復縁不可の筈ですが、

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39 代役




実家のフレシネ公爵家で、クロディーヌはモヤモヤしていた。
大公妃のウジェーヌが紙面で「彼女にインスパイアされました」などとキアラを称賛している。
記事が出る少し前に、クロディーヌはキアラと養育院との関係を知った。
アベルから手紙が来たのだ。ラブレターかと思いきや「我が妻がこんな素晴らしい取り組みを――」とか何とかいう文面で、頭痛がした。
慈善活動のハードルを上げていたのは王族でも成金でもなくキアラだった。
傍らで妹のポリーヌが「デタラメですわ!」と喚き、新聞紙を握り潰した。

「キアラの事です。きっと侯爵閣下に無理なお願いをして、ウジェーヌ殿下の点数稼ぎをしたに決まってますわ!」
「……そうね」

頷きながらも、アベルからの手紙を受け取ったクロディーヌには「違う」と分かっていた。
クロディーヌが誘うまでアベルは慈善に疎かった。孤児院での事をキアラとの話題にするとか言っていた。
キアラの取り組みを知り、仰天したに違いない。元問題児のキアラが、自分よりも一段上の行動に出ていた訳だから。

――これでは私の輝く舞台が台無しになってしまうわ。

アベルやアベルの母アン=マリーは、クロディーヌの慈善活動に感心し、高く評価していた。
隣領との合同バザーは元は祖母が始めたもので、亡き王太后に倣ったものだ。
立派に引き継ぐ事を、姉妹は課せられてきた。フレシネ公爵の地位を継ぐ予定の弟はまだ学生で、妻も子もいない。
ポリーヌは普通レベルの手芸が出来る。クロディーヌには及ばないが、使える。

「ポリーヌ、王都郊外の孤児院に行ってきて頂戴」
「え? そこってこの前お姉様が侯爵閣下と行ったとこですわよね?」
「そう。刺繍を教える約束をしてしまったから、代わりにお願い」

ポリーヌはあからさまに顔を顰めた。

「私、イケてる外交官が集まる夜会に出ないといけないんですけど……」
「忙しいのは私も同じよ。とにかくお願いね」
「……めんどくさ」

それはクロディーヌの台詞だ。恨むならキアラを恨んで欲しい。余計な事をして、仕事を増やしてくれたのだから。
もうじき王都大聖堂で大規模なバザーが開催される。王家も参加するビッグイベントで作品を披露し、クロディーヌの存在をアピールしなければならない。
食べたら消えるアイシングクッキーとは違う。一生使えるタペストリーを作る。
一生消えない功績って事だ。
貴婦人としての力の差を見せ付ける――。
クロディーヌの後ろで、ポリーヌが「あーあ。孤児院なんか行ってドレス汚すのイヤだなあ」とぼやいている。
妹には、クロディーヌの代役になってもらう。
嘗て問題児の第四王子と縁談が持ち上がった際も、妹に上手く押し付けて国外逃亡出来た。
今現在のエルマンは真っ当だが、永久保証付きではないらしい。

――永久保証付きなら再婚を考えても良かったけれど。

アベルの保険になれたのに、残念。



午餐会を終えたキアラは、スノードロップと共に自宅兼カフェの前で送迎馬車から降り立った。
降車に手を貸してくれたエルマンを振り返って一礼する。

「今日は有難うございました」
「こちらこそ。暫くドクター・シャプレとはお別れになりますが、彼女との連絡は逐一城が行っています。何かあればいつでもお声がけください」
「嬉しいです」

キアラは「ね?」と両腕で抱えた仔豹を窺って、軽く上下に揺すった。スノードロップは「みゃ、みゃ」と喜ぶ。
「生きたぬいぐるみですね」とエルマンが笑い、片手を差し出す。鼻先に迫った手を嗅いだだけで、スノードロップは大人しく額を撫でられる。以前、暴力を振るわれた事はすっかり水に流しているようだ。
キアラが内心「良かった」と安堵した時、通りに声が発した。

「――キアラ」

パッと声に首で振り向いたキアラは、早足で歩み寄るアベルを認めた。

「アベル様、ごきげんよう」
「ああ。――どうも、殿下」

アベルを横目にしたエルマンも短く「ああ」だ。

「ヴァルデック侯爵、彼女に急ぎの要件でも?」

キアラには丁寧な言葉遣いをするエルマンだが、アベルより一つ年上で、同じ将官の括りでも身分に大差がある。その所為で言動が不遜に見える。
アベルは双眸を細め、顎を引いた。

「ただ妻に会いに来ただけです」
「そうか」

素っ気なく告げて、エルマンはキアラに目を戻した。
口元にも笑みが戻る。

「ではまた、キアラ」
「はい。有難うございました」

キアラが礼を重ねると、手元の仔豹も一緒に項垂れる。面白い。
エルマンは笑みで頷き、颯爽と馬車に乗り込んでいった。



店内の混み具合を見たキアラは、四階の自宅にアベルを迎える事にした。
玄関を抜けるや、アベルが「手土産」をキアラに差し出した。それは世界一有名と言っても過言ではないブランドのロゴが印字されたプレゼントボックスで、中身はハンドバッグだと言う。その購入先は元同級生ヴィルジニーの勤務先でもある。競合の一方だけを応援せずに済んだ。
恐縮して受け取ったキアラに、アベルは苦笑の顔を左右に振った。

「急に来てすまん。少し顔を見るだけのつもりが、上がり込んでしまったな」

キアラは笑んだ。

「いつでも歓迎ですよ。ね、スノードロップ」

スノードロップは床からアベルをじいっと仰いだ。この大きなお兄さんに、遊んでもらいたいのだろう。
キアラがキッチンに立つ間、アベルはスノードロップの相手をしてくれた。ボールを投げてやったり、ライチョウのぬいぐるみで狩猟本能を刺激してやったり。
アベルは動物に慣れている。子供の頃、よく軍馬や軍用犬の幼年時代を世話していたと聞いた事がある。
意思疎通を図れない動物の、一番手のかかる時期を何度も経験しているのだ。
だからアベルは辛抱強く、面倒見がいい。
問題児のキアラの事も、放り出さなかった――。





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