「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、

C t R

文字の大きさ
34 / 37
エピローグ章

34 電撃

しおりを挟む



亡国の元騎士爵にして彫刻家にして漫画家、ジャン=ミシェルは閉口した。
同郷の元令嬢とやらが出版社に来て、フロントで「社のトップに会わせて頂戴」と言ったらしい。
それで一応は会社代表者でもあるジャン=ミシェルが、応接セットで客人イザベルと対面した。
何かと思えば、展開している事業を全て自分に任せろ、である。

「だって祖国に関する基金ですよ。侯爵令嬢であるわたくしの名前でやった方が映えるでしょ、看板とか名刺とか」
「…………」

いや充分映える社名があるから結構なのだが。
それともお宅は「カンパミー!」を超える面白可笑しい名前だと言い張るのか。
いやいやその前に。

「お嬢さん、ファミリーネームとして家名を使うのは許されてるけど、自分を侯爵令嬢だと名乗るのは完全にNGですよ。ここは帝国なんでね」

彼女の名乗る家名は皇帝が授けた爵位ではない。もう単なる苗字でしかない。
イザベルはジャン=ミシェルを睨んだ。

「親子揃って無礼な!」
「……真っ当な元難民と言って欲しいね」
「なにが真っ当よ! あの子は西沿岸部で救助されただけの身でしょ。なのに同情を誘って閣下に上手く取り入って夫人の座に収まるなんて、平民が厚かましい」
「……君も平民ね」
「おだまりなさい! 分不相応なのよ。貴方も、高が騎士爵風情が国の代表面して良い事しようだなんて出しゃばり過ぎよ。そういう事はわたくしのような高貴な人間がやるべきなのよ」
「…………」

では聞くが、国が滅んで今日まで三年あった。
その間、この娘は復興にも支援にも乗り出さなかった。
どこで何をしていた。冬眠か。いやそれはジャン=ミシェルの方か。なにせ記憶喪失になってのほほんと漫画を描いていた。
「とにかく」とイザベルは憤慨ごと立ち上がった。

「勝手は認めないわよ。貴方達平民はしゃしゃり出ないのが一番なんだから。このお話は家の父に持ち帰って決めるから、余計な事はしないで頂戴!」
「…………」

ジャン=ミシェルは思った。
へえ、お父さん生きてるんだ。良かったね……。



日曜日。
セドリックは、カロルとの朝食を終えて出掛ける支度をした。
昨晩は心行くまでカロルの肌を堪能した。彼女の白く細い腰を両手で掴んでなんちゃらかんちゃらした。最高だった。
今日は妻と共にショッピングに行く。どこぞの店でパーティーバッグを自費で買っていたという証言を、シモーヌから得ていたのだ。

「私が仕事の日を狙うとは、策士な妻だ」

それもあって夜は大いに盛り上がってしまった。
敵討ちである今日の行き先はハイジュエラーだ。
先に玄関に下りて待っていると、二階からカロルも下りてきた。
軽やかなミントグリーンのワンピースが、彼女の美貌を引き立てている。
嘗て、夜会前に言えなかった事を、セドリックは口にした。

「君は美しい」
「急におだててどうされたんですか」
「おだてではない。私にそんな器用な真似は出来ん」
「それもそうですね。有難うございます。ハンサムな旦那様」
「う、む。……旦那様も良い響きだ」

浮かれたセドリックと愛妻を乗せて、馬車は動き出した。
乗車すること約十分、ハイジュエラーが軒を連ねる名所の広場に到着。
馬車を降りた際、セドリックは首筋に妙な感じがした。細い風が通ったような。

ハイファッション、ハイジュエリーを扱う店舗は警備が厳格だ。
警戒レベルは平時の城並み。何も問題はない。
両開きの扉の左右で立哨しているのは、民間の警備員だが元軍人が多い。この店の前に立つ連中もそうだろう。若くは無いが眼光が違う。
こちらの素性を知っている者達だったようで、入店間際のセドリックに堂の入った敬礼をして見せた。
カロルの手を左手で引きながら、セドリックは答礼した。

その時、また妙な感じがした。
説明するのは難しい。なにせ脳細胞で起こった電撃だ。誰の目にも見えない。
セドリックは咄嗟にカロルから離した手で彼女の背中に触れ、押し込む。
と同時に右手を伸ばして彼女に高速接近するところの極小の物体を掴み取った。

「――、――」

息を呑む間も惜しんで、手の中の物を飛んできた方へ投擲する。
ひゅんっと風を切る音が僅かにした後、投げ返された物体は投げた者に密かに命中した。
呻き声のようなものが風音に紛れて微かに届き、倒れる音が続く。
誰かの悲鳴が上がる。通行人が血塗れの犯人を発見した。

カロルを狙った銃撃だった。

カロル本人はというと、いきなり店内に押し込まれて驚いている。
立哨の二人組もセドリックの一連の動きを見ていたものの、何が起こったのかは理解出来ていない。

セドリックは右の掌を広げ見た。
ブレットによる熱傷があった。安価な火薬仕様の銃と思われる。軍用の魔力仕様に比べて弾速が格段に遅く、パワーも劣る。だからこそセドリックは背後からの狙撃に対処出来た。
魔力仕様であれば、命中していれば、カロルは無事では済まなかった。

今日ほど、自分がブリッツで良かったとセドリックは思った事が無い。
ブリッツの反応速度が無ければ阻止は無理だった。
脳内で起こる稲光がブリッツの正体だ。ブリッツとは、進化した不可視の魔法という説がある。外に現象を放つ古来の魔法と違い、身の内で生じる。思考と反射の拡張なので最早魔法とは言えないだろう。
雷の魔法と言えば聖女の自殺願望「天罰」の事だ。天変地異の前ではブリッツは霞む。同じく雷の魔法というにはかなり違いがある。

いずれにせよカロルを守り切る事が出来た。
セドリックは困惑中のカロルを両腕で抱き締めた。
店先での抱擁に周囲の人間が注目している。カロルは慌て、困惑を深めている。
それでもセドリックはカロルを手放せなかった。

暫くして、謎の狙撃手がイザベルだったと判明する。





しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

処理中です...