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41 有名人
しおりを挟む朝からアンリエットは忙しくしていた。
夜会から帰った後、素晴らしいアイディアを閃いたのだ。
超クールなショールを作る。柄は勿論青い鳥だ。こんなお洒落なアイテム、誰も見た事がないだろう。
――これで挽回出来る!
ブティックの人気大爆発、間違いなしだ。
上機嫌に朝食を平らげるアンリエットを見て、両親は「どうやら夜会で上手くやったようだな」と思ったようで、感心と安堵の表情を浮かべていた。
食後アンリエットは、アイディアノートを手に意気揚々とシュヴルール伯爵家のタウンハウスへ出掛けた。
いつものように、不愛想なメイドがアンリエットを出迎えた。曰く「フィリップ様はお出掛けです」だそうだ。
「あ、そ」と返したアンリエットは、メイドを押し退けて玄関を抜けた。
「じゃあリビングルームで待たせてもらうわ。お茶よろしくう」
「……畏まりました」
不服そうな顔がキッチンに向かう。
アンリエットは「やれやれ」だ。メイドと言い妹と言い、伯爵家の女性陣は不愛想なブスが多い。
その不愛想なブスの妹が、リビングルームのソファーで読書をしていた。
「あら、ごきげんよう」と笑いかけたアンリエットに冷めた目を向ける。
毎度の「ああ、はい」すら、今日は無い。
「あーあ」とアンリエットは呆れた。
――こんな子が義妹とか、マジやってやれないわ。
同居は絶対にお断りだ。
妹の陣取るソファーから離れた窓辺の椅子に座り、アイディアノートを捲る。
青い鳥をドット柄みたく沢山並べる。横向きが可愛い。
というか、あの美大生はほぼそれしか描けない。
「他にバリエーション無いの?」と訊いたら、首を左右に振られた。
「……見た事がない動きは描けません」
「そうなの? でもセレクトショップのカナリアとかめちゃ飛び回ってるわよ?」
「……見える人が描いたって事ですよ」
「意味分かんない。でもどうでも良いわ。小鳥って横向きで枝に留まってる姿が一番可愛いじゃない」
「……そうですね。既存のキャラは概ねそれで、俺もそれを真似ています」
「凄いわねえ。感心しちゃう」
「……俺の学校の連中なら誰でも出来ますよ。俺は一番才能が無……から、もう大学辞めようかと」
「えー? 何々? 私専属のイラストレーターとしてやってく?」
「……いえ故郷に帰ろうかと。お陰様で金は貯まったんで……」
「まだ帰省しちゃダメよー? 新商品考えてるからー」
「……いや帰省じゃなくて……ホント羨ましいですよ、お嬢様は。世界の広さを知らないから、逆に何でも出来る」
絵が綺麗で上手い美大生は、悪い奴ではないけれどとにかく暗い。
話が全然噛み合わない。インテリってやつだからだろう。
「でもモテないぞ、ってね」
アンリエットは鼻歌まじりに新たなページを捲る。
その拍子に分離したデザイン画がひらっと落ち、床を滑った。
向かった先は妹の足元だった。
彼女は紙切れに手を伸ばし、摘まみ上げる。
眼鏡の下で、小さな口が笑みを作った。
「私でも描ける」
アンリエットは、礼を言いかけてキャンセルした。
今のは「下手くそ」と言われるよりも腹が立った。
「妹ちゃん? お姉さんに対して負け惜しみは良くないわよ?」
眼鏡レンズ越しに、冷めた目がアンリエットを見た。
「負け惜しみも何も、私は貴女に一つも負けてません」
「色々負けてるけど現実が見えてないならしょうがないわね?」
「バレエとかピアノとか習った事ないでしょ、貴女。ちょっと会話しただけで無教養がバレバレでした」
「……何の話してるワケ?」
「最初は、根性なしだからお稽古をサボってる人なんだと思ってました。でも王都のバレエ教室に通い始めて、そこで出来た友達から面白い事を教わったんですよ」
「だから、何の話よ? てか今日はペラペラと口利くじゃない、根暗の癖に」
「友達のお兄様が王都学園にいるんです。貴女の同級生です」
「は――?」
「貴女って、デビュタントボールに出てないんですってね。絶対いなかったって彼が断言してたそうです。貴女がいたらすぐ分かるって、煩いから。あと取り巻きみたいな男子達も誰もいなかったって」
「――そ、それにはちゃんとした理由が」
「病欠とか言うんでしょ。有り得ないけど」
「――なんなの、このブス」
眼鏡ブスの妹は、手の中の紙切れを横向きに投げた。
床を滑った紙切れはアンリエットの足元に舞い落ちる。
妹は、笑んだ。
「貴女って同い年の親戚がいるんでしょ。有名人らしいですね」
「有名になったのはあの子の婚約者よ。あの子の実力とは関係ないわ」
「別に実力とかあってもなくてもいいでしょ。婚約してる事に変わりないんだから。むしろ有名人の彼に捨てられてない時点で実力はあるんですよ」
「ないわよ! あんな子、カナリアしか描けないブスよ!」
「貴女、人様の事をブスブス言い過ぎです。一番のブスは教養も品性も、思いやりも何もない貴女ですよ」
「煩いブスね」
「容姿の他に誇るものがない、薄っぺらい人間だから仕方ないですよね」
アンリエットは椅子から立ち上がった。
生意気なブスの頬を、一発張ってやらねば気が済まない。
妹は、尚も笑んだ。
「ところで貴女のご親戚で他人の彼女は、病欠の貴女と違ってちゃんとデビュタントボールに出てたって話ですよ」
踏み出しかかったアンリエットは「は?」と動きを止めた。
「有り得ないわ。ドレスも何も無かったのに」
「将官と一緒だったそうです。一人だけ軍服でハンサムだったからかなり目立ってたって。ドレスもきっと婚約者の贈り物ですよ」
「――は?」
「婚約者がいるなら自力で調達する必要ないでしょ」
「――――」
「つまり貴女は、ご親戚さんから全く相手にされてないんです。だから何も知らされてない」
「――――」
絶句のアンリエットに妹は嘆息し、告げた。
「もう兄とは金輪際関わらない方がいいですよ、平民のアンリエットさん」
その目には憐れみすら籠っていた。
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