イエローバードと恋心

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女子爵の夫ことヤンは、長嘆と共に項垂れた。

「つまり、現行のルールではお前の養女に過ぎんアンリエットは子爵家を継げんのだな?」
「……そう。私との血縁はないから」
「どうして今まで黙っていた」
「……だって、貴方が凄く嬉しそうに、俺の娘が次期女子爵なんだなあ、って言うからがっかりさせたくなくて」
「今心底がっかりしてるわ」
「……そうよね」
「何とか、手はないのか」
「……アンリエットに子爵家を継がせる方法はどこを探しても無いわ。私と貴方の実子がいればその子に継がせる事は出来たけど」
「俺とお前の子供は、無理だろ」
「……そうね。貴方――パイプカットしてるものね」
「育児はアンリエットで懲りた。あいつの母親はアンリエットが三歳の頃に逃げ出しやがったしな」
「……そうね。その後よね、私達が出会ったのって」
「お前、どっかで作って来たら?」
「……意味ある? アンリエットには結局このタウンハウスしか残せないのよ。むしろ欲を掻いた実子に奪われるリスクすらあるわ」
「奪うのは無理だろ」
「……アンリエットより利口な子供なら騙せるわよ」
「……アンリエットが確実に得られるのは、どうあってもこの家だけか」

充分、と思うべきかもしれない。せめてアンリエットがもっと優秀なら仕官という道も開けた。
最終学年まで学園に生き残れた点だけを見るなら優秀と言える。しかもロウワー階級出身というハンデがありながら、だ。
とはいえこれまでにかけた家庭教師の費用が膨大なので、絶対に卒業してもらわないと元が取れない。
今落としにかかっている伯爵家の長男とやらは外国の大学に籍を置いているという話だから相当優秀だろう。「退学」の娘ではつり合いが取れなくなる。
長男氏の留学先は海峡越しの隣国で通称、産業革命大帝国だ。言葉も文化も異なる先進国で立派に学んでいる男なのだ。

「伯爵夫人になれるかどうか、だな……」
「ええ。このタウンハウスの相続権と卒業証書が嫁入り道具になる事を祈るわ」
「だな……」

頷きながらもヤンは、相手の立派過ぎる経歴に引け目を感じていた。
幼い頃から娘を知っている。天使のように愛らしいが時折手が付けられないほど我が儘になる。その本性を隠して取り入らなければ、縁談は難しい。

「上手くやるんだぞ、俺のアンリエット……」

貴族男への取り入り方など知らないヤンでは、応援以外に出来る事がない。

夫婦が密談する間に、屋根裏部屋で荷造りを終えたらしい退職者どもが煩い足音を立てて下りてきた。
連中が出て行く前に料理人を捉まえたヤンは、先月会ったと言うコルネイユの詳細について聞き出した。
訴え出る様子はなかったが分からない。彼の情報が足りないままでは不安だ。アンリエットは大事な時期になるし、フォローしておく必要がある。
料理人は「別に、あの人はクレールお嬢様に会いに来ただけで、特に俺も長話をした訳ではないので……」とぶつくさと答えた。
最後までまるで使い物にならない二人組を放り出し、ヤンは妻を見た。

「とりあえずクレールは伯爵のタウンハウスにいるのは間違いないんだ。引っ越し祝いか何か贈っておいた方が良い」
「そんなので誤魔化せるかしら? 白々しくない?」
「何もしない方が俺は不安だ」
「それもそうね……」

お互いに頼りにならない。常識が足りない。
二人がリクルートした人材は、悉く使えない。

「二人減らした分、金をかけてマシな執事でも雇うか」
「料理人の補充はどうするの?」
「補助の奴を繰り上げて、メイドに手伝わせればいい」
「それが良――待って待って。アンリエットのお誕生パーティーがあるのよ」
「しまった。なら当日だけ一時的に料理人を雇おう」
「シェフとパティシエでないと、ちゃんと見栄えするお料理が出せないわ」
「高くつくなあ……ったく」

貴族は何をするにも高くつく。



翌朝。
明るい日差しに満ちたダイニングテーブルを挟み、コルネイユはクレールとの朝食を楽しんでいた。
その最中、女子爵からクレール宛に引っ越し祝いの品が届いたと報告が入った。
コルネイユはクレールを窺った。彼女の顔に笑みはない。

「どうされます? 突き返しますか?」
「そうですね……、因みに中身はなんでしょう?」

報告したメイドは伝票に目を落とし「ガトー(焼き菓子)とあります」と告げた。

「手作りではなく老舗直送のお品物ですから、変なものが混入されている可能性だけはございません」

思わずという風に、クレールが苦笑した。

「安全な食品なら皆さんでお召し上がりください。私は遠慮しておきます」
「畏まりました、クレールお嬢様。謹んで頂戴致します」

箱を掲げてメイドが下がる。
コルネイユはクレールに向き戻った。

「よろしいのですか? ここへ来ても貴女は私に何も望まれず、子爵家の彼らを放置されています。彼らが厚顔にも、貴女への長年の仕打ちをなかった事にしようとしているのは明白です。少しばかり私の方で釘は刺していますが、今後彼らが付け上がらない保証はありません」
「思うところが無い訳ではないんですけど。正直、彼らの為に頭や心を割くのは無駄な労力ですし、疲れます。このまま距離を取って忘れる事に致します」
「貴女のよろしいようになさってください。私は全力で貴女の要望にお応えするだけですから」

クレールは笑み「そのお言葉だけで充分救われました」と言った。
クレール本人より余程腹立たしいコルネイユだが、彼女が望まない事はしない。
こちらも忙しくなる。
彼女の言う通り、つまらない連中の事など忘れてしまうだろう。

長かった休暇はじきに終わる。





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