4 / 104
04 匂わせ
ガーデンパーティーが混乱の場と化した時、邸宅のテラスから大物が出てきた。
現フィヨン侯爵その人である。昨年病を患って以来、車椅子生活を送っている。
ただし眼力は鋭い。
スロープを下り終え、彼は言った。
「鎮まれ」
大きくもない一喝に場がしんとした。
そんな中、エドゥアールの「父上!」と弾んだ声が飛ぶ。
フィヨン侯爵は息子を睨んだ。
「鎮まれ、と言っている」
「ですがお聞きください父上。なんとこの二人は密通していたのです」
侯爵の眼光に胆力が籠った。
「どの口が言っている?」
「へ、――」
エドゥアールは惚け、絶句した。
カリンは軽く瞑目した。
侯爵は息子を黙らせると、クロヴィスに目線を向けた。
「クロヴィス、よくのこのこと私の前に顔を出せたな」
クロヴィスは静かに一礼した。
「私が必ず来てとお願いしたの」と前侯爵夫人が涙ながらにクロヴィスを庇う。
侯爵は嘆息した。
「分かっていますよ、義母上」
「貴方のお父様が生きていたならきっとクロヴィスを呼んだ筈だわ」
「ですから、分かっています。少し黙っていてください、義母上」
前侯爵夫人はしゅんとし、現侯爵夫人が彼女の肩に手を添えた。
寄り添う女性陣を見やった侯爵は、クロヴィスに目を戻した。
「クロヴィス、お前には失望した。折角私が海軍の高官に口を利き、十歳で軍艦に乗せてやったというのに無様を晒しおって」
「……返す言葉もありません」
「お前は恩を仇で返した。お前に未来はない」
クロヴィスに投げ付けられる辛辣な言葉の羅列に、エドゥアールが目を輝かせた。
「その通りです、父上。クロヴィス兄貴なんか――」
「誰が口を開いてよいと言った」
「――――」
途端固まった長男を一瞥もせず、侯爵はクロヴィスを見据え続けた。
「エドゥアールが言うまでもない、お前を領地から追放する。事情が何であれお前は私の顔に泥を塗り、我が侯爵家の名に恥じたのだ。お前を断じて許さんのは、養父としてお前を海軍に送り出した私なりのけじめと理解しろ」
クロヴィスは静かに顔を伏せ、了承を示した。
フィヨン侯爵は、事故で他界した弟夫妻の忘れ形見である甥のクロヴィスを引き取り、実子のように育ててきたと言う。その結果が不名誉な退役では確かにやるせないだろう。
カリンは、場内にいる筈の自分の両親を目で捜そうとした。
その前に侯爵がカリンを見た。
「カリン、愚息の無礼をまずは詫びる」
「とんでもありません、閣下」
「話を戻すが、君と愚息の婚約解消については私も望むところだ」
「は、――」と声を上げたエドゥアールを、また侯爵のひと睨みが黙らせる。
カリンは頷いた。
「お願い致します」
エドゥアールが「カリン!」と怒気とも焦燥とも付かない声を発した。
カリンはエドゥアールを無視した。
「今回の件ですっかりエドゥアール様への信頼は失せました。祖父には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、婚約は解消とさせて頂きます」
「カリン、分かってるのか! 僕は次期侯爵だぞ。その僕と婚約解消すれば社交界で居場所を失う。それでもいいのか!」
婚約解消を言い出した張本人が何を言っている。
ああそうか、とカリンは察した。
――さっきも今も「捨てないで」と縋って欲しかったのね。
とことん虚栄心しかない。
カリンはエドゥアールに目だけ向けた。
「結構です」
もう彼に何も期待していない。
社交界に居場所を失うと言うけれど、既にないのではと予感する。
――エドゥアール様は浮気をしている。
留学二年目、海峡を越えて送られて来るカードに違和感が生じた。
それまで彼からのカードデザインは、昔ながらのワインボトルのラベルみたいな水彩の風景画だったのに、突如モダンアートに変わった。
センスの激変に加えて、カードは香水を纏うようになった。
留学先のルームメイトが、白い目をしてカリンに告げた。
「ねえ、これって文字通りの匂わせじゃない?」
浮気相手が自分の存在と、エドゥアールの所有権を主張している。
二年連続で香水くさいカードを受け取ったカリンは、確証のないまま帰国した。再会したエドゥアールは相変わらずの無神経ではあったものの、浮気者特有のよそよそしさや後ろめたさは見られなかった。決定打がなく困惑した。
ついさっき侯爵が告げた「どの口が言っている?」で、確信を得た。
侯爵もまた気付いている。長男には婚約者とは別の恋人がいる。
カリンは言い切った。
「エドゥアール様とはこれまでです」
エドゥアールは「生意気な事を――!」と激高したが、やはり父親に睨まれるとナメクジよろしく小さくなった。
侯爵はカリンに頷いて見せた。
「二人の婚約は解消とする」
「有難うございます」
「だが君にはペナルティを課す」
「え、え?」
「君は上位である息子に手を出した」
「手を? ――あ」
突き飛ばした事を思い出して、カリンは蒼褪めた。
侯爵は、カリンとクロヴィスを見比べた。
「君にはクロヴィスと一緒になってもらう。そしてクロヴィスと共に生きていく以上、君も侯爵家関連の土地や施設には出禁となるので心せよ」
カリンもクロヴィスも黙り込み、周囲だけがざわついた。
侯爵は一人頷いた。
「死んだ親父どもは、互いの子孫を結婚させよと言い遺したに過ぎん。直系子孫同士である必要はない」
周囲は騒いだ。
カリンは硬直して人垣に目をやった。人の合間に両親と弟を見付けた。
父はあんぐりと口を開け、母は胸の前で手を組みうっとりと瞳を潤ませている。
弟のエメは丸い頬を紅潮させ、両の拳を握っていた。
彼は常々言っていた。
「僕、エドゥアール様なんて好きじゃないよ。ぺらぺらの白紙みたいだもの。どうして姉上と結婚するのがクロヴィス様じゃいけないのかなあ……」
弟の望む通りになった。
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
【完結】今さら執着されても困ります
リリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」
婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった――
アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。
いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。
蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。
ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。
「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」
ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。
彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。
一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。
・全体的に暗い内容です。
・注意喚起を含む章は※を付けています。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。
理由は他の女性を好きになってしまったから。
10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。
意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。
ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。
セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。