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07 終わり
しおりを挟む行商もとい聖女エルサの一味で自称「幹部」の男は証言した。
「戦争が始まって三ヶ月くらいして南西の港でエルサに会ったんだよ。外国の金持ち娘でさ、自分ちの船で入国したんだ。人道支援の為に来たって。船に物資いっぱい積んでて、港で配り始めたら地元民みんな大喜びさ」
その大喜びは数日程度で終わった。支援物資が尽きた。
人の波がさーっと引き、エルサは白けた。
しかも物資を求めて来た一人から「もう無いの? 使えないな」と罵られた。
当然、エルサは腹を立てた。
「感謝もしない、恩知らずの国民って言ってた。俺も地元民ながらそうだと思ったよ。折角エルサが遠路遥々来てくれたってのにさ」
いや、戦時下にある人々にあれこれ求めるのは違う。困窮したからこそ戦争に踏み切った経緯を忘れている。
「エルサは怒って帰り支度してたんだけど、全然知らない女からいきなり声を掛けられたらしいんだよ。お陰様で子供は元気になりましたって。意味が分からないよな」
恐らく、医療ボランティアの「エルサ」の事だ。
「そしたらエルサの奴、女が来た場所を聞き出してちょっと行って来るって言って仲間何人か連れて出掛けちまった。何日かして戻って来た時は、えらく機嫌が良さそうでさ。面白い人を見付けちゃったとか何とか」
聖女エルサが、医療ボランティアの「エルサ」を見付けた。
「なんか、聖女扱いされてる人がいるみたいだから私がなるわって言い出して。本当は私が聖女なのよって。てか俺は、最初からエルサが聖女だと思ってたけどな。美人で金持ちで高嶺の花だもんよ」
聖女の定義とは「美人で金持ちで高嶺の花」だっただろうか。
取り調べ室のクライヴは嘆息した。
幹部の男の証言をもとに聖女エルサの足取りを追っている。
医療ボランティアのエルサの不在証明は容易かった。つい先週「聖なる肉」は聖女から直接仕入れられていた。
男は聖女から「お金にして良いわよ」と餞別されたらしい。
不衛生極まりない魔物の肉は、簡単に入手出来る。人間同士の戦場は魔物の生息域と被る事も多かった。砲撃のとばっちりで死んだ個体を、侵攻中、クライヴも度々見かけた。
自称聖女エルサは、医療ボランティアのエルサになりたかったのだろう。
後々まで人々の記憶に残り、感謝される女性だ。物資のばら撒きで得られる一過性のものとは格が違う。
自分と同じ名で似た容姿の娘と知り、嫉妬した。称賛は許し難いと感じた。
だから聖女エルサは無茶な真似が出来た。医学の知識など要らない。
「しくじってもエルサの所為になるだけだしい?」
敗戦の色濃い国では何でも出来る。ちょっと羽目を外してやろうと考えた。恩知らずの国民どもに仕返しもしたかったのかもしれない。
そして、無差別大量傷害事件が発生した。
自称幹部の男は聖女エルサの信奉者で、肉の配布にしろ販売にしろ悪意で以て行っていない。「聖なる肉」も聖女エルサも本物と信じていた。成り済ましだか擦り付けだかにも関与していない。
信奉者は大した罪に問われない、とクライヴは予測した。
「しかし聖女エルサと、その同胞どもは違う」
最初の港での物資のばら撒き以降は、善意からの行動ではない。
愉快犯としか言いようがない。悪質だ。魔物の肉を安請け合いで「安全」と触れ回り、飢えた人々に振る舞った。
知識もスキルも無いのに外傷の手当てまでした。医療ボランティアのエルサを真似ての安易な行為に他ならない。しなくて良い事を敢えてした。自分達の愉悦の為に施した。
「愉快犯の一味を野放しには出来ん」
新たな逮捕状が出された、二日後。
北の海域で外国船籍のクルーザーが海軍艦に拿捕された。
聖女エルサとその同胞達は逮捕され、再び敗戦国に上陸する羽目になった。
とっとと国外逃亡したのは、指名手配をいち早く察知したからだ。しかし連中よりも海軍の動きが早かった為に、呆気なく捜査網に引っかかった。
北の運河から王都に連行中だ、とクライヴに知らされると、エルサは頷いた。
それからあまり嬉しそうではない顔で「何よりです」と呟くように言った。
クライヴの一行は、山間の駐留地に留まっていた。
容疑者確保の報を受けたので明日には発つ。無論、連行ではない。医療ボランティアのエルサの故郷へ、彼女を送り届けるのが目的だ。
ランチの最中、エルサがぽつんと告げた。
「妙な形で、ボランティアの旅が終わってしまいました」
尤も、終わりは近かった。戦争は終わった。非常事態でなくばエルサの医療行為は認められない。
食卓越しにエルサを見て、クライヴは頷いた。
「あと数年待てば堂々と医師をやれるだろう」
「仰る通りです。焦る必要はありません。沢山勉強して必ずや本職のライセンスをゲットします」
また頷き、今更告げる。
「エルサ」
「はい?」
「悪かったな。誤認逮捕に付き合わせた」
「閣下はお仕事をされただけですよ。治安維持に憲兵組織は必要です」
また今更、クライヴは教えた。
「私自身は憲兵ではない」
「え? てっきり」
「代理対応だ。こちらに派遣されている人員には限りがあるのでな」
高位軍人は容易に動かせない。役職の掛け持ちはよくある。
「私もじき、帰国する」
静かに告げると、エルサは「そうですか」と苦笑のような顔をした。
クライヴは彼女の顔を見詰めた。
聖女より聖女な彼女の姿形を、網膜に焼き付けようと思った。
魔獣探偵ミーは、スキーを履いて帰路に就いた。
犯罪現場たる山荘を後にしている。
調べれば調べるほど被害者こと金貸しのローはゴミで、同情すべき要素がどこにも見当たらない。
国内外で手広く女性や子供に酷い事をしていた。だから恨まれていた。
「ミーはあくまで私立探偵ですミー。公僕じゃありませんのでミー」
しかも人じゃない。人の法や道理に疑問があれば従わない。
国の貴人達からも「君の正義で構わないよ」とお墨付きを貰っている。
それで今回、犯人をスルーする事にした。
犯人「ら」を。
「みんなもう国境越えてるでしょうねミー」
今の魔獣探偵と同じく、スキーで移動している筈だ。
国際色豊かな犯罪現場だったから犯行グループもまた多国籍だった。
各々散ってしまった。
追う憲兵隊らは相当骨が折れるだろう。
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