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エピローグ章
37 次なる大仕事
しおりを挟む社交界デビューから一夜が明け、翌朝。
帝都学園では、学年末を迎える大半の学生達が今年最後の登校をしていた。
卒業式はというとデビュタントボールの前週に終わっている。
「ごきげんよう」
「ご、――きげんよう」
挨拶の声に何気なく振り返った女生徒が石と化した。
シモーヌは、行く先々で何人もの令息令嬢を石に変えながら教室を目指した。
校舎を前に立ち止まる。
「待って待って。わたくしの教室ってどこですの……?」
首を傾げていると背中に声が発した。
「わたくしについていらっしゃいな。同じクラスですから」
「あら、どうも」と振り向いたシモーヌは、公爵令嬢の苦笑を認めた。
彼女は言った。
「尤も、今日でクラスメイトとしては最後かもしれませんけどね」
「来年はまたクラス替えがありますものね。こうしてお話しをさせて頂くのも最初で最後かもしれませんわね」
「それは貴女次第ですわ。わたくしの慈善活動にご参加頂けるなら最後にはなりませんことよ」
「慈善活動? どんな?」
「養育院で絵本の読み聞かせをしていますの」
「……絵本の読み聞かせ、ですの」
「どうやらご興味は無さそうですわね。残念ですわ」
「……それ、読むの絵本でないといけません?」
「え? まあ、大きな子もいるので児童書でも構いませんけど」
「……漫画でも結構? 戦え、魔獣王ミー! とか」
「ええまあ、――それどんな内容?」
こんな内容、とシモーヌはざっとあらすじを教えた。
彼女が「……ネコの頂上決戦? なんかよく分かりませんわ」と訝しげにしたので、後日バックナンバーのコピーを貸す事にした。
学校が冬季休暇に入った後、シモーヌは紙束を手に公爵令嬢の屋敷を訪ねた。
初めこそ「漫画なんて読んだ事もなくてよ……」などと言っていた彼女だが、読み終わる頃には認識が激変していた。
「やってやりますわミー!」
「そうですわよミー!」
そして二人は意気投合した。
部屋の隅ではメイド達がぽかんとしていた。
公爵令嬢にダメな影響を与えたかもしれないが、シモーヌは気にしない事にした。
年明け。
シモーヌは、再び老舗ブランド「マドモアゼル」のオーディション会場を訪れた。
アーティスティック・ディレクターはシモーヌを覚えていて「やあお嬢さん、お久しぶり」と笑った。
そして、
「今季も頼むよ」
あっさりと採用が決まり、シモーヌは淑女の礼でデザイナーに感謝を示した。
彼は「それ良いね」と頷き、シモーヌを上から下まで眺めた。
「……うん。君をラストルックにするのも良いな」
デザイナーの側近らは大抜擢に仰天した。
ラストルックはつまりショーのトリで、ファーストルックと同じくらい大事なポジションとなる。普通は経験の浅いモデルを選ばない。大物を選ぶ。
無論セレブリティのモデルを「ゲスト」枠で使う事はあるが、このデザイナーはランウェイでそれをやらない人物だ。使うとしたら舞台装置としてだ。
「なんかピンと来たから」とデザイナーは笑んだ。
「彼女のデビューしたてのフレッシュさが、まだ二季目の僕に通じるだろう」
一同は納得した。どっちにしろ決定権はアーティスティック・ディレクターたる彼にある。
彼の判断を信じてチームは進むだけだ。
帝都学園が、新年度を迎えた。
初日の朝、シモーヌはベッドに沈んでいた。
「学校、行きたくなー……」
するとシーツが引きはがされた。
「お嬢様、とっとと起きてください」
「うううカロルうう、やる気が出ませんのよおお」
「ただ単に勉強したくないだけでしょ。さっさと起きて」
「ファッションウィークまで休ませてえええ」
「だからこそです。マドモアゼルのショーは平日開催ですから確実に欠席となってしまいます。せめて他の日は出席しませんとね」
「教室に座っていられる自信がなああいいいい」
「助っ人をお呼びしましたので、どうかご安心を」
「へ?」
カロルは「どうぞお入りください」と扉に向かって声をかけた。
助っ人とは、公爵令嬢だった。
