イエローバードと恋心

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一頻り笑った料理人が「はい、クレールお嬢様のお部屋はこっちな」と舐め腐った態度で言い、コルネイユを庭の方に誘導した。

もしもこの料理人が兵役を経験していれば、コルネイユの眼光なり雰囲気なりで高位軍人と見抜けた可能性があった。気付いて、舐め腐った態度を改められた。
五十年ほど前から王国の兵役は志願制となった。徴兵も廃止しているので若者は男子でも軍隊に疎い。
その一方、兵器の近代化に伴い能力の高い女子が志願するようになり、軍全体の質は向上している。
現存戦力に不足はない。初対面の相手に舐め腐った態度を取るような人間は全てにおいて舐め腐っているものだ。そういう輩は戦場で足手纏いになる。必要ない。

「はいここね」と料理人が案内したのは、小振りな木造住宅だった。
コルネイユは瞬く。
呆気の横顔に満足して、料理人は楽し気に踵を返した。

「んじゃごゆっくり。外のベンチなら座っていいよ。うははは」

コルネイユは惚けたまま、小さな家を仰ぎ続けた。

ピッピピピ。

甲高い囀り声で我に返る。
天窓の隙間から黄色い小鳥が顔を出していた。「あ、来たの?」という顔だ。
カナリアがいる。ならば間違いなくここがクレールの部屋――。

「部屋? いや家にしか見えない……」

換気窓のレース越しに目を凝らし、小さいながらも本格的なキッチンを認める。ライフラインが一通り揃っている。
家の周囲を検めるコルネイユの肩に、カナリアが着地した。
誇らし気に胸を張り「良いお家でしょう」と主張している。
確かに良い家だ。豊かな暮らしの片鱗が窺える。
だが、とコルネイユはやっと双眸を鋭くした。

「これは令嬢の住み家ではありません」

カナリアは瞬いた。「気に入らないの? なんで?」という顔だ。
階級制度が齎す人間の生活レベルの差異など、小鳥に分かる筈もない。
しかしカナリアがコルネイユの不機嫌に首を傾げるという事は、普段からクレールは楽しく暮らせているという証でもある。それだけは救いだ。
救いでは解決にならない。
料理人の舐め腐った態度から察するに、子爵邸におけるクレールの扱いは真っ当なものではない。
いつから彼女はここで暮らしていたのか。父子爵の病没後なのは間違いない。

「知らせてくれれば――」

会えない婚約者など、頼りにならないと思われたのだろうか。或いは実家の家格が劣るからと遠慮したか。いずれにせよ、このままにはしておけない。
コルネイユは玄関扉にある三つの鉄製の錠を確認し、一つをぐっと掴んだ。

「後で謝ります」

握力を籠め、ごつい鍵を木製扉からガバリと剥ぎ取る。
カナリアが周囲を飛び回り「わあ、面白いね」という風にはしゃいでいた。



タウンハウスに戻ったクレールは、ポストを開いて仰天した。
テレグラフが入っていた。コルネイユからの報せには「王都に参ります」とある。
日付は今日。

――え、嘘。もしかしてここに来る? それはマズいわ。

何も迎える準備が出来ていない。邸内のサロンはちゃんと掃除がされているのか相当怪しいし、キッチンの高価な飲み物や食べ物もどうなっている事やら。
或いは邸内には招かず、小さな住み家に招いて全て打ち明けてしまおうか。
彼に頼るという発想は、最初から出なかった。心配をかけたくなかったし、負けたくなかった。
自分にこう言い聞かせていた。

「これしき自力で乗り切れなくては彼の妻にはなれない」

彼はもっと過酷な環境で昼夜戦っている。クレールが今日まで挫けず暮らしてこられたのは、コルネイユの存在があったからだ。

――でも潮時かな。

訪ねて来られては誤魔化しようがない。
伯母一家の不在が幸運と思えて来た。

考えながら小さな家に向かった時、異変に気付いた。
玄関扉の三つの鍵が外され、地面に落ちている。ここまで頑張って押し入る強盗がいるとは思えないので、クレールは「嫌がらせ?」の可能性に至った。
どちらも違っていた。
鍵の破壊された扉が内側から開いた。

「――お待ちしていました、私のクレール」

涼やかな出で立ちのコルネイユは静かな表情で、クレールに片手を差し出す。
彼の広い肩の右側でカナリー氏が「ピ!」と片翼を上げた。「おかえり!」だ。
説明するまでもなく、彼はもう何もかも察しているように見える。
惚けたクレールは、彼の手を取って肩を落とした。
一気に脱力した。



ピピ、ピピピ。

テーブル上を跳ね回るカナリー氏はご機嫌だ。
クレールとコルネイユはテーブルの前に並べた椅子に座っていた。帰宅以来、二人の手は繋がれている。
クレールは簡潔に「私が愚かでタウンハウスを取られまして、入学から暫くしてこの家に追い出されました」と説明した。
静かな顔でクレールの話を聞いていたコルネイユは、軽く嘆息した。

「……貴女が冷静で利発でなければ、大変な事になっていたでしょう」
「タウンハウスを取られてますので利発ではありませんが、ある程度生活力があったのは助けになりました。友人にも恵まれていました」
「デビュタントボールでお会いした外国人の方ですね。……何よりでした、としか言いようがありません。貴女は本当に運が悪く、運が良かっただけです」
「自分でもそう思います」
「私は、――自他に腹立たしい」
「ご不快にさせて申し訳ありません、コルネイユ様」
「貴女は何も悪くありませんし、今日まで本当によく耐えてこられました。後の事は私に任せて、ゆっくりされてください」
「まあそんな、――後の事?」

瞬いたクレールにつられて、テーブル上のカナリー氏も動きを止めて瞬く。
カナリー氏を一瞥したコルネイユは、クレールの手を握りなおした。

「ここは良い家ですが貴女には相応しくありません。必要な物だけ持ってとっとと出ましょう。そして伯爵邸で私と暮らしましょう」

再びクレールは瞬き、カナリー氏にしてもそうだった。





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