イエローバードと恋心

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帰宅したアンリエットを、両親は怒鳴った。
特に実父の怒りはこれまでに無いほど苛烈だった。

「もうクレールの事は相手にするなと言っただろう!」
「だ、だってあの子すっごく生意気なんですもの」
「いいから二度と関わるんじゃない!」
「どうして私が怒られるのよ。パパは私の味方じゃないの」
「お前の為に言っているんだ! 俺なりにお前の幸せを守っているんだ!」

意味不明の実父に、アンリエットは苛立った。
継母を見る。いつもなら庇ってくれる彼女もアンリエットを睨んでいた。

「よくお聞き、可愛いアンリエット。クレールの婚約者は平民確定の三男坊には違いなくても軍の高官なの。それも得体の知れない海軍よ。目を付けられてはダメ」
「高官? 下っ端の軍艦乗りでしょ。セーラー服着てデッキ掃除してるような」
「その情報は完全に誤りだったわ。忘れなさい」
「だ、だからってクレールが偉いって事にはならないでしょ」
「彼の正式な婚約者なのよ。伯爵家に守られているの。知らなかったとはいえ、私達はかなり危ない橋を渡っていたんだわ。これ以上のリスクは控えないと。下手に藪を突いて過去の仕打ちを蒸し返されちゃ堪らないもの。このまま忘れてもらうのが一番いいのよ」
「忘れる? クレールが私達を忘れるって言うの?」
「実際に忘れてると思うわ。今日まで何のお咎めもなかったのはそういう事よ」

アンリエットは惚けた。

「忘れるなんてそんな――つまりクレールはそれだけ幸せって事?」

アンリエットの惚け声に両親は呆れたような疲れたような顔をした。
「どうでもいいだろう」、「気にしないの」と口々にする。
継母はアンリエットの肩に手を添えた。

「貴女も忘れるのよ、アンリエット。貴女には伯爵家の長男と結婚出来る可能性があるのよ」
「それって、クレールよりも上って事よね」
「身分だけなら、そうね。でもあの子の事は気にしないの。いいわね?」

上回る部分がある。アンリエットはやっと笑顔を取り戻した。

「ええ。気にしないわ!」

所詮クレールなんて、大した事はない。
そうでなくてはつまらない。



翌週の土曜日。
アンリエットがプロデュースしたガーデンパーティーは、急遽両親によってレストランパーティーへと変更された。
ゲストを絞ったから――否、広い庭に対してゲストが少なかったからだ。
人がスカスカのパーティー会場なんてみっともない、という両親の説得にアンリエットは渋々従った。
とはいえ少数精鋭は思わぬ効果も齎した。
隣領シュヴルール伯爵家の長男フィリップと隣り合って座った事で、アンリエットは相当彼との距離を縮める事が出来た。
最近は腹立たしい事が多かったアンリエットにとって、年上の彼との会話は久しぶりに楽しく、充実した時間となった。
彼には無論「夏まで恩知らずの身内がいた」とクレールの事も告げ口した。

「意地悪で、いつも私を嫌ってたわ」

「へえ」と瞬いたフィリップは、笑みを浮かべた。

「でももういないなら良かったじゃない。その子、今はどこに?」
「婚約者の家よ。平民確定の三男坊の癖して海軍の将官なんですって」

「へえ」と言ったフィリップの声のトーンは若干下がった。

「海軍の将官、ね」

意味深に聞こえ、アンリエットは目を輝かせた。

「なになに? 何か問題あるの?」
「僕さ、先月までずっと海峡の向こう側にいたから分かるんだけど――この国の海軍は雑魚だね。弱すぎて話にならないよ」
「ええー、そうなのお?」
「産業革命大帝国の海軍の方が遥かに強いよ。実際に彼らの艦を見たんだ。大学で見学ツアーみたいのがあってね。もうね、別物だった。こいつらには絶対勝てないって思ったもん」
「ええー、そうなのおお?」
「彼らが無敵艦隊を撃破した歴史を思い出してよ」
「あー、なんか習ったような……まあいいわ。じゃあ将官っていうやつでも大した事ないのかしらあ?」
「ないね。だって相当若いよね、その婚約者の彼。なのに将官なんてさ、普通なら有り得ない。けど例外がある。それが戦場だ。上の連中がバタバタ死んでいく中で偶々生き残ってトップになったんだろう。つまり運だよ、運」
「ええー、じゃあ実力ないのおお?」
「無い無い。あっても無駄だから、戦場では」

アンリエットの機嫌はうなぎ登りに上がった。

フィリップの隣には、来年学園に入学予定の妹が座っている。
最終的に誕生パーティーに招かれたゲストは、近隣の下位貴族の夫人とこの兄妹だけとなった。
妹は、居心地が悪そうに食事の手を動かすばかりで、ちっとも口を利かない。
アンリエットが「ごきげんよう!」と声をかけても「ああ、はい」とそれだけで、後は全然話しかけて来ない。

――女の子の不愛想ってブスを加速させるのにねえ。

アンリエットはまるで気にしなかった。
兄を取られて不機嫌だったのかもしれない、とパーティー後に気付いた。

「口に出さなきゃ分からないっての」

やれやれ、とアンリエットは呆れた。
すっかり勝者の気分に浸っていた。



週明け。
登校したアンリエットを、クラスの男子達が囲んだ。
七人いたのが三人消え、四人に減っている。
パーティーに呼ばれなかった彼らは、それでも文句を言わずに「おめでとう」と笑顔でアンリエットに二日遅れの誕生日プレゼントを差し出した。
一つ一つの箱を検め「まあまあかな」とアンリエットは感想を結ぶ。

「ごめんなさいね、呼べなくて。両親が家族水入らずがいいって言うから」

「うん、分かるよ」と一人が頷いた。

「卒業まで一年を切っているからね。少しでも長く一緒にいたいんだよね」
「そう。そんな事言ってたわ」

誰も言い出さないが、本当はこう告げている。

「――結婚して家族が増える前の思い出作りなんだよね」

今いる四人の中で誰がその一つしかない椅子をゲットするのか、戦いが始まっている。
アンリエットは、内心笑った。

――貴方達の中に勝者はいないわよ。

卒業後のアンリエットの進路は伯爵夫人と決まっている。
継母が持つ子爵位は、アンリエットの子供に継がせる事になるだろう。





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