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20 不思議な生き物
しおりを挟む新たな週が始まった。
起床したルネは、ベッド脇のラグに揃え置いたルームシューズに爪先を入れる。
「おはようございます」
ラグで背を丸めていたモンブランがパチッと目を開き、細長い首を伸ばしてルネを仰いだ。
いつものように目と目で挨拶を交わした一人と一体は、それぞれ動き出す。ルネはバスルームに向かい、モンブランは二度寝する。
十五分で支度を終えたルネは、寝室を出る際にモンブランの丸まった背中を指で突いて「行くよ」と促した。
下りた一階で、軍人兄妹が一人と一体を出迎えた。
エミールに塔の留守を任せたルネとエレーヌは、モンブランを伴って城の裏庭に足を向ける。庭の入り口でアマンディーヌとメイド二人と合流して、日課の森林浴に出掛けた。
人工の森を三十分ほど歩いて、散歩の一団は解散する。去り際、アマンディーヌは「今日の三時にね」と言って手を振った。塔でコーヒーブレイクをする約束だ。ルネは頷いて、城に入っていくアマンディーヌらを見送った。
塔に戻って再び着替えてミニキッチンに向かう。エレーヌがコーヒーポットでお湯を沸かしてくれる傍ら、朝食作りに取りかかった。今朝のメニューは、昨晩から仕込んでおいたパン・ペルデュ(フレンチトースト)だ。因みに、甘くない。
十分後。三人分の皿と四人分のカップ&ソーサーが応接間のテーブルに運ばれ、整った食卓に四つの顔が揃った。
では、とルネは一同を見渡した。
「お召し上がりください」
声を合図にして、カトラリーが賑やかな音を立て始めた。
朝食が済み、ルネはミニキッチンに接続する勝手口から塔の裏に出た。
何もないスペースの隅に大小の鉢が並び、ちょっとした家庭菜園の様相を呈している。
果樹の手入れをしていると、片足に凭れかかるモンブランがふと空を仰いだ。
同じ空を仰いでルネは笑む。青空の中に飛来する黒と青の個体があった。
コーヒーブレイクの常連客が来た。
初めこそ団体客だったドラゴン達は、翌日以降は二体組が時間差で訪れるようになった。休憩時間をズラしている。
年長のノワールと、中間層らしいブルーがコーヒーカップの置かれたテーブルの前でほわほわしている。
毎度、ルネは彼らを応接間に招き入れている。屋外は心地よい反面、爽やかな風が香りをすぐに浚って拡散してしまう。
ルネはある予想をした。川辺のカフェテラスは同じコーヒーを提供している。にも拘わらずマスター曰く、開店以来ドラゴンが現れた事はない。
モンブランは塔の鉛筆の先で長らく寝ていた。出会ったあの日、ルネは全ての窓を全開にして塔の風通しを良くした。一階の窓からコーヒーの香りが流れ出て昇り、三階の窓に流れ込んでモンブランの鼻先に届いた。
「簡単でいて中々起こらない偶然が起こった、って事ですかね?」
テーブルの傍らにしゃがみ込み、ルネは伏せの姿勢になったモンブランの背に手を回した。モンブランは床に揃えたルネの膝に頭を載せてうとうとしている。
ルネの興味は、モンブランの両翼にあった。飛来するドラゴン達を見て「どうなってるんだろう」と常々思っていた。
コウモリみたく骨のフレームで帆のように膜を張っている。可動域はコウモリの比ではなく、あらゆる方向に曲がる。
「ひらひらと動くなあと思ってました」
柔軟なのに強度がある。突風で飛行が狂わされる事はない。嵐の日に引っ繰り返る傘とは出来が違う。
不思議な生き物だな、と想念を過らせていると、玄関から来客を知らせるノックが鳴った。
ルネだけでなく、三体のドラゴン達の顔が揃って玄関の方を向く。
なら訪問者は、ドラゴン・マスターだろう。
軍人兄妹の案内で、アランが応接間に通されて来た。
彼が塔内に足を踏み入れるのは、ルネの入居以来初めての事だ。
急な訪問はドラゴン達で慣れていたルネはそれほど動じず「ようこそ、閣下」とアランに一礼して見せた。
「コーヒーとフレーバーティー、どちらをお持ちしますか?」
軽く首を傾げ、アランは「コーヒー、ブラックで」と答えた。
彼は黒と青のドラゴン達の向かい側の席に腰を下ろす。二体を見据える横顔は、ルネには冷めて見えるけれど、楽しい会話中に違いない。
エレーヌが領主にコーヒーを供し、速やかに下がっていく。
ルネはドラゴン達側の席に着いて、アランの動向を見守った。
アランは静かにコーヒーを口に運び、軽く息を吐いた。何をやっても絵になる。
「いい豆です」
「マスターに伝えておきますね」
「移民でしたか」
「ご出身は南方大陸です」
国内外を問わず、他所からの移住者を須らく移民と称する辺境伯領にあって最も少数派となる、正真正銘の外国人だ。
軽く頷くような仕草をしたアランは、チラリとルネを見た。
「店主は何故ここに移住を?」
むしろアランが知らないのか、とルネは意外な思いがした。
尤も、多忙な彼が全ての移民審査に関わってなどいられる筈もない。
「美味しい水を求めてこちらに辿り着いたそうです」
「ああ。前に同じ事を言った移民の農家がいますね」
内心「へえ」と零したルネは俄然、その農家に興味を引かれた。
訊く前に、アランが塔を訪ねた目的を切り出した。
「例の花木に付着していたダニですが」
「あ、はい」
「二度と領内に持ち込まれる事はありません」
「そうですか。――そうなんですか?」
言い切る彼が、ルネは不思議でならない。
アランは続けた。
「配下のドラゴンに有害な外来種を学習させました。以後侵入は阻止されます」
ルネは惚けて、傍らのドラゴン達を見た。
彼らには覚えた異物を排除する機能がある、らしい。
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