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06 さすが魔獣探偵
しおりを挟む豪華客船もとい王室専用船は、王国王宮の比喩だ。
王族の居住空間。仕える者は皆王族の言いなり。王族の為なら嘘も吐く。
王太子は何でも出来た。罪の捏造も、婚約破棄も、国外追放も。
「戯けが」
小説のコピーから真実を読み取り、姉王女は弟の王太子をぶん殴った。
王都でふやけ、鍛錬を怠っているベルンハルトは簡単に吹っ飛んだ。
王女が激戦地にいる数年の間に、王宮はすっかり堕落してしまったようだ。
皮肉にも、ジビーラの有能さも堕落を加速させる一因になった。
父王は最早機能していない。王妃が死んでからというもの年々腑抜けになっていったのだ。早急に玉座から引き摺り下ろす。
「玉座に興味は無かったが」
こうなっては仕方がない。王女が女王になるより他無い。
今の法では女子は玉座に就けないので、そこから変えていく。
しかし王都は、愚かな王太子を王位に就かせたい貴族連中が多い。反発必至。
しかし戦場で鍛えた戦闘力が大いに役に立つ筈だ。
探偵の猫ではないが舐めた輩には、どうっ! と拳を打ち込むのがいい。
その前に、
「ジビーラ嬢の名誉を回復せねばな」
そうすれば自動的に王太子ベルンハルトは終わる。
ノブレス・オブリージュの名の下に辺境の魔物生息域にやり、存分に反省させる。
沢山のお友達が一緒なら寂しくないだろう。
「みんなで仲良く、散って来い」
運が良ければ生き残れる。多分。
王太子の新婚約者である男爵令嬢には恩情をかけた。
「婚約継続で良いのだぞ?」
遠慮するなと告げた王女に、男爵令嬢は青い顔を左右に振って見せた。
「実はあ、妃教育について行けてませんのでえ……」
「うん? そんなもの必要ないぞ。なにせベルンハルトはただのベルンハルトになるのだからな。まあ暫くは罪人呼ばわりされるだろうが、ただのベルンハルトには違いない」
「あのう、あたし、ただのベルンハルト様にはあ……」
用が無い。
そういう訳で、男爵令嬢は王家を離脱させられる王太子とすんなり別れ、城を去って行った。
無罪放免とはいかない。醜聞王太子の元婚約者だ。
王女が仕置きをするまでもなく、男爵令嬢には困難な道が待っている。
「自力で何とかしろ」
二年前に追放されたジビーラと同じかそれ以上に、苦労するといい。
祖国で、ジビーラの名誉が回復したらしい。
王宮が城下に向けて真実を公表した。公表に伴い、不正の王太子なり加担した貴族なりを王都から叩き出したと言う。
追放組には実家、というか廷臣の父が含まれていた。体面と金勘定しか気にしてこなかった者の末路をジビーラは、ただ静かに受け止めた。職を追われただけで命も爵位も無事なので、傍から見れば悲劇でも何でもない。同情はしない。
また王宮からは、ジビーラへの正式な謝罪と共に慰謝料の申し出があった。
驚く事に、次期女王となる王女からも手紙が届き「頼むから魔獣探偵の新刊を我が国にだけ発売しない、という報復はやめてくれ」と乞われた。
担当編集者をしている事を把握している。当然か。
ジビーラは感服した。
「さすが魔獣探偵ミー」
とりあえず発売云々の権限などジビーラには無いので安心して欲しい。
今回、想像以上に事が上手くスムーズに運んだ。勿論ながら魔獣探偵だけの力ではない。
王家の力も働いた。海洋国家の王家だ。
若き推理小説家ラファの正体は、第三王子ラファエルだった。
そんなところではないかとジビーラは前々から疑っていたので、驚きは少なかった。
彼が高貴だからこそ、祖国だけでなく各国の王族にも直接郵便物を送付出来た。保険をかけていたのだ。
多分、最初からラファが王子の権限を振るい、王太子ベルンハルトによるジビーラへの無法を訴え、断罪する事も不可能ではなかったと思う。
彼は敢えてそれをしなかった。王子でありながら王子の権力を嫌った。
「可能な限り俺の、いや、俺らの力だけでやりたかったんだ」
ラファの自宅を訪ねたジビーラを前に、彼は告げた。
「権力に頼るんじゃ、あの王太子と同じになると思ってな。……すまん。俺の勝手に君を付き合わせただけだ。その挙句に二年もかかっちまって」
ジビーラは微笑んだ。
「とんでもない。それになんであれ、私はラファ先生の判断を疑った事はありませんよ。――ラファエル王子殿下、この度は有難うございます。本当にお世話をおかけしました」
コーヒーテーブルを挟んで頭を下げたジビーラに、ラファは笑みを返し「今更殿下はよしてくれ」と照れ臭そうに言った。
それから、ちょっと忙しない仕草でジャケットの内ポケットを探った。
それから、取り出した小箱をテーブルに載せ、ジビーラの方にすっと押し出した。
瞬くジビーラに、彼はがばりと頭を下げて見せた。あまりに深く、勢いよく下げたものだからテーブルに額がゴンと当たった。
ジビーラの「大丈夫ですか」が発せられる前に、
「俺と結婚してくれ。ジビーラ、君が好きだ」
ジビーラは惚け、小箱とテーブルに付いた頭を交互に見た。
それから、小箱を両手で持って蓋を押し開けた。
それから、中のプラチナリングを指に取って、下がったままの頭に目を戻した。
「先生、どうかお顔を上げられてください」
「――今、返事をくれ。覚悟は出来ている」
