化を早める。聖女は三十年程度しか生きられない。
しかし死んだかと思えばすぐに赤ん坊となって戻ってくる為、彼女の死を嘆く者はいなかった。
城の中枢に近い者と王族だけが、この異様な「聖女サイクル」を知っていた。対外的には「死」も「蘇り」も告げられず、人知れず世代交代が行われているとだけ発信してあった。国民も諸外国も、聖女は王家の姫から次々選ばれている、という認識を持っていた。
聖女サイクルを知る一人であるカロルだが、未成年者という理由で魔法の「からくり」とやらまでは知らされていない。
「からくりも何も、魔法でしょう」
魔法とは言わば神の奇跡のおこぼれだ。科学的、物理的に捉えるものではない。
父は重々しく頷いた。
「魔法だ。世界で最後のな。もう死んでしまったが」
「聖女様が自殺なさったから……? でもどうして……」
「単に寿命だ」
「赤ちゃんになって戻って来られるのに……」
そもそも彼女の「自殺」なんて信じられない。
父の端正な顔は左右に動いた。
「寿命を迎えたのはからくり――システムの方だ」
「ですから、聖女様の魔法なのでしょう」
「違う。聖女の魔法じゃない。――彼女の足元には、魔物が棲んでいた」
カロルとセドリックの呆けた目が、父に注がれる。
父は告げた。
「聖女は千二百年間、魔物に生かされていた。聖女と共に魔物も死んだがな」
「城の真下に、魔物……?」
「聖女は長らく魔物に取り付かれていた。といっても物理的な繋がりはない。高出力の無線通信みたいなものだと思え」
そうやって人に取り付いていた魔物が人間の国家を支えていた。
親切心ではあるまい。聖女を生かして人を知り人で遊んでいたか。
俄かには信じられない話だ。
カロルは、ハタとした。
「でも有り得ません。魔物の生息域は海なの、に」
言いながら気付いたカロルに、父は肯定した。
「世界は嘗て、全て海だった」
「大陸に取り残された種、という事ですか」
「そうなる。それに、サンクチュアリの下には地底湖があった。淡水だがその周囲を囲む岩盤のほとんどに」
「塩が含まれているのですね」
魔物は海水から出られない。正確にはこうだ。
「生存には塩があればいい」
塩はあった。自然の要塞に閉じ込められてしまった魔物は、塩に囲まれて生き延びていた。そして隠れ家である巨大な水溜りの上に国家が建設された。
閉じ込める、と想念してカロルは妙な気がした。
「まるで東洋の結界ですね」
部屋の四隅に塩を盛ると言う。
父は苦笑した。
「結界の場合、中に閉じ籠るのは人間だから使い方が逆だな」
「ゴーストと魔物とでは対応が逆なんでしょうか」
東洋にも魔物はいる。ただ、西側にしろ東側にしろゴーストの存在は未確定だ。
極東の島国では塩で場を清める。でも不思議な事に、ゴーストやらアヤカシやらは海にも出るらしい。魔物をベースに昔の人が色々と想像した、かもしれない。
やはりと言うか、魔物に親切心はない。水溜りから出られないから退屈凌ぎを欲していたのだろう。そんな中、めでたく聖女との共存が成立した。
父曰く、確かに聖女は自殺を望み、燃料切れ間際の魔物と共にその命を終えた。
迫りくる死期を早めたに過ぎないから、かなり消極的な自殺という事になる。
死期を延ばすのは困難でも縮めるのは容易い。彼女は時期をコントロールした。
「全ての王族が王宮に集まるイベントデーを敢えて選んだ」
勿論、恨み辛みから王族達を葬ったのだ。
そして懸念もあった。
「聖女には王家の血が入っている」
血族は次の聖女に成り得る素養がある。地下の魔物と同じ魔法を持つ個体が世界のどこかにいるかもしれない。
万が一にも両者が接触すればスーパーシールドが完成するだけでなく「死者が赤ん坊に還る」現象が始まる。魔物の長い長い寿命が尽きるまで。
つまり、その為のスーパーシールドなのだ。魔物は自分自身を守る為に聖女に助力していただけ。どうあっても親切心にはなり得ない。
「可能性は相当低いがな。人間同様、魔物の魔法も退化の一途を辿っている。地下のあれは古代の魔物だ。聖女サイクルを可能にする最後の個体だったに違いない」
しかも陸地の地下にいたから海のどの魔物とも接触していない。
どんな能力も接触無しに継承はされない。遺伝情報と同じだ。
ふと父が「うちは王家と血縁関係は無いが」とカロルに切り出した。
「聖女の妹の夫の親戚ではある」
カロルは、自分が秘密の一部を知らされて聖女との面会も許されていた理由をやっと理解した。遠い遠い親戚だった。
「聖女も退屈だったんだよ。嫌になってたんだよ」と父はぼやいた。
「手慰みが、魔法のマリーちゃんだけじゃな」
「まさか読者ではなく――」
「作者だ。絵は俺がガキの頃に教えた。そしたら彼女ハマってな」
「才能があったのですね」
「ああ。だからまあ、彼女の自殺は俺の所為でもあるかもな」
「どうして」
「外の世界を恋しくさせてしまった。彼女は別に鎖で繋がれていた訳じゃないが、長らくサンクチュアリから出ていなかった所為で臆病になっていた」
「そんな風には見えませんでした」
「お前の前では完璧な聖女様をやっていた。母親の真似事を楽しんでいたぞ」
カロルは薄く笑み、俯いた。
そこで皇帝が話に加わった。
「引き籠りの聖女が勇気を振り絞り、地下から地上に出て来てくれたのだな」
意味が分からずカロルとセドリックの目が皇帝に向かう。
皇帝はカロルに微笑んだ。
「帝国の救助船だ。やけに到着が早いとは思わんかったか」
「言われてみれば。近海を航行中の船が来てくれたのだと」
「崩壊を始める前に聖女は聖域を抜け出て城の無線を使い、救難信号を発したようだ。それを我が国の船が受信した」
聖女の無線使用にカロルは惚け、父を見た。
父は俯きながら頷いた。
「俺が彼女に訊かれて使い方をレクチャーした」
「知っていたのですか?」
「薄々な。何の為に使うのかは訊かなかった」
思わずカロルは、短時間で詰め込むには多過ぎる情報量に嘆息を零した。
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