追放夫婦とドラゴンと

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04 匂わせ




ガーデンパーティーが混乱の場と化した時、邸宅のテラスから大物が出てきた。
現フィヨン侯爵その人である。昨年病を患って以来、車椅子生活を送っている。
ただし眼力は鋭い。
スロープを下り終え、彼は言った。

「鎮まれ」

大きくもない一喝に場がしんとした。
そんな中、エドゥアールの「父上!」と弾んだ声が飛ぶ。
フィヨン侯爵は息子を睨んだ。

「鎮まれ、と言っている」
「ですがお聞きください父上。なんとこの二人は密通していたのです」

侯爵の眼光に胆力が籠った。

「どの口が言っている?」
「へ、――」

エドゥアールは惚け、絶句した。
カリンは軽く瞑目した。
侯爵は息子を黙らせると、クロヴィスに目線を向けた。

「クロヴィス、よくのこのこと私の前に顔を出せたな」

クロヴィスは静かに一礼した。
「私が必ず来てとお願いしたの」と前侯爵夫人が涙ながらにクロヴィスを庇う。
侯爵は嘆息した。

「分かっていますよ、義母上」
「貴方のお父様が生きていたならきっとクロヴィスを呼んだ筈だわ」
「ですから、分かっています。少し黙っていてください、義母上」

前侯爵夫人はしゅんとし、現侯爵夫人が彼女の肩に手を添えた。
寄り添う女性陣を見やった侯爵は、クロヴィスに目を戻した。

「クロヴィス、お前には失望した。折角私が海軍の高官に口を利き、十歳で軍艦に乗せてやったというのに無様を晒しおって」
「……返す言葉もありません」
「お前は恩を仇で返した。お前に未来はない」

クロヴィスに投げ付けられる辛辣な言葉の羅列に、エドゥアールが目を輝かせた。

「その通りです、父上。クロヴィス兄貴なんか――」
「誰が口を開いてよいと言った」
「――――」

途端固まった長男を一瞥もせず、侯爵はクロヴィスを見据え続けた。

「エドゥアールが言うまでもない、お前を領地から追放する。事情が何であれお前は私の顔に泥を塗り、我が侯爵家の名に恥じたのだ。お前を断じて許さんのは、養父としてお前を海軍に送り出した私なりのけじめと理解しろ」

クロヴィスは静かに顔を伏せ、了承を示した。
フィヨン侯爵は、事故で他界した弟夫妻の忘れ形見である甥のクロヴィスを引き取り、実子のように育ててきたと言う。その結果が不名誉な退役では確かにやるせないだろう。
カリンは、場内にいる筈の自分の両親を目で捜そうとした。
その前に侯爵がカリンを見た。

「カリン、愚息の無礼をまずは詫びる」
「とんでもありません、閣下」
「話を戻すが、君と愚息の婚約解消については私も望むところだ」

「は、――」と声を上げたエドゥアールを、また侯爵のひと睨みが黙らせる。
カリンは頷いた。

「お願い致します」

エドゥアールが「カリン!」と怒気とも焦燥とも付かない声を発した。
カリンはエドゥアールを無視した。

「今回の件ですっかりエドゥアール様への信頼は失せました。祖父には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、婚約は解消とさせて頂きます」
「カリン、分かってるのか! 僕は次期侯爵だぞ。その僕と婚約解消すれば社交界で居場所を失う。それでもいいのか!」

婚約解消を言い出した張本人が何を言っている。
ああそうか、とカリンは察した。

――さっきも今も「捨てないで」と縋って欲しかったのね。

とことん虚栄心しかない。
カリンはエドゥアールに目だけ向けた。

「結構です」

もう彼に何も期待していない。
社交界に居場所を失うと言うけれど、既にないのではと予感する。

――エドゥアール様は浮気をしている。

留学二年目、海峡を越えて送られて来るカードに違和感が生じた。
それまで彼からのカードデザインは、昔ながらのワインボトルのラベルみたいな水彩の風景画だったのに、突如モダンアートに変わった。
センスの激変に加えて、カードは香水を纏うようになった。
留学先のルームメイトが、白い目をしてカリンに告げた。

「ねえ、これって文字通りの匂わせじゃない?」

浮気相手が自分の存在と、エドゥアールの所有権を主張している。
二年連続で香水くさいカードを受け取ったカリンは、確証のないまま帰国した。再会したエドゥアールは相変わらずの無神経ではあったものの、浮気者特有のよそよそしさや後ろめたさは見られなかった。決定打がなく困惑した。
ついさっき侯爵が告げた「どの口が言っている?」で、確信を得た。
侯爵もまた気付いている。長男には婚約者とは別の恋人がいる。
カリンは言い切った。

「エドゥアール様とはこれまでです」

エドゥアールは「生意気な事を――!」と激高したが、やはり父親に睨まれるとナメクジよろしく小さくなった。
侯爵はカリンに頷いて見せた。

「二人の婚約は解消とする」
「有難うございます」
「だが君にはペナルティを課す」
「え、え?」
「君は上位である息子に手を出した」
「手を? ――あ」

突き飛ばした事を思い出して、カリンは蒼褪めた。
侯爵は、カリンとクロヴィスを見比べた。

「君にはクロヴィスと一緒になってもらう。そしてクロヴィスと共に生きていく以上、君も侯爵家関連の土地や施設には出禁となるので心せよ」

カリンもクロヴィスも黙り込み、周囲だけがざわついた。
侯爵は一人頷いた。

「死んだ親父どもは、互いの子孫を結婚させよと言い遺したに過ぎん。直系子孫同士である必要はない」

周囲は騒いだ。
カリンは硬直して人垣に目をやった。人の合間に両親と弟を見付けた。
父はあんぐりと口を開け、母は胸の前で手を組みうっとりと瞳を潤ませている。
弟のエメは丸い頬を紅潮させ、両の拳を握っていた。
彼は常々言っていた。

「僕、エドゥアール様なんて好きじゃないよ。ぺらぺらの白紙みたいだもの。どうして姉上と結婚するのがクロヴィス様じゃいけないのかなあ……」

弟の望む通りになった。





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