「先生、だからこそお顔を見せてください。告白ってお互いに面と向かってするものでしょう?」
がばりとラファの顔が上がった。耳まで赤い彼は、自棄のように繰り返した。
「君が好きだ」
「私も好きです」
「俺と結婚してくれ」
「貴方と結婚致します」
ジビーラもまた耳まで赤くなって笑み、ラファに指輪と左手を差し出した。
ラファはそそくさと指輪を受け取ると、ジビーラの手をそっと掴んだ。
薬指に銀色の輪が嵌り、楚々とした光を放つ。
指輪を纏った左手を満足気に見て、ラファは白い手の甲に軽く口付けた。
「これからもこの国で、君を守り、君と共に生きていくよ」
ジビーラは涙を浮かべ、誓いを立ててくれたラファに首で何度も頷いた。
結婚する前からもう幸せで、胸がいっぱいだった。
海洋国家でラファと共に生きていく。
ずっと――。
小説のコピーを送り付けた直後。
ジビーラの祖国は、海洋国家の要求に対し、当然こう切り返した。
「こちらが侯爵令嬢を不正で以て追放したという、証拠はおありで?」
小説内でも王太子が「証拠!」と煩く叫んでいた。
魔獣探偵風に言うなら「あるに決まってますミー」だ。
ラファは、船内で捕らえた暗殺者を「返品しようか?」と回答した。
途端、王国側は掌を返し、しらばっくれた。以降はスムーズだった。
「不正で追放」を遥かに超える都合の悪い証拠を握られていては、値引き交渉も出来ないと諦めた。因みに、慰謝料を値切ろうと画策した輩は女王予定の王女が与り知らない外交窓口だ。
慌てたという事は暗殺者の雇用主で間違いない。王太子の側近の一人で、城の内情を知るジビーラの口封じを進言した。
ずっと音信不通で、やきもきしていた事だろう。
ジビーラの事も長らく見失っていた。
予定していた隣国の港ではなく、更に南西にある海洋国家で下船した彼女の足取りを掴むのは相当難しかった。
小説内の侯爵令嬢同様、ジビーラもまた命を狙われていた。
暗殺が未遂で済んだのは、まず彼女は一晩中部屋に籠って泣いていた。もし夜にふらふらと船外を出歩いていたら終わりだった。
最大の幸運は、既に船にはラファが乗り込んでいた事に尽きる。
一人旅をするラファは、戦闘力が高い。先進国のほとんどの王族男子がそうであるように、軍籍と軍役経験を持つ。
不穏な輩など動作で分かる。当然ラファは、そいつをマークした。
港で、ジビーラは屈強な男達に引っ立てられるようにして乗船した。物々しく異様で、相当目立っていた。それで良かった。
船室に放り込む際に、暗殺者が彼女を手にかけなかったのは昼間で、注目を浴びていたからだ。長い航海でチャンスはいくらでもあると高を括ってもいた。
仕事にかかろうとしていた暗殺者を、翌朝ラファは制圧した。
いや、「やってしまった」。
手練れとあって手強かった。生け捕りは難しかった。
ジビーラの脅威は去ったが、生き証人が消えてしまった。とりあえず遺体は冷凍保管し、国の遺体安置所に送った。――乗船名簿に記載されている人間一人を消せたのは、結局王子の権力以外の何でもなかった。
祖国と船会社への言い分は「こやつ、俺の命を狙いやがった」。簡単だ。
だからジビーラの祖国への「返品しようか?」はハッタリだった。死人の口からは何も訊き出せていない。ラファがジビーラを狙う不審な輩に気付いただけ。夜の海で魔獣探偵が侯爵令嬢の殺人未遂に気付いたように。
幸いハッタリは利き「返品不要」との返答があったので、不用品は心置きなく処分した。
ジビーラは、何も知らない。
小説の大筋を話し聞かせたあの日、暗殺者の登場に「え、急に?」という顔をしていたが、事実に基づくネタだという考えには及ばなかったようだ。
侯爵令嬢が銃を手にした男に後部甲板へと追い詰められたシーンでも同じく。
それで良い、とラファは口を噤む事にした。
知らないならその方が良い。自分が暗殺されるところだったなんて悪夢だ。
――嫌な事は全部忘れて、幸せになって欲しい。
そう思ったからこそラファは、船上で彼女を誘ったのだ。
「追放? そりゃ気の毒に。行く当てがないなら俺の国に来るといい」
幸せにするから一緒に来て欲しい、と思った。
ほとんど彼女に一目惚れだった。その所為もあって暗殺者の制圧に力が入り過ぎ、やってしまった事もまた彼女には言えない――。
FIN
汚名を返上し、暗殺の危機を脱したとはいえ、祖国は既に侯爵令嬢の帰る場所ではなくなっていた。
船上で途方に暮れる彼女に、魔獣探偵はてくてくと歩み寄った。
「行く当てがないなら、ミーの国で一緒に暮らしましょうミー」
「……私なんかがくっ付いていっては、魔獣探偵さんのご迷惑になります」
「ミーは事件の捜査でよくお家を空けてしまうので、お留守番のひとがいてくれると大変助かりますミー。観葉植物とか熱帯魚とかのお世話もありますしねミー」
「まあ。猫ちゃんの外見で熱帯魚を飼っていらっしゃるなんて斬新です」
「美味しくなさそうな魚なら飼えますミー」
「斬新」
斬新な猫の手が差し出され、令嬢を促した。
「我が国はお魚料理と赤ワインが美味しい海洋国家ですよミー」
「まあ。素敵」
令嬢は猫の手を取った。
ふにっとした肉球の感触に、彼女の笑みが零れた。
魔獣探偵の次なる事件現場は、雪山の山荘だ――。
続かない!
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