「まあ押し付けられたからには――やってやりますわミー!」
「ぶっは! ちょ、朝から笑わせないでえええ」
何はともあれ、シモーヌは新たな友人と共に登校初日を乗り切った。
一月末日。
帝都はファッションウィークの最中にあった。
この日セドリックは、カロルを伴い老舗のショー会場を訪れていた。
ウェディングドレスの発注でめでたく顧客入りした事により、ファッションショーへの入場切符「インヴィテーション」がブランドから届いたのだ。
名前のカードが置かれた椅子にカロルと隣り合って着席し、開始を待つ。
仕事は半休を取った。とはいえ海軍省への出向は間もなく終了する。
「これが終わったら帝都とも暫しの別れだな、カロル」
白い横顔に声を掛けると、カロルは苦笑を滲ませた。
「私の役目はほとんど終わっています。お嬢様は大丈夫です」
「そうか。では今後は心置きなく私と幸せになってくれ」
「喜んで」
カロルの小さな頭がセドリックの腕に凭れかかった時、会場にオーケストラの演奏が始まった。
人生初のランウェイにセドリックは首を傾げた。
「どこを見ていればいいのか分からん」
「あちらの方からモデル達が歩いてきますよ。歩調はテーマで変わりますが、この音楽の感じからして恐らく普通でしょう」
「普通……が分からん」
分からん内に最初のモデルがやって来た。
誰を見てもどれを見てもセドリックの感想は「分からん」か「そうか」しかない。
しかし最後に現われたシモーヌの薄紫色のレースのドレスを見て聊か興奮した。
――私の花嫁のドレスは。
こんな感じだろうか。
発注者たるセドリックだが、ウェディングドレスの情報を持たない。花婿は見ないものだと昔誰かに聞いた。だから目の前の素材を元に想像を働かせるしかない。
シモーヌのイブニングドレスはマーメイドラインというもので、胸元より上のシースルー素材に施されたレース生地が繊細だった。
可憐な花モチーフながらシルエット全体は都会的でシックで、両の腰に手を当てて偉そう、もとい堂々と歩くモデルの姿勢と相俟ってパワフルな印象を受ける。
「これは、いいな……」
「ええ。完璧です。お嬢様のウォーキングはとても力強く、ドレスやジュエリーに呑まれていません。ドレスは横のシルエットにもぜひ注目してください。後ろも大事です。と言いますか頭のてっぺんからつま先まで全部大事です」
「いいな……」
背中が大胆に開いていた。髪を上げ、磨き上げられた素肌を晒している。にも拘わらず下品にならないのはここがショーの場だからだろう。
ウェディングドレスはロングヴェールなので背中はきっと隠れる。
――拝めるのは花婿のみ、という訳か。
セドリックが妄想している間に、ショーはフィナーレを迎えた。
二月上旬。
シモーヌは、ぼさっと授業を受けていた。
窓の外が白い。鐘が鳴ったら、この凍えるほど寒そうな景色の中、迎えの馬車まで歩かなければならない。
朝起きたくないし、登校もしたくない。
――でもカロルと約束したから。
遅刻も早退も誰しも起こり得る事だから構わない。けれど欠席は極力するなと言われている。
先週、カロルは事実上の夫である公爵と共に西沿岸部の領地に行ってしまった。
彼女と入れ替わるようにして伯爵邸には婚約者のモーリスが滞在している。
海軍を辞した彼は伯爵家について学んでいる。海軍よりも扱う数字が小さい分楽らしいが、慣れない業務は多いとの事だ。
「私も頑張りますから、シモーヌも頑張ってください」
一緒にやろうという彼の姿勢が好ましかった。
鐘が鳴った。
凍えるほど寒そうな景色の中に向かう決意を固め、シモーヌは席を立った。
教室を出て早足で廊下を抜ける途中、隣のクラスから知った顔が出てきた。
「やあ、シモーヌ!」
元婚約者の令息を無視して、彼の後ろで「急に止まるんじゃないわよ」と舌打ちしている顔と目線を合わせた。
「ごきげんよう」
「……ええ」
アンは顔を逸らしつつもシモーヌの後ろにそそくさと続く。帰る方向は同じだ。
半歩先を歩きながらシモーヌは肩越しにアンに訊いた。
「今日も乗って行かれます?」
