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19 数年ぶり
しおりを挟む朝。
ルネは、アマンディーヌと共に城の裏にある森をウォーキングしていた。
彼女の代謝アップに付き合うこと一週間。朝食前の日課になりつつある。
二人の後を白いドラゴンがついて来る。更に後ろをエレーヌが追う。エミールは塔で留守番中。
最近のアマンディーヌはドラゴンを前にしても以前ほどビクビクしなくなった。会えば会釈もする。慣れて来た。急な大欠伸を目撃して「きゃ」と言うくらいでオーバーリアクションは減った。
肌の調子も良く、炎症は消えた。古い皮膚の下で健やかな皮膚が再生されている。この調子なら半袖の季節に余裕で間に合う。
曇りのない肌色を鏡で見て来たであろうアマンディーヌは、今朝もご機嫌だ。
「もっと暖かくなったら湖に行きましょう、ルネ」
「はい」
「夏の離宮があるの。凄く素敵なのよ」
「楽しみです」
すっかりルネに懐いている姿は少女のようで微笑ましい。
城では相変わらずアマンディーヌの背後にはステファーヌが控えている。
例の輸入品の鉢が問題であった事について彼女は「何てことでしょう」とショックを受けていた。
「やっぱり外国産は恐いですわね。どんな汚いものが付いているか分かったものではありませんもの」
そうね、とアマンディーヌはメイド達と共に神妙に頷いて見せた。
「これからはみんなで気を付けましょう」
「本当に。安易に輸入品に手を出すのは控える事ですわ、アマンディーヌ様」
「ええ。無知な癖して欲しがっちゃって、自業自得だったわ」
「無知は当然ですわ。アマンディーヌ様は専門家じゃないんですから。もう終わった事です。あまりご自分を責めないでくださいませ」
「ええ。有難う、ステファーヌ。本当に迷惑をかけたわ」
「良いんですよ、これしき」
メイド達の顔が「ああ、うん……うん?」と言っている様にルネには見えた。
ステファーヌの言い方では、アマンディーヌの失態みたいに聞こえてしまう。
テキパキと輸入の手続きを進めたのはステファーヌで、植木鉢を室内に入れさせたのもステファーヌだ。
中庭の隅にはガラス張りの温室がある。そこで南国産の花木を越冬させていれば、付着していたダニは在来種に淘汰されていた、と医師らは見解を述べている。
「冬の間、寒い中庭を抜けなくても見られるように」というステファーヌの提案により鉢は室内に持ち込まれた。その習慣が春まで継続し、アマンディーヌのダニアレルギーを招いた。
良かれと思ってやった事が裏目に出たら誰でも落ち込む。
だからって自分の行いを省みない、人に擦り付けるような姿勢は見ていて気持ちが良くない。
失敗は恥ではない。ただし、その後の言動で人物が決まる。
診察以来、アマンディーヌは頻繁にルネを誘うようになった。そろそろコーヒーブレイクをしても問題ないだろう、と侍医からお墨付きを得ている。
朝のウォーキングと言い、ステファーヌはアマンディーヌが自分を差し置いてルネばかり傍に置く現状を歯痒く思っているに違いない。
最初から、ルネは不思議でならない。
――ステファーヌ夫人は、アマンディーヌ様のステージマザー気取り。
ステファーヌには成人した息子が一人いる。夫も自分も城の重鎮で、忙しい身だから暇じゃない。
親友のアマンディーヌに四六時中張り付かなくてもいい。彼女には充分な地位と権力とお金がある。「大好きだからいつも一緒がいいの!」と言われればそれまでだけれど、親友とセット扱いされたがっている感じはしない。もしそうなら今回の件を「私達のやらかし」という風に表現した筈だ。
――支配したい、感じ?
首を捻った時、城の前にすらりとしたシルエットが佇んでいる事に気付いた。
「あら、おはよう」とアマンディーヌがひらりと手を振る。
静かに歩み寄ってきたアランは、どことなくバツが悪そうに「どうも」と目で会釈をして、アマンディーヌの前で足を止めた。
「お二人は、随分と仲がよろしいですね」
「ええ。ルネのお話は面白いのよ。王都で色んな人に会ってるから」
「ああ。ライター、だそうですね」
チラリとアランの目がルネに向かう。
話してなかったな、と思いつつルネは頷いた。
「無名ですけど」
「大物ばかりを相手にしていたとか。先日の皮膚科医も若くして成功した女性だと聞いています」
「良くご存知ですね」
「――、母を診た医者の経歴を調べたまでです」
そうですか、とルネがまた頷くと、アランの視線が逸れた。
「貴女には借りが出来ましたね」
「いえ。何もしてません」
「してますう」とアマンディーヌがルネの腕を両手で掴んだ。
「貴女はいて欲しい時に一緒にいてくれるから、わたくし安心出来るの」
いやいやと苦笑するルネに、アランの目が戻って来た。
「息子より娘でしたね」
「今回に限ってそうかもしれません。でも娘、ワンチャン――いえ」
言いかけて止めたルネを見て、アマンディーヌがきょとんとした。
アランも軽く瞬いている。
先にアマンディーヌが察し、小さい子みたくルネの腕を揺すった。
「確かに綺麗な息子だけど娘には見えないわ」
それでアランは察し、眉尻を上下させた。
怒るかな、とルネは上目遣いでアランを窺う。
意外にも彼の麗しい唇は微かな笑みを湛えた。
「仮に誉め言葉でも嬉しくないですね」
ルネは目を丸くした。
アマンディーヌが「この子、昔からこんななの」とルネに告げ口をした。
「男の外見に価値は無い、なんて言うのよ。あんまりよね。折角わたくしが綺麗に産んであげたのに」
アランは薄い笑みを張り付けたまま踵を返した。
「頑丈に産んでくださった事は感謝していますよ、母上」
アマンディーヌが目を丸めた。
そそくさとルネの耳もとに顔を寄せる。
「母上って数年ぶりに呼ばれたわ、今」
ルネも丸めた目になって、去る背を見送った。
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