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42 なんて日
しおりを挟むシュヴルール伯爵邸を出たアンリエットは、家に帰る馬車の中にいた。
新商品なんか今はいい。それよりも両親に説明して欲しかった。
――ママは、クレールがデビューした事知ってたの?
そんな風には見えなかったが、貴族間の情報網がある筈だ。
――それとも、当たり前過ぎて噂にもならなかった?
家の者は誰もクレールの暮らしぶりを知らなかった。
知らぬ間にクレールは素晴らしい物や経験を与えられ、幸せを掴んでいた。
――同じ貴族の娘なのに、どうしてよ!
腹が立つ。折角タウンハウスを独り占め出来たのに未だ勝った気がしない。
あのクソ生意気な妹を殴っておけば良かった。フィリップはきっと許してくれる。
――そうよ。私にはフィリップ様がついてるじゃないの。
商売だってここからだ。まだまだ挽回出来る。海峡越しのコネクションはクレールにはない。
そもそもこの国とあの国は基本的には相容れない。お互いに好きじゃないし、自分達の国こそが世界一だと思っている。ビジネスで信頼を築くのは難しい。
――クレールには無理よ。
アドヴァンテージがある。
クソ妹曰く、クレールはアンリエットを相手にしていない。
――見返してやる。この私を甘く見た事を後悔させてやるんだから!
苛立ち紛れに馬車のドアを内側から拳で打った。
その後だった。家が近付くにつれて周囲が騒がしくなってきた。
段々と馬の速度が落ちている。
「近所のスーパーで安売りでもしてるのかしら」
アンリエットがイライラする間に馬車は渋滞に掴まり、遂に前に進めなくなった。
停止した馬車から降りたアンリエットは、御者に問うた。
「なにこれ?」
「どうやらこの先で火事があったようです」
「火事? どこ? まさかうちの近くじゃないでしょうね」
「いやあ場所までは――あ、」
と、御者が言う間にアンリエットは駆け出していた。
折角クレールからぶんどったタウンハウスに火の粉が掛かっては大変だ。
火の粉が掛かっては大変、どころではなかった。
燃えているのは子爵家のタウンハウスだった。
「は――?」
人だかりの最後尾に加わったアンリエットは、惚けるしかない。
誰かの声が聞こえ、我に返る。
「子爵家の人は大丈夫なのかねえ?」
「みんな逃げた? メイドと執事なら見かけたけど……」
そうよ、とアンリエットはやっと思い至った。
「パパ、ママ――!」
声を上げて人の間を掻き分ける。
アンリエットに気付いて「危ないよ」と止める近隣住民の手を払い除ける。
見える範囲に二人の姿はない。
「嘘でしょ、――パパ! ママ! どこなの!」
ごうごうと燃え盛る炎は、アンリエットに答えを齎してくれなかった。
もし――二人が死んだらアンリエットは生きていけない。
貴族にも平民にも、何にもなれない。生きる術がない。
認める。アンリエットは賢くないし根性なしだ。一人暮らしは無理。
孤独にも耐えられないし、自力で困難を乗り越えられもしない。
クレールとは出来が、――ものが違う。
いつの間にか、アンリエットは泣いていた。ぼたぼたと顔を濡らす大粒の涙に気付けなかったのは、炎が発する熱と光の所為だ。
誰とはなしに向けて、叫んだ。
「認めるから、私の負けだから――誰か、助けて。早く何とかして!」
その時だった。
邸宅の上空に、網の目状の光が浮かんだ。
風に靡く黒煙と紅い炎が、光の網にぐぐっと引き寄せられていく。磁石に集まる砂鉄の動きに似ている。
次には網の目がぶわっと広がり、かと思えば地上に下りてきた。まるで投網だ。
けれど形状は球で、しかもそのまま固定された。
「なにあれ……」
アンリエットと周囲の心は一つだっただろう。
球形の光の投網が邸宅を丸呑みにした。途端、火の粉も煙も臭いも熱も外に放出されなくなった。
現象を目の当たりにし、誰もが納得した。あれは要するに、工事現場で見かける粉塵飛散防止シートの役割を果たしているのだ。
ただし、防止して終わりではなかった。
光の網で出来た球が、収縮を始めた。空気の抜けたバルーンよろしくどんどん小さくなっていく。内側の邸宅は燃焼で弱っている事もあり、簡単に握り潰される。
火元を圧縮させる、という新しい火消し方法らしい。もう笑うしかない。
アンリエットは非現実的な光景を前に、笑っていた。
「なんて日なのよ、今日は……」
色々な事が一気に起こり過ぎて、思考は飽和している。
訳が分からな過ぎて、口が勝手に笑みを作っていた。
凡そ三分後、火元は完全に炭化し、潰れ、鎮火となった。
後には黒い地面と、黒い塊だけが敷地内に残された。
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