「……悪いけど、お願い。この後バイトだから体力温存したいの」
「悪ければお誘いしませんのでお気になさらず」
「……どうも」
いつだか、アンが侯爵令嬢のグループに囲まれて「ねええデビュタントボールにいらっしゃいましてええ?」とか言われていたので、シモーヌはその楽しそうな輪の中に割って入った。
「そういう貴女方こそデビュタントボールにいらっしゃいましてええ?」
連中が蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのは笑えた。
以来、アンと接触する機会が増えた気がする。
時々彼女に勉強を教えてもらっているので、別に貸し借りは無い。
別に友人でもない。仲は良くない。
三月。
西沿岸部には早くも春が訪れていた。
大聖堂の庭に設置された巨大テント内で、カロルは姿見を前にして背凭れの無い椅子に腰掛けていた。
壁一面の鏡の中には、純白のウェディングドレスを纏った自分がいる。
今日まで好物のスイーツやら揚げ物やらを我慢して肌を整え、維持し、高級ボディスクラブで丹念に磨いた。
耐え忍んだ結果を見て、ひとまず安堵する。
背後に立ったシモーヌが、シースルーを纏ったカロルの両肩を叩いた。
「式を乗り切ればフリッツ(フライドポテト)食べ放題ですわね」
「ええ。絶対食べますとも」
二人分の笑い声が弾けた。
さて、とシモーヌはもう一度カロルの肩を軽く叩き、背中に流れるヴェールを正してから離れた。
「先に行ってますわよ」
カロルは笑んだ。
基本的な部分はシモーヌは何も変わっていない。少女のままだ。でもふとした瞬間に成長を滲ませる。自立した女性へと向かいつつあるのだ。
案内役に手を引かれて、カロルもテントから出て大聖堂へと進む。
左右に開かれた重厚な扉は異世界への入り口のように見えた。
教会音楽と歩調を合わせて、真っ直ぐ敷かれたレッドカーペットの上を勿体を付けて歩く。進む度に、白く長いヴェールとトレーンがすす、と微かな音を立てる。
船上と合算すれば二度目となるヴァージンロードにつき緊張はそれほどない。
道の両サイドには参列者の席がずらりと並ぶ。街や基地の重鎮達に加え、帝都の大物達も顔を揃えた。
最も豪華なゲストは言うまでもなく皇帝で、彼と同じ側には海軍関係者が集中している。
逆側はボンプラン伯爵とシモーヌとモーリス、そして父ジャン=ミシェル。出版社から駆け付けてくれた者達もいて、内一人は父の担当の女性編集者だ。
こちらが忙しくしている隙に、漫画家と編集者はさらりと入籍した。父のサポートは娘から妻にバトンタッチされたのだ。
シモーヌも素晴らしい婚約者や友人を得て万事安泰と言っていい。
完璧に大仕事をやり終えたという気持ちになって、カロルは胸を張った。
進んだ先にある祭壇前で、姿勢良く立つセドリックの完璧な軍服姿が待ち構えている。
制帽の下にある精悍な顔は一見落ち着いているようだけれど、カロルには彼のそわそわした気配が察せられた。
カロルはヴェールの内側で微笑んだ。
――「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、
今や長い人生を共に歩んでいくパートナーとなった。
次なる大仕事が手ぐすねを引いて待っている――。
FIN
帝国に春が来た。
週刊新聞に漫画の新連載が掲載された。
タイトル「育てよ、魔獣王ミー!」。ギャグバトル漫画「戦え、魔獣王ミー!」の続編である。
前作までのあらすじ――。
強大な敵たる古代魔獣王を倒した魔獣王ミーであったが、なんとその敵は大変愛くるしい仔猫の姿へと生まれ変わった。
これにより慣れない育児とバトルを両立させなければならなくなった魔獣王ミーは、育休を取得しつつ日々奮闘するのであった。
「ミーは、やってやりますミー!」
「ミュー(お腹空いた)」
「ミルクですミー!」
「ミュー(うんこ)」
「オムツですミー!」
「ミュー(眠い)」
「子守唄ですミー!」
魔獣王ミーの戦いは続く。
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