彼女は思い出せない

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02 友人

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島の午後。
デジレは、近所にある小さなテンプルに向かった。書に魅せられて以来、老僧から毛筆の手解きを受けている。老僧も同居人達と同じく極東からの移住者だ。
書道は途轍もなく難しく、びっくりするほど上達しない。多分センスが無い。なのにびっくりするほど楽しい。
難解なものを理解したがる性質も、思い出ごと失われなかったものらしい。



ルヴォワ侯爵家の次女、オデットには友人がいない。
三年くらい前からそうなった。
唯一の友人が消えてしまった所為だ。

スールト伯爵家の次女、デジレだけがオデットの友人だった。

今日も、パーヴォ城内の巨大な図書室に一人で籠っている。
数学に没頭するくらいしか楽しい事が無い。

社交界デビュー前、どっかの貴族のお茶会に招かれた際、年上の令嬢達が輪になって「微分積分が難しい」と溜め息を吐いていた事があった。
居合わせたオデットは瞬き、悩める彼女達にこう言葉を放った。
「難しい? なんで?」――これ以後、同年代の誰もオデットに話しかけなくなった。
暫くは孤高なるオデットだったが社交界デビュー直後、十五の年に幸運にもデジレと出会った。
四年前のその日、王城から召集がかかった。
オデットだけではない。四人の王子達の妃となりうる年頃の令嬢が、次々と城に呼び集められていた時期だったのだ。

パーヴォ王国では、王子が誕生すると妃と同年代にあたる親達が浮足立つ。
自分の子供を王子の側近とか妃とかにしようと躍起になる。
オデットもそんな親から生まれた子供の一人だった。
デジレもそう。
彼女の場合はオデットよりもあからさまで、母親という人は貴族ではなく中産階級の平民の娘だった。
平民でも凡人ではない。ずば抜けた感性と身体能力を持つバレエダンサーとして知られていたデジレの母親は、十代の頃、発祥国に単身留学して名門バレエ学校を出て名門バレエ団で活躍した。
そしてデジレの父スールト伯爵に見初められ、彼の愛人となった。伯爵は彼女の才能を自分の血脈に取り込んだのだ。
伯爵の思惑は上手くいき、美しく利発なデジレが生まれた。
彼女の白い肌と金髪と、知的で優美な碧眼は何度見ても溜息が出た。オデットなんて容姿は並で性格はアレで、数学しか取り柄がない。
こんなオデットを、一級品のデジレは疎まなかった。

「並って……。オデットはとっても自分に厳しいのね」
「この、ひょろ長い体もキライなんだよね」
「シュッとした長身はカッコいいのよ。男女関係なく」
「靴のサイズがデカ過ぎて自分でもウケるんだけど」
「ウケないで。私は身長に対して靴のサイズが小さめなのがイヤ。それで小さい頃はよくコケてたもの」
「コケる女子とかフツーに可愛いじゃん」
「価値観って様々ね……」

その意見には心から同意した。
価値観は人によって多彩で、心底「なんで?」と思う。

――なんで一級品のデジレが、三流のアイツを気にかけていた?

第三王子、アシル。当時、奴のどこに注目すべき点があった。
見てくれが良いのは四人の王子全員に共通し、特別褒めるような事でもない。
中でも王太子アレクサンドルは別格で、容姿も頭脳も戦闘力も人望も女子人気も、他の三人を圧倒していた。

アシルなんて、単細胞のバカだったではないか。クラスに一人はいる直情型男子の見本みたいな野郎だ。
疑問過ぎた。けれどオデットは「なんであんな奴を?」とは、とうとうデジレに訊けなかった。
理由を知っても納得出来ないと分かっていた。誰であっても納得は出来ない。多分オデットは、デジレに恋情に似た憧れを抱いていた。

――だから王太子レベルの野郎でないなら認められなかった。

そう。王太子レベルの野郎でないなら、だ。

正午を報せる鐘が鳴り、オデットは図書室を後にした。
大して何もしなくても人間は腹が減る。
柱廊を進んだ先に、大柄のシルエットが剣みたく立っているのが見えた。
内心に舌打ちをしつつもオデットは遥か格上の相手に道を開け、とりあえずは淑女然とお辞儀をした。

「アシル王太子殿下」

先週、アシルが軍事クーデターを起こした際、オデットは驚きよりも「やりやがった」と妙に納得した。
何かやるのでは、と予感めいたものがあった。暴れ出すのでは、と。

誰も注目していなかった第三王子から王太子という絶対的なポジションを獲得した彼は、ゆっくりと軍靴の音を響かせてオデットに歩み寄った。
洗練された所作と雰囲気を醸し出している。
「コイツ」とオデットは下げた頭の中でアシルを罵った。

――別人になるにも程があるだろ。

以前のアシルであれば、ゆっくりとした所作など考えられなかった。落ち着きのない未熟者。それがオデットや周囲が認識するアシルという奴だった。
今年二十歳になるアシルは、オデットとデジレの一つ上になる。にも拘わらず出会った当初から「お兄さん」感は微塵もなく、むしろ年下の悪ガキという感じで尊敬出来る部分など見当たらなかった。
ずっと侮ってきた。オデットだけでなく周囲の大人も子供もみんな、アシルに何一つ期待していなかった。
そんなアシルが今や、実質の国王である。
底知れん奴だ、とオデットは思い知った。

――コイツは力を得た。まだ何かしようとしている。多分。

低く、温度の無い声音が頭上に落とされた。

「楽にしろ」
「……はい」

「このやろう」の思いごとオデットは礼を解き、姿勢を正す。
完全に表情の失せたアシルの面相が、オデットを見下ろしていた。

「城暮らしに退屈しているようだな、オデット」
「……とんでもございません」
「取り繕う必要はない。お前に吉報だ。王立学術アカデミーへ行け」
「え? しかしあの研究機関は、女子の受け入れはしない筈では」
「既に古いルールは存在せん」

オデットは信じられない思いでアシルを凝視する。大学で学位を得てから半年以上が経つのに、次のステップを見失っていた。

「本当に、よろしいのですか」

アシルは冷たく言った。

「俺が許す。より高みを目指せ。そしていずれ俺の為に最高の働きをしろ」

オデットは「このやろう偉そうに」と思う反面、奮い立つ心を堪えきれなかった。
軍事クーデターを成功させ、アシルは旧態依然を破壊した。いつの時代でも勝者がルールをビルドする。
気に入らないながらもオデットは「確かに吉報だったな」と一応は感謝し、ゆっくりと歩き去るアシルを一礼で見送った。





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