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67 お久しぶり
孤児院の窓越しに、ポリーヌは白んだ空を仰ぐ。
王都に閉じ込められて三日。未だ城から問題解決の報は齎されない。
父公爵は連日城に詰めているから、タウンハウスにはポリーヌと弟と使用人達しかいない。
――意味不明の状況だけど、不思議と不安は感じないわ。
目線を正面に戻したポリーヌは、孤児らが着席する教室を後ろから見渡す。
黒板を背に算数を教えているのは若き外交官だ。素朴で優しい彼とは慈善活動を通じて親しくなった。
彼がいてくれるからポリーヌは落ち着いていられる。
――むしろカントリーハウスのお母様とお姉様の方が心配だわ。
どちらもあまり頼りにならない。特に姉は思うほど人格者ではなかった。ちゃんと母と協力して領地を守っていると信じたい。
想念の最中、彼が「ポリーヌ」と手招きをした。
「図形を描きたいから、こっちの定規を抑えてて」
「分かったわ」
王都は、平素通りの暮らしが続いている。
上空は謎のドームの屋根で白み、抜けるような青空は見えないけれど、少なくともポリーヌの心は晴れていた。
陸軍駐屯地に移動し、キアラは応接室に通された。
「取調室でなくてよろしいのですか?」と訊いたら、アベルとエルマンの声が「有り得ん!」と揃った。
エルマンを無視し、アベルがキアラに詰め寄った。
低い声で耳打ちをする。
「やめて良いぞ。国外逃亡にはまだ間に合う。海峡の先で匿ってもらおう」
キアラは苦笑して、肩に回されたアベルの腕に軽く側頭部で触れた。両腕が仔豹で塞がっているから頭しか動かせない。
「ここまで来たのです。腹を括ってください」
「……分かった。何があっても君の傍にいる」
「心強いです。では、スノードロップをお願いします」
「……引き受けた」
アベルが仔豹の首根っこを掴み、持ち上げる。
宙吊りになったスノードロップは「みゃ?」と鳴いただけで大人しく運搬され、アベルの上腕に載せられた。
慣れない場所に収まってきょろきょろし、キアラを仰いでまた「みゃ?」。なんでここにいるんだろう、と言う顔をしている。
キアラは仔豹の狭い額を撫でると、応接セットに向かった。
ソファーに腰を下ろしてシャプレと対面する。ローテーブルにはガラス製の小瓶が置かれている。
シャプレは片手を差し出した。
「ご自分のタイミングでお飲みください」
キアラは頷き、小瓶を手にした。
ソファーの背凭れ越しに、アベルが見守っている。壁際には王太子らが並び立ち、これから起こる事態を注視している。
キアラは瓶の蓋を開け、透明な液体を目線の位置に持ち上げた。鼻に近付けてもにおいはない。
――無味無臭なのかしら?
仔豹のそわそわとした気配が横顔に伝わる。小瓶の中にある得体の知れない魔法を察知したのだろう。横目にすると「やめておきなよ」と言う心配顔があった。
キアラは内心で「大丈夫」と仔豹に笑いかけた。
一思いに小瓶を呷る。
嚥下の途端、両眼をカッと見開いた。
――にがっ!
それが、キアラがキアラとして感じた最後の感覚となった。
「にがっ! 水、頂戴!」
喉を抑えたキアラが前屈みになって、煩く言った。
シャプレは周囲に「成功です」と流した目で告げ、水のグラスをテーブルの向かい側に押し出す。
グラスを掴み取り、キアラは一気に水を喉に流し込んだ。
「はあ、死ぬかと思った」
「死なれては困る」と横顔に発した声に、キアラの目線が上がる。
麗しい顔に笑みが広がった。
「アベル様、お久しぶり。ねこちゃんを抱っこしてる姿もセクシーね」
「……これは豹だ」
「知ってる。ずっと真面目ちゃんのキアラを見てたのよ、私。貴方が狼狽えてるトコとかもね。セクシーなのにキュートだなんて、さすが私のアベル様だわ」
「…………」
アベルの目線が逸れる。耐えられないようだ。
彼の腕の中ではスノードロップが毛を逆立て、喉の奥で微かに唸っている。警戒した顔が「誰だ、この主人と同じ姿形を持つメイジは」と言っていた。
世間話をする暇はない。シャプレは、本題に入った。
「キアラ様、いえナディア姫と呼ばせて頂きますが――」
「それ、私の名前の一部でしかないんだけど、まあいいわ。あなた達が知りたいのは大昔に私が作った魔法の件でしょう」
「素直にお話しくださるんですね?」
「ええ、ただしご褒美をくれたらだけどね?」
シャプレは眼鏡を上げ下げし、アベルは眉根を寄せた。
「交渉出来る立場だと思うか? 素直に吐いた方が身の為だぞ」
「ふっふ」とキアラの口でナディアは噴き出した。
「私が黙秘したらどうする気なの? だって拷問は無理でしょ? ここにあるのは罪なきキアラの体ですもの」
アベルの顔が険しくなる。
シャプレは片手を挙げ、双方を制した。
「拷問は最後の手段です。それよりお望みの褒美とは何です、姫?」
「そりゃデートよ! アベル様とのね!」
「そんな事か」と言う目がアベルに集まった。
アベルの顔は険しいままだった。
「……役に立てばな」
「やった! ビーチリゾートに連れてって! セクシーな水着も買ってね!」
「……いいから早くドームの事を教えろ。この待ち時間は何だ」
話を進めたがるアベルに、ナディアは「相変わらずカタいわねえ」と流し目を向けた。
「そういうトコも好きなんだけど」
「この待ち時間は何だ」
繰り返したアベルに、さすがのナディアも閉口し「ああ、はいはい」と言う風に肩を上下させた。
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