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23 祝う義理
しおりを挟む宮殿の三階バルコニーから、コルネイユは青空を眺めていた。
頭を占めるのは婚約者の事しかない。
そろそろ美術のクラスが始まる。彼女の時間割は完璧に把握している。
クレールは心穏やかに日々を過ごしている。
このまま一生、彼女の幸せを守っていく。
――いい。
先日の馬車内でいちゃいちゃした思い出に浸る。昼間でなければもう少し踏み込んだ接触を計った事だろう。
ぽうっとするクレールは大変愛らしかった。ずっとコルネイユを見ていて欲しい。コルネイユもクレールをずっと見ているから――。
幼い声が「少将」と呼び、想念を終える。
室内を振り返ると、第二王子の長男シャルルがテキストを抱えてとととっと駆け寄って来た。
「この、落雷のメカニズムについての記述が、分かりません」
「どの部分でしょうか」
「蜘蛛の巣のように広がる、とあります。どういう事でしょうか」
「はい。記述のまま受け取ってください」
「広がっているのですか? 地上に落ちてるのに?」
「はい。落ちているのは全体のごく一部に過ぎません。実のところ落ちるという表現も正しくなく――」
言いながら、コルネイユは実際に目にした事のない現象を口で説明されてもピンと来ないだろう、と思った。
「殿下はいずれ海に出ます。多発地帯へ赴き、目の当たりにすれば分かりますよ」
「危険なのでは。死んじゃいませんか?」
「人体に落雷が直撃すれば即死は免れませんが艦には避雷針があります。また、落雷ごときで火事も故障も起こりません」
「凄い……早く乗って見てみたい……」
今の話を聞いて「恐い」ではなく「見たい」と思えるなら、この幼い王子には軍艦乗りとしての才能がある。
幸先良いな、と考えつつ、コルネイユは頷いた。
その日。
帰宅したエマは、メイドから一通の封書を差し出された。
「……は?」
アンリエットからの誕生パーティーの招待状だった。
手紙には「友人を五名まで連れて来てもらって構わなくてよ」とある。
「……は?」
構わなくてよ、も何もない。
「欠席する私が、誰も連れて行けるワケないし」
メイドに返信を預けたエマは、この件を三秒で忘れた。
そんな事より連載漫画の続きを読みたかった。
「魔法の天使☆アンジェリック」が何やらレジスタンスの戦いみたいな展開になっているのだ。
先月号は「乙女の革命よ!」と意気込むアンジェリックのアップで終わった。
先が気になり過ぎる。彼女は旧態依然の魔法女学校を破壊しようとしている。
そんな話じゃなかったのに。
「どうしてそうなった、アンジェリック――」
翌日のランチタイム中。
乙女の革命について語っていたエマは、アンリエットの襲来を受けた。
「ちょっと、欠席って何よ! 折角誘ってあげてるのに!」
藪から棒にクレールが瞬き、エマとアンリエットを見比べている。
漫画の話ばかりですっかり招待状の件を忘れていたエマは、クレールに雑な説明をした。
するとクレールは、アンリエットに顔を顰めて見せた。
「本人の都合があるでしょう。その為の出欠確認じゃない」
「黙っててよ! 自分が招待されてないからって邪魔しないで!」
「……本当に変わらないのね」
呆れた息を吐くクレールに、アンリエットは何故か笑みを閃かせた。
「いいわ。今年は特別にクレールもパーティーに呼んであげる。パパとママには絶対呼ぶなって言われたけど、私のパーティーなんだし好きに決めるわ。――クレールもいるなら文句ないでしょ?」
自分に向けられた確認の声に、エマは半笑いになった。
「どうあっても行かないって」
「なんでよ。貴女みたいな外れ者はどうせ彼氏とかいないから暇でしょ」
「たとえ暇でも行かんて」
「なんでよ。ご馳走いっぱい出るのよ。一流のシェフとパティシエを――」
「あー、はいはい。とにかく私もクレールも行かないから好きにやってなよ」
アンリエットは顔を真っ赤にした。
「なんでよ!」
ヒステリックな大声が建物に反響し、まばらな通行人の足をぎょっと止めた。
エマは半笑いをやめなかった。
「友達じゃないから、祝う義理ないわ」
きっぱり言い捨てられてもアンリエットはまだ食い下がろうとした。
エマに拘る意味が分からない。
「外国要員とか欲してるのか?」と疑問を過らせるエマの横で、クレールが告げた。
「いい加減にしなさい、アンリエット。これ以上私の友人を困らせるなら、貴女の御両親に抗議するからね」
「なによ、うちを追い出されて他人の家に住んでる癖に!」
「そっちの方がよっぽど他人の家だったわよ。とにかくもう行って。エマを困らせないで頂戴」
「なによ!」
喚き声を聞き付けたようで、やっと教師達が駆け付けた。
「何を言い争っているんだ、君達は」
クレールは早口で「いえ言い争っていません。こちらは応戦しておりません。大声を張り上げているのはその子だけです」と説明した。
アンリエットとクレールを交互に見た教師達は、大きな嘆息を零した。
「校内で争いは厳禁だぞ。君達、今は住所が違うそうだが身内だろう。何か問題があるなら学校の外でじっくりと話し合ってくれ」
アンリエットは教師に噛み付いた。
「身内じゃないです! 他人です! 前からずっと!」
「……分かった。それでいい。とにかく静かにしなさい。この件はご自宅の方に連絡させてもらうからそのつもりで」
「いいね?」と教師の目が向けられ、クレールは頷いた。
「私は何も疚しい事などありませんので、伯爵家に報せて頂いて結構です」
「私だって!」とアンリエットは息巻いた。
教師達は額に手を当て首を振っていた。手に負えん、という感じだった。
そもそもの発端であるにも拘らず、既に蚊帳の外のエマは「知ーらない」とアンリエットに対して思った。
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