復縁不可の筈ですが、

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63 テロ




ヴァルデック侯爵領は、フレシネ公爵領の西隣に位置する。
交通の大動脈たる河川も街道も鉄道も二つの領地を経由し、王都へと伸びている。全ての道が絶たれた事で、物流は滞り始めていた。

昨晩、妻と共に帰国したアベルは港町で一泊し、今朝早くに自領に入った。
母アン=マリーがいた事もあり、カントリーハウスを含めた領内の要衝は、概ね平常通り機能している。
安堵も束の間、王都に出荷予定の荷物が行き場を失くしているとの報告が入った。一先ず生鮮食品を侯爵家で買い上げ、自他領の食品系のメーカーに格安で売り捌く対策を講じた。加工してもらえば保存期間が格段に伸びる。廃棄するよりずっといい。他の荷物は状況次第だ。買い取りか補助金で対応する。

フレシネ公爵領を含め、王都近隣には複数の領地が例のドームに接している。監視や交通整理の人員は各領主によって配置が完了しているようだが、通常業務に加えての二十四時間体制はキツかろう。応援要請が来る可能性がある。
アベルは執務室に集まった母と妻と、手下らを前に告げた。

「――前代未聞の異常事態だ。あらゆる備えを万全にしておく」

一同は揃って頷いた。
妻の膝の上で仔豹が呑気な顔をしている。ひとごとでいい。

外国人観光客らは王都から出られず、逆に旅先から戻った王都民らは自宅に帰れないという状況にある。
王城からの連絡は届いている。現在まで城下に大混乱はないとの事。国王が城にいるだけで民には精神的支柱となる。不幸中の幸いと言えよう。

アベルは領内の仕事を配下らに任せ、状況把握に専念した。
城経由で得た情報によると、王太子夫妻と第四王子が間もなく海から帰国する。氷河に出向いていたシャプレも既に下山し、南下する高速鉄道に乗ったと言う。
皆ヴァルデック侯爵領を目指している。海からも王都からも割合近い軍事拠点だから、と建前上は謳っている。
本当は「テロ対策本部に相応しいから」だ。謎のドームはテロ攻撃で間違いない。テロリストの正体を、国家中枢はこのほど掴んだ。

――陸軍少尉クレマンソー。

アベルの配下から反逆者が出た。遺憾極まりない。



テロ発生から三日目の朝。
謎のドームは変わらず王都を包囲している。
ヴァルデック侯爵領からドームを目視する事は出来ない為、アベルは隣領フレシネ公爵領に部隊の一部を送り込み、監視と伝令を任じた。
午前中。
帰国した王太子夫妻と第四王子が、カントリーハウスを訪ねて来た。
連中はキアラとの再会をたっぷりと喜び、次に仔豹に構い、やっとアベルを向いて深刻な表情を浮かべた。
揃って応接室に移動した後、王太子が落ちるようにしてソファーに腰を下ろした。

「折角の休暇が台無しだな」

慌ただしい帰国を強いられ、疲れている事情はアベルらも同じくだ。
第四王子エルマンは愚痴る兄を一瞥し、アベルとキアラを見た。

「ドクター・シャプレの到着まで時間があるので、我らが把握した情報について共有しておく」

アベルはキアラと共に頷いた。キアラの膝上で仔豹は丸まって居眠り。ひとごと。
エルマンは切り出した。

「まず私とキアラが経験した現象は、同一のものと判明した」

キアラが瞬いた。

「時間も場所も違っているけど同じもの、なのですね?」
「はい。完全に同じシステムを用いた魔法です」
「システム?」
「憑依システム、とでも呼ぶべき古代の魔法です。発端は中東にあり、システムの開発者は古代の姫にして巫女、ナディアと見られています」

キアラには丁寧に接するエルマンの横顔を、アベルは冷めた目で見た。

「では中東発祥の魔法が世界各地に広がったという事ですか」

「その通り」と戻って来たエルマンの目もまた冷めていた。

「交易や戦争で徐々に広がったのだろう。私に憑依していたアームは、海賊船団の統領と考えている。残虐で無法で、戦場でしか役に立たん好戦気質は正しくだ」
「確証はないのですか?」
「キアラのように物証は無いが、私は今回、北の古い港町にある博物館へ赴きサルベージ船が引き上げた略奪品を見た。見覚えのないそれらを懐かしく感じた」
「奇妙ですね」
「憑依の最中、海賊の夢でも視ていたのかもしれん。――知っての通り、アーム側の情報や思考は私にもキアラにも共有されていない。支配される側だからだろう。それゆえ支配者が何者かも分からず長らく苦しめられてきた。だが立場が逆では違ったようだ」
「逆?」

エルマンはアベルではなくキアラを見た。

「キアラ、ナディアは最初からこの時代での生活に馴染んでいたでしょう?」
「言われてみれば。読み書きも会話も出来ていましたし、古代世界には絶対にない便利グッズとかも普通に使いこなしてました。家族やセレブを見て、誰だか分からないなんて事もなかったですし」
「貴女が持つ情報を読み取ったからだとドクターは推測しています」

惚けたキアラが「あ」と閃いた。

「両親は、私の変化を単なる反抗期だと認識していました。記憶喪失じゃなかったからですね?」
「そうだと思います。恐らく氷河登山者も他の被害者らも、急な性格変化に周囲から驚かれたものの、中身が他人になっているなどと疑われる事はなかった筈です」

本人が知っている事を知っているのだ。別人と疑う余地はない。





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