「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、

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29 鍛え直し

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結局、カロルとセドリックはタウンハウスに留まり続けた。
なんだかんだと所用が重なり、戻るタイミングを逸した。

学校のカレンダーで夏季休暇が残り半月になった頃。
ラカーユ公爵領滞在中のシモーヌから「帝都に戻るううう」という報せがテレグラフで届いた。この文字を打ってくれた人は噴き出したに違いない。

三日後。
帝都に戻ってきたシモーヌは、リュカを伴って公爵のタウンハウスを訪れた。
実父のいるボンプラン伯爵領には今夏はもう行かないと言う。
「冬の休暇があるしい」と言う声にはまるで覇気が無く、行く気ゼロがダダ洩れ。去年もそうだった。
カロルは嘆息した。

「折角スーパーモデルとしてデビューされたのに凱旋しないなんて勿体ない。領民の皆さん、きっとお嬢様をお待ちになってますよ。東洋の島国では、故郷に錦を飾るという言葉があるくらいなんですから」
「偉業を成し遂げたらニシキゴイを飾りますの? 変な島民ですわね」
「お嬢様、極東の皆さんに謝ってください」
「前々から思ってましたけど、カロルって東洋ネタが多いですわ」
「父との旅先で結構仲良くなった島国出身の方がいたのです。その方、何故か私の名前をわざわざ紙に書いた後に言い間違えたんですよ――カルロ君って」
「はあ? カロルとカルロとじゃ国も性別も違うのに何で間違えるんですの」
「島国にはカタカナという文字があるそうです。そのカタカナにこちらの言葉を無理やり音で当て嵌めるとややこしくなるのだとか」

他に、フィーチャーとフューチャーなんかも読み間違え易いと聞いた。
文脈で絶対有り得ないと気付けるだろうに、それでも読み間違えるという話だから文化の違いとは興味深い。

シモーヌが戻って来たこの日、カロルは伯爵のタウンハウスに戻る事にした。
コンパニオン寄りの家庭教師業務、再開だ。
「ここから通えば良いのでは……」とセドリックがぶつくさ言っていたけれど、秋から冬まではあっという間だ。可能な限りシモーヌに時間を割きたい。
シモーヌは休暇で緩み切り、しかも浮かれ切っている。「意中の彼」とイイ感じになれた、その副作用だ。喜ばしい反面弊害でもある。
まずは週末に迫ったショーに向けてきっりち整え、鍛え直し、仕込む。

「という訳で早速スパルタモードで行きますよ、お嬢様」
「うえええ? ならせめてお土産のこのカスタードクリームのシフォンサンド・マンゴーソースかけだけは食べ――」
「ダメです。折角なのでそちらは私が頂きますね」
「うえええええ」

伯爵令嬢の絶叫が、公爵の住まいに轟いた。前代未聞だ。
リュカの「頑張ってー」という他人事の顔と声が、シモーヌを死地に送り出した。



ひと月ぶりのバレエレッスンに、シモーヌが死に顔を晒している。
休暇先で自習していたとはいえ教師からの厳しいダメだしは免れなかった。

「はい、指先!」
「ううう」
「はい、軸足!」
「ううう挫けそううう」

むしろ怒られた方が良い。自習はどうしても緊張感が抜け、ポージングが甘くなる。だからこそ一流の演者らも教師を付け続けるのだ。
バレエ教師のスパルタ風景を、カロルは満足げに見守った。

ふと父の事を想念する。先日、続報があった。
三年前、祖国を脱した父は乗り合わせた船で自分と体格の似た同胞を見付けた。
彼は弱っていた。父は入れ替わりを思い付き、介抱しつつ相手にその旨相談した。
彼は微笑んだ。

「別に、良いっすよ。ただ死ぬより意義がある。孤児だった俺の素性はバレない筈っすから」

そして二人が入れ替わった。元々旅に出がちで、国にいてもアトリエに籠りがちの父を知る者は少ない。上手くいった。
帝国に上陸後、相手は眠るように息を引き取った。
父が記憶喪失になったのはその後だ。列車事故が原因だったと本人が証言した。

「潜んでいたカーゴがハイスピードで横転してな」

似た話を最近聞いた、とセドリックが思い出した。調査したところ、ある子供の父親がやらかした列車事故と場所も日付も合致した。
事故当日、隠密行動中の父は、ドニーの父親でアニーの元夫に金を握らせて貨物列車に乗り込んでいた。
運転手の元夫は走行中に居眠りをして信号機を見逃がし、事故を起こした。大事故ながら客車の無い列車だった事が幸いし、死者は出ていない。
しかし潜んでいた父は破損した車両から外に投げ出され、山道に転がり落ちた。救助隊に発見されたものの、脳震盪の所為で記憶は失われていた。
その父を、運転手は無論「知らない。列車事故とは関係ない」と言い張った。
記憶を失いながらも父は「帝都に行く」という認識だけはあり、地元の教会から帝都の教会にキャパの確認をしてもらって移動に至った。
この話に、カロルは首を傾げた。

「お父様、南下するレールに乗っていたんですか?」

運転手は南に向かうレールを担当していた。
父は決まりが悪そうに答えた。

「帝都行きだと騙されたんだよ。それに俺は……」
「方向音痴ですよね。ええ、知ってます」

父にはナビゲーターが必須だった。だから弟子やカロルが父の旅に伴っていた。
因みに、芸術科学アカデミーの教授を訪ねた際は安全に馬車を使ったそうだ。

父の事故の調査結果を受け、――なんと若き皇帝が運転手を罰した。
事故でダメになった荷物の損害賠償は、鉄道会社の保険で行われている。運転手はというと解雇されただけで、負傷も後遺症の残らない軽傷のみ。
これを皇帝は「無罪放免ではないか。気に入らん」とした。そして運転手に適当な容疑を半ばでっち上げた上で実刑を与えたのだ。

「当然だろう。善意と正義から皇城に機密を齎そうとしてくれた者の行く手を阻みおった輩だ。不可視の国家反逆行為にあたるわ」

皇帝が気に入らないのはそこだけでなく難民である父に対する扱いの「差」だ。
運転手は、騙して金を持ち逃げして事故に遭わせている。
引き換え、教会関係者らは手厚く支援し、本人が希望する通り帝都にまで送り届けている。

「難民支援者どもには報酬を与えてやれん。連中はすべき事をしたまでと認識しておるからな。しかし双方共に何も与えんでは公平にならん。知ったからには私はこの不公平を見逃がさん。行いの差に対して結果にも差を与える。それが私の理念だ」

この話を聞いて、カロルは皇帝への認識を変えた。
めちゃくちゃだし恐ろしい。けれど正義漢には違いなく、そんな彼が事実上世界のトップにいてくれるのは頼もしく思えた。

「はい、指先!」
「うううう限界が近いいい」

想念から目の前の風景に目と意識を戻して、カロルは苦笑する。
なんというか、良い国だ。





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