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06 私?
しおりを挟む「びっくりするほど私」な似顔絵を見て以来、エルサは妙な気がしている。
違和感だ。その正体が分からない。
麓の村を出発した連行の馬車は、峠道を上っていた。
徐行している。道が悪い。スピードの出し過ぎは車輪にダメージを与えるし馬達も辛い。
連行の馬車の前後には騎兵が四名ずつ配置され、中々大所帯の隊列である。全国指名手配犯の移送とあって気合いが入っている。
車内の揺れが酷い。お陰でエルサは読書が出来ない。絶対酔う。
車窓を眺めながら小説と現実の推理をしている。ブロンド娘は真犯人のようだけれどエルサは無実だ。
――私の事件も解決して、魔獣探偵ミー……。
不意に、隊列の足が止まった。
「どうした」と車外に声をかけたクライヴに、一頭が歩み寄った。
「申し訳ございません閣下。水を分けて欲しいと乞う親子がおりまして」
クライヴは兵に「分けてやれ」と頷き、顎を振って見せた。
「丁度いい。少し休憩にするか」
クライヴに促されて、エルサは車外に降り立った。
深呼吸をして体を動かし、滞ったリンパを少しでも流しておく。
少量の水を飲み、親子とやらを遠目にした。
木陰で休む、女の子とお父さん。女児は五歳くらい。痩せていて顔色が悪い。
「あの子、具合が悪そうです」
クライヴの袖を引いて訴えると、彼も親子に目をやった。
「では診てやれ、聖女エルサ」
赤面ものの渾名はさておき、エルサはそそくさと親子のもとに歩み寄った。
素人診断で驚いた。女児の手の甲に赤い発疹が出ている。父親の方には無い。顔色が優れないのは親子で共通。
親子は「食べ物を買いに出た帰り」らしく、傍のロバの背中には荷物が括られている。
疑いを抱いたエルサは、父親に問うた。
「お父さん。お嬢さん、いつもと違う物を食べませんでしたか?」
「ああ、――」
父親はロバの背を指差した。
珍しい加工肉を買ったと言う。道中二人はそれを朝食代わりに口にした。
「食ってから気分が悪くて。我慢出来ない程でもないんですけど」
症状の違いは体格差からだとエルサは判じ、女児を見た。
「お腹が気持ち悪い? 頭が痛い?」
女児はこくこくと頷いた。色の悪い顔は泣きそうだ。
エルサはクライヴを振り返った。
「次の目的地までどれくらいでしょうか」
別の声が「間もなくです」と返した。引き返すより近いと言う。
親子の住所とは異なるようだが、女児の方は急を要する。
エルサが言う前にクライヴが「二人を駐留地に連れていく」と言った。
親子と共にエルサは馬車に乗り込み、座席に横たえた女児に膝を貸した。
「揺れるけど押さえてるからリラックスして寝ててね。頭を下げないように。――お父さんはごめんなさい、暫く座って辛抱してください」
エルサの指示に親子は素直に頷いた。
車内のやり取りを見届け、クライヴが御者台に移動していく。
すんなりと親子に自分の座席を譲った彼に、エルサは密かに感服していた。
頓着しない様に優しい人間性を見た。
悪路の中、馬車はややスピードを上げた。
正午過ぎ。山間の町に到着した。
幸い、駐留軍には軍医がいた。
エルサの読み通り「中毒」と判明した。
「肉の正体は、例のアレかね?」
軍医が厳しく問うと、寝台の上で父親はぐったりしつつも頷いた。
「魔物の肉、と聞きました」
うえ、と誰かの声がした。
軍医の想定が容易かったのは、南部で集団食中毒が発生したからだ。
聖女エルサによる最初の「炊き出し」事件で魔物の肉が振る舞われた。
中央から西寄りの住人には周知されていなかった。鉄道の破壊の影響もあって情報が分断されている。危険だ。
「安くて、大量に出回っていて」と父親は言い訳のように告げた。
「ずっと食糧難だったからみんな喜んで買ってました」
「買ったって誰から?」
「誰って、聖女エルサから」
エルサは惚けた。
「また私? いつお肉を売ったんでしょう」
というか、聖女を名乗りながら無償の炊き出しを止めて商売に走ったのか。逃走資金を稼いでいるのだろうか。
父親は首を傾げ、補足した。
「いえ、俺が買ったのは聖女本人でなく若い男です。そいつが町中を練り歩いて売り捌いてたんです。聖女エルサが清めた聖なる肉だから安全だって触れ回って」
クライヴが詰め寄った。
「購入は今朝だな」
「は、はい」
クライヴの目が振り返るや、士官以下の兵士は心得て顎を引いた。
「捜索に当たります」
「必ず捕らえろ。そいつは主犯と繋がっている。西側地域への警告も急げ」
思わぬ形で、エルサに希望の光が齎された。
初夏の移動販売だ。加工肉でもテクノロジー無くして長期保存は利かない。
売られていたのは冷凍肉ではない。ここ最近の行商ならエルサに「聖なるお肉供給」は不可能となる。養育院にいたし、その後は連行されていた。
鉄壁のアリバイがあり証人達がいる。
――小売商が「数日以内にお肉を調達した」と証言すれば。
エルサの無実は確定する。
二時間後、峠越えの道中にあるロバの荷車が確保された。
移動販売の男が、駐留地に連行されて来た。
取り調べ室に入れられる前にエルサを見て「あ」と言った。
「エルサ。この国に戻ったのか」
「はい?」
「てっきり外国船に乗って行っちまったとばかり」
「はい? 外国船?」
勿論エルサはこの男と初対面だ。船だの何だの意味が分からない。
男は「戻った」と言った。では、聖女エルサは外国人――。
今更のように共犯者の存在にも思い至った。一人で炊き出しは難しい。
一時間後、取り調べを終えたクライヴが部屋から出て来た。
廊下で待っていたエルサは、そそくさと彼に歩み寄った。
「閣下、いかがですか?」
「色々と分かった。――いや私はとっくに分かっていた。とりあえずアリバイが確定したのでお前を解放する」
「それは何よりです。結局、聖女エルサは何者ですか」
「外国人のようだ」
それは予想していたので、それ以外の情報が欲しい。
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