追放夫婦とドラゴンと

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08 大佐




サン=モンテーニュ半島の南沿岸を陣取る軍港は、密かに盛り上がっていた。
表彰式まで見物してきた士官らを中心に、仲間達が熱くレースを語る。

「今日は割と風があったのに、フィヨン大佐(だいさ)には余力があったな。潜航も浮上も滑らかで完璧だった」
「全軍艦乗りの誉れだ」
「くそかっけえし。マジでシビレたし」
「今回も祝勝会は欠席だってさ。妻のもとへ帰ります、だってさ」
「くそかっけえし。マジでシビレたし」
「愛妻家の大佐の為に、サプライヤーがわざわざシャワー用と持ち帰り用のスパークリングワインを用意してるってさ」
「くそかっけえ……」

話の輪に、若い初任士官が躊躇いがちに加わった。

「……あの、フィヨン大佐という方は軍法会議こそなかったものの、事実上の免職を食らったのだと噂で聞いたのですが?」

不名誉な退役を遂げた男を称賛する一同が不思議なのだろう。
面々が顰められ、一人が忌々し気に切り出した。

「確かに大佐は海軍として深刻な違反を犯した。しかしそれは断じて人に後ろ指をさされるような行いではなかったと、大多数の軍艦乗りが認識している」
「一体何が……?」
「商船内で発見した密航者を見逃がした」
「ええ? 犯罪者をスルーしたのでありますか?」
「内戦国から逃れてきた女子供の集団だったんだぞ?」
「え?」
「腹の膨らんだ妊婦もいたらしい。内戦国と我が国には同盟も国交もない。密航者達は我が国の海を経由して第三国を目指していた。我が国の法は移民や難民に優しいとは言えんからな」
「……ですね」
「密航者達は目的地まで後僅かというロケーションまで来ていた。着の身着のままで金はなく、長期航海する体力も残っていなかった。それを規則通り捕らえて銃弾飛び交う内戦国に送還する事が正しい行いだと、言い張れるか、お前」
「……自分には、決めかねます」
「ああ。俺の同期も大佐の隊にいたんだが、どいつもこいつも決められんかったと話していたよ。大佐が、決められん愚図どもの代わりに決断されたんだ。見逃しが発覚したならば全ての責任を自分が負うと仰ってな」

初任士官は黙り込むしかなく、一人が「くそかっけえ」を繰り返した。
同僚らは頷き合った。

「規則に従うのは楽だ。だが人としての判断を下すのは難しい」

頷こうとして、初任士官がふと気付いた。

「満場一致の現場で大佐の違反が本部に発覚したのは、何故でありますか?」

一同は渋面になり、一人が舌打ちした。

「上にチクったクソがいたんだよ。しかも大佐と同郷の奴」
「なんと、救いのない……」
「大佐の従弟とやらの下僕だかで、普段から大佐の粗探しをしていたらしい。マジでクソだよ。大佐の退役後に陸の良いポストに就いたしな」
「そんな人事が?」
「上にいるって事だ、大佐を疎む小さいのが。そいつからのご褒美だろ」

新任士官は惚け、項垂れた。

「これが、我が海軍ですか……」
「組織なんてどこも同じだ。世渡り上手が上に行く。階級が実力通りとは限らんから見極める力が要る。俺達の職務は命懸けだしな。お前も、誰を何を信じるのかは自分自身で決めろ。犬死にしたくなければな」
「……は」

俯いたまま新米の頭が上下した。
一瞥した上官達は嘆息し、話を戻した。

「大佐、もう帰宅されたかな」
「ドラゴン通勤ならすぐだろ」
「奥さん、可愛いんでしょうな」
「レース会場に顔出さないねえ……」

水平線に紅い太陽が近付いていた。



レースの速報は、王都にも及んでいた。
号外を購入した元伯爵令嬢で現伯爵夫人であるロザリーは、帰りの馬車の中で声を弾ませた。

「カリンの旦那様って本当に凄いのね」

三ヶ月前、王都学園時代の友人が留学先から帰るなり婚約を解消し、その日の内に新たな婚姻を結んだと手紙で知らせてきた時は仰天した。「住所不定」と言うから彼女への返信は実家のタウンハウス宛に送るしかなかった。
地に足が付いていない状態のカリンを旧友達と共に案じた。けれど当時はみんな卒業間際で忙しく、卒業しても同級の結婚式ラッシュだったから中々カリンの状況を追いかけられずにいた。

「でも心配なさそう」

カリンを案じる一方で、彼女なら何とかやれるという漠然とした信頼もあった。なにせ彼女は言葉も文化も違う海峡越しの隣国に単身渡っている。本気で婚姻が不本意ならば国外逃亡するくらいの行動力がある。
現状維持がカリンの幸福を物語っているのだ。

「船暮らしでもいいって思えるほど素敵な旦那様なんだわ」

レース業界には疎いが、年間チャンピオンの賞金額は相当の筈。また、記事によるとクロヴィスは外見もイケているらしい。
「いい人を捉まえたわね」とロザリーは一人頷く。
カリンの元婚約者で二学年上のエドゥアールは、好きではなかった。
高確率で彼は浮気をしていた。いつだかカリン不在の校内で、一年下の綺麗な男爵令嬢とやたら密着してヘラヘラと笑っていた。
浮気か否かの判断は付かなかったが、初夏の夜会で確信した。同じ令嬢とダンスを楽しむ姿を見かけたのだ。
浮ついた彼の行動は、人の不幸が大好物の連中の笑いの種になっていた。
連中の笑いの矛先は不在の婚約者だ。「お気の毒にねえ」だそうだ。

――いつも思うんだけど、あの手の連中ってなんで浮気した奴じゃなくて、された人の方を笑うの?

よっぽど暇で、よっぽど不幸なのだ。そうとしか思えない。

カリンは、クロヴィスと一緒になって良かった。
王都の社交界だけが全てじゃないし、――幸せ絶頂の彼女には必要ないだろう。





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