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03 無理
エドゥアールは「おばあちゃま」と言って祖母とクロヴィスの間に割り込んだ。
その際、彼はクロヴィスの肩を肩で押し退けた。生憎、クロヴィスはエドゥアールの体当たりくらいでふらつかなかった。自ら退いただけ。
目にした者達だけがクロヴィスの気遣いを察する中、「やってやった」気でいるエドゥアールは声高に祖母に切り出した。
「勘違いしてるよ、おばあちゃま。クロヴィス兄貴は海軍を辞めたんじゃなくて辞めさせられたんだよ」
「え?」
「バカな軍法違反をやって退役になったって話だよ。実質の免職処分さ。でも兄貴は海戦を三つも四つも勝ち抜いてる英雄だからね。海軍は兄貴の不祥事を表沙汰にする訳にはいかなかったんだ。処分も公表もしないのは兄貴への恩情じゃなくて、ただの保身さ」
「そ、そう……なのね」
祖母の上目遣いがクロヴィスをチラリと向いた。
この場にある大半は事情を知っているようで誰も驚いておらず、気まずそうに視線を逸らすばかり。
エドゥアールの祖母と同じく初耳のカリンは、密かに驚愕した。超が付くほど真面目人間だと認識していたクロヴィスがまさかの軍法違反とは――。
エドゥアールは意気揚々と続けた。
「嘗ての栄光がどうであれ兄貴は落伍者なんだよ。今の職場はギャンブル業界で、しかも船暮らしときた。ガチの水上生活者とか終わってるね。僕は兄貴とは違うよ? 学園卒業後も順風満帆だし、王都の社交界で顔を繋いで領地の産業に貢献してる」
それに、と言って彼が掴み寄せたのはカリンの腕だった。
「外国帰りの立派な婚約者がいる。来年にはこの美人が僕の妻だ。僕が当主になれば侯爵家は歴代一の栄華を誇ると思うんだよね」
言葉を失ったのはカリンも周囲も同じだったろう。
カリンは茫然と、ペラペラと口を動かすエドゥアールを見て、クロヴィスを見た。
静かな顔は変わらない。怒りも屈辱も何もない。
引き換えエドゥアールは、賑やかだった。
「僕には兄貴とは比べ物にならない輝かしい未来が待ってるんだよ」
遂に祖母が「もう、よく分かったわ」と不遜な孫におろおろと頷いて見せた。
「ねえエドゥアールちゃん、おばあちゃま、もっと楽しいお話が聞きたいわ」
「今してるじゃない。だからね、クロヴィス兄貴なんて大した事ないし、お先真っ暗って事なのさ」
「も、もういいわ。従兄弟同士なんだから、もっと仲良く……」
「やだなあ、おばあちゃま。僕らが仲良くした事なんて一度もないよ」
おろおろしていたのはエドゥアールの母親、現侯爵夫人も同じだった。前侯爵の後妻である義母とは同家門の出で、親戚同士でもあるから仲が良い。祖母と母親はエドゥアールを散々甘やかしてきた。現状に、二人は責任を感じている事だろう。
二人の所為ではない、とカリンは思った。
――だって結局は本人次第だもの。
なるべくしてなる。ならないものはならない。
エドゥアールは徹底的にクロヴィスを叩いた。
「兄貴さあ、よくここに来られたよね。恥ずかしくないワケ? 僕なら無理。同伴してくれる美女もいないとか憐れ過ぎてマジ泣けてくるよ。そうやって一生一人で寂しく生きていくんだろうね」
気付けばカリンは、エドゥアールの手を振り解き、彼を両手で突き飛ばしていた。
横方向からの衝撃にエドゥアールはよろめいた。転ばずに済んだのは背後のギャラリーが背中を支えてくれたからだ。
支える手に謝意を示すでもなく、エドゥアールは唖然とカリンを振り向いた。
「な、何をするんだ、カリン」
「……貴方は、あまりにも失礼です」
「は? 何、兄貴の事? 意味が分からない。君はどっちの味方なんだよ」
「……少なくとも貴方の味方ではありません。貴方のマウント取りに興味はないし付き合う気もないです。貴方――凄く恥ずかしい」
エドゥアールの口から盛大に「はあああ?」が発せられた。
そもそもカリンは、エドゥアールの事が大好きで婚約を承知したのではなかった。
政略でもない。実家の伯爵家と縁を持っても侯爵家に旨味はない。悔しい事に逆はある。かといって借りはない。
亡き祖父同士が学友で戦友。その縁だけで決まった縁談だった。
大好きな祖父の為に受けた縁談に過ぎなかった。破談になっては祖父ががっかりすると思っていた。
だから度重なるエドゥアールの不審にも目を瞑ってきた。
――無理。
さすがにこんな婚約者は無理だ。嫌だ。
エドゥアールの性格は単なる愚かさや幼稚さとは違う。未熟ゆえの無神経でもない。悪意でしかない。こんなのは個性とは言わない。
冷めた目で自分を見るカリンに気付き、エドゥアールは目元と口元を歪めた。
「――そうか。分かったぞ。さては君、僕の知らないところで兄貴と通じていたんだな?」
彼は、よりカリンを冷めさせた。
エドゥアールはカリンとクロヴィスを見比べ、にたりと笑んだ。
「そういう事ならこうしようよ。僕らの婚約は解消する」
周囲の空気がどよめき、誰かが「そんなめちゃくちゃな」とエドゥアールを諫めた。
エドゥアールはお構いなしだ。
「で、晴れて独り身になった君は落伍者の兄貴とくっ付けばいいよ」
「何を言い出すの」と声を上げたのは祖母と母親だった。
カリンも同じくで内心「そんな勝手が出来るわけない」と呆れていた。
クロヴィスも冷めた顔をしている。最初からだ。
「勿論うちは君らの生活支援なんてしないよ?」とエドゥアールは笑顔で告げた。
「次期当主であるこの僕が君らを追放してやるからさ。土地も屋敷も出禁ね。永久追放だから。ああそうだ、君ら追放夫婦って名乗ったらいいよ!」
一人の馬鹿笑いが庭に響いた。
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