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22 幸せ
しおりを挟む九月。
クレールの最終学年が始まった。
再会したエマとは無事に同じクラスになれて、クレールはまずは一安心した。
新たなクラスと言っても半数が知った顔だったので、新鮮味はあまりなかった。
有り得ない事とはいえ、アンリエットの不在にも安堵した。
学校側は家庭の事情など知らない。身内だからこそ引き離している。双子や三つ子が同じクラスにならないのと同じ、謎の理屈が働いているのだそうだ。
ランチタイムになり、クレールはいつもの庭のいつものベンチでラッピング・クロスとサンドイッチケースを開いた。
「おおお」とエマがメニューを見て吠えた。
「めちゃ豪華。さすが、海軍将官は金持ってるわ」
「手が込んでる点を褒めてよ。シェフ氏が手伝ってくれた」
「プロやん。卑怯やん」
「何が? ――そうそう、エマ直伝のパン・オ・ショコラを教えたらシェフ氏も卑怯って言ってたわ」
「あ、極東菓子メーカーのタブレット(板チョコ)を挟む技?」
「それ」
子供のおやつの定番パン・オ・ショコラは、お金をかけたら負けだ。
美味しくないおやつなど許されない。高くて美味しいおやつは当り前で、王国内に溢れている。上を見上げたらキリがない。
安くて美味しいおやつが真の勝者なのだ。
エマは子供の頃、半年だけ極東に住んでいた。滞在中、大発見をした。
「安いお菓子がめちゃ美味しい」
高級名菓は勿論、庶民のお菓子ですら洗練されていた。
特にエマはショコラのタブレットにハマった。味も食感も良い。
「そりゃね、老舗ショコラティエのトリュフとかには勝てないよ? でも値段が十分の一以下だからね」
西側世界に戻って以来、彼女は東洋系スーパーを見ると必ず極東メーカーのタブレットを探して買い漁った。関税の所為で若干お高いけれどもクオリティを知っているので手が出た。
時間が経ったクロワッサンに挟んで軽くベイクする。味もコスパも最高だ。
エマのおやつの話をクレールから聞いた伯爵家のシェフは、早速真似てみた。そして「……これは卑怯」と唸った。
今日のエマのデザートも愛する極東メーカーのタブレットだ。最後の楽しみに備える彼女は絶対に食事パンにはチョコレートスプレッドを使わない。
クレールはどちらも美味しく頂いている。
「――そんで」と食後のタブレットを齧りつつエマがクレールを見た。
「貴女の彼はお城に通勤してるのよね?」
「ええ。先週からね」
第二王子ディディエの長男シャルルが、夏季休暇を終えて王都に戻って来た。
初日、何故かクレールも同行した。「若い女性がいた方が緩衝材になる」とコルネイユは言っていたけれど、甘くしない為の「他者」指導ではなかっただろうか。
登城の際、クレールはカナリー氏にお留守番をしてもらった。筈だった。
いつの間にかクレールの背中にくっ付いていたようで、コルネイユから「黄色いセミがいますよ」と苦笑された。
「まあ、普通の小鳥ぶる気でいるなら構わないでしょう。――ただし、正体に気付かれて王子に捕獲されても取り戻せませんからね、お前」
釘を刺したコルネイユに、カナリー氏は「ピ」と頷いた。
四歳のシャルルは礼儀正しく、可愛かった。
彼もコルネイユの姉同様、クレールの肩に留まるカナリー氏を「服の飾り」と勘違いしていた。生きている小鳥と知ると、そうっと両手を差し出してきた。
その「頂戴」の仕草があまりにも可愛かったので、クレールはカナリー氏に対応をお願いした。
カナリー氏は気前よく王子の掌に着地した。
シャルルは紅い頬を益々紅くして大喜びし、教師たるコルネイユに乞うた。
「僕、勉強頑張ります。だから時々カナリー氏を連れて来てください、少将」
「シャルル王子殿下、このカナリアは私の婚約者のものなのです」
「婚約者殿、お願いします」
可愛いお願いを断る筈もない、クレールは大きく頷いた。カナリー氏も「いいでしょう」という風に首を上下させていた。
それでクレールも、週一くらいで宮殿に上がる事になった。
帰りの馬車で「カナリー氏の飼い主はコルネイユ様なのに」と苦笑したクレールに、コルネイユは笑った。
「すみません。巻き込みました」
「むしろ巻き込まれたのはカナリー氏では?」
「こいつは自分から貴女にくっ付いて来ましたよ」
「言われてみれば」
クレールも笑った。
彼と暮らし始めてから笑っていない日が無い。
「――私、凄く幸せです。コルネイユ様」
思わず告げたクレールにコルネイユは瞬き、徐に対面シートから腰を浮かせた。
クレールと同じシートに来た彼は、小鳥が蹲る肩と逆サイドに陣取って座った。
肩を寄せたクレールの手をそっと取り、微笑む。
麗しい唇から甘い声が零れ出た。
「私は世界一幸せですよ、クレール」
クレールは彼の厚みのある肩に半ば凭れたままぽうっと彼を見詰めた。
生まれて初めて男性の声をセクシーだと思った。
社交界デビュー時と同じ感想が過ぎる。
――素敵過ぎる。私の婚約者……。
来年にはこの素敵な彼がクレールの伴侶となる。
今更ながら信じられなかった。
これまでの不遇が吹っ飛ぶほどの夢心地に、クレールはふわふわしていた。
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