21 / 48
21 高くつく
しおりを挟む女子爵の夫ことヤンは、長嘆と共に項垂れた。
「つまり、現行のルールではお前の養女に過ぎんアンリエットは子爵家を継げんのだな?」
「……そう。私との血縁はないから」
「どうして今まで黙っていた」
「……だって、貴方が凄く嬉しそうに、俺の娘が次期女子爵なんだなあ、って言うからがっかりさせたくなくて」
「今心底がっかりしてるわ」
「……そうよね」
「何とか、手はないのか」
「……アンリエットに子爵家を継がせる方法はどこを探しても無いわ。私と貴方の実子がいればその子に継がせる事は出来たけど」
「俺とお前の子供は、無理だろ」
「……そうね。貴方――パイプカットしてるものね」
「育児はアンリエットで懲りた。あいつの母親はアンリエットが三歳の頃に逃げ出しやがったしな」
「……そうね。その後よね、私達が出会ったのって」
「お前、どっかで作って来たら?」
「……意味ある? アンリエットには結局このタウンハウスしか残せないのよ。むしろ欲を掻いた実子に奪われるリスクすらあるわ」
「奪うのは無理だろ」
「……アンリエットより利口な子供なら騙せるわよ」
「……アンリエットが確実に得られるのは、どうあってもこの家だけか」
充分、と思うべきかもしれない。せめてアンリエットがもっと優秀なら仕官という道も開けた。
最終学年まで学園に生き残れた点だけを見るなら優秀と言える。しかもロウワー階級出身というハンデがありながら、だ。
とはいえこれまでにかけた家庭教師の費用が膨大なので、絶対に卒業してもらわないと元が取れない。
今落としにかかっている伯爵家の長男とやらは外国の大学に籍を置いているという話だから相当優秀だろう。「退学」の娘ではつり合いが取れなくなる。
長男氏の留学先は海峡越しの隣国で通称、産業革命大帝国だ。言葉も文化も異なる先進国で立派に学んでいる男なのだ。
「伯爵夫人になれるかどうか、だな……」
「ええ。このタウンハウスの相続権と卒業証書が嫁入り道具になる事を祈るわ」
「だな……」
頷きながらもヤンは、相手の立派過ぎる経歴に引け目を感じていた。
幼い頃から娘を知っている。天使のように愛らしいが時折手が付けられないほど我が儘になる。その本性を隠して取り入らなければ、縁談は難しい。
「上手くやるんだぞ、俺のアンリエット……」
貴族男への取り入り方など知らないヤンでは、応援以外に出来る事がない。
夫婦が密談する間に、屋根裏部屋で荷造りを終えたらしい退職者どもが煩い足音を立てて下りてきた。
連中が出て行く前に料理人を捉まえたヤンは、先月会ったと言うコルネイユの詳細について聞き出した。
訴え出る様子はなかったが分からない。彼の情報が足りないままでは不安だ。アンリエットは大事な時期になるし、フォローしておく必要がある。
料理人は「別に、あの人はクレールお嬢様に会いに来ただけで、特に俺も長話をした訳ではないので……」とぶつくさと答えた。
最後までまるで使い物にならない二人組を放り出し、ヤンは妻を見た。
「とりあえずクレールは伯爵のタウンハウスにいるのは間違いないんだ。引っ越し祝いか何か贈っておいた方が良い」
「そんなので誤魔化せるかしら? 白々しくない?」
「何もしない方が俺は不安だ」
「それもそうね……」
お互いに頼りにならない。常識が足りない。
二人がリクルートした人材は、悉く使えない。
「二人減らした分、金をかけてマシな執事でも雇うか」
「料理人の補充はどうするの?」
「補助の奴を繰り上げて、メイドに手伝わせればいい」
「それが良――待って待って。アンリエットのお誕生パーティーがあるのよ」
「しまった。なら当日だけ一時的に料理人を雇おう」
「シェフとパティシエでないと、ちゃんと見栄えするお料理が出せないわ」
「高くつくなあ……ったく」
貴族は何をするにも高くつく。
翌朝。
明るい日差しに満ちたダイニングテーブルを挟み、コルネイユはクレールとの朝食を楽しんでいた。
その最中、女子爵からクレール宛に引っ越し祝いの品が届いたと報告が入った。
コルネイユはクレールを窺った。彼女の顔に笑みはない。
「どうされます? 突き返しますか?」
「そうですね……、因みに中身はなんでしょう?」
報告したメイドは伝票に目を落とし「ガトー(焼き菓子)とあります」と告げた。
「手作りではなく老舗直送のお品物ですから、変なものが混入されている可能性だけはございません」
思わずという風に、クレールが苦笑した。
「安全な食品なら皆さんでお召し上がりください。私は遠慮しておきます」
「畏まりました、クレールお嬢様。謹んで頂戴致します」
箱を掲げてメイドが下がる。
コルネイユはクレールに向き戻った。
「よろしいのですか? ここへ来ても貴女は私に何も望まれず、子爵家の彼らを放置されています。彼らが厚顔にも、貴女への長年の仕打ちをなかった事にしようとしているのは明白です。少しばかり私の方で釘は刺していますが、今後彼らが付け上がらない保証はありません」
「思うところが無い訳ではないんですけど。正直、彼らの為に頭や心を割くのは無駄な労力ですし、疲れます。このまま距離を取って忘れる事に致します」
「貴女のよろしいようになさってください。私は全力で貴女の要望にお応えするだけですから」
クレールは笑み「そのお言葉だけで充分救われました」と言った。
クレール本人より余程腹立たしいコルネイユだが、彼女が望まない事はしない。
こちらも忙しくなる。
彼女の言う通り、つまらない連中の事など忘れてしまうだろう。
長かった休暇はじきに終わる。
364
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
白のグリモワールの後継者~婚約者と親友が恋仲になりましたので身を引きます。今さら復縁を望まれても困ります!
ユウ
恋愛
辺境地に住まう伯爵令嬢のメアリ。
婚約者は幼馴染で聖騎士、親友は魔術師で優れた能力を持つていた。
対するメアリは魔力が低く治癒師だったが二人が大好きだったが、戦場から帰還したある日婚約者に別れを告げられる。
相手は幼少期から慕っていた親友だった。
彼は優しくて誠実な人で親友も優しく思いやりのある人。
だから婚約解消を受け入れようと思ったが、学園内では愛する二人を苦しめる悪女のように噂を流され別れた後も悪役令嬢としての噂を流されてしまう
学園にも居場所がなくなった後、悲しみに暮れる中。
一人の少年に手を差し伸べられる。
その人物は光の魔力を持つ剣帝だった。
一方、学園で真実の愛を貫き何もかも捨てた二人だったが、綻びが生じ始める。
聖騎士のスキルを失う元婚約者と、魔力が渇望し始めた親友が窮地にたたされるのだが…
タイトル変更しました。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる