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03 初恋
しおりを挟む好きな女がいる――。
アシルは、第三王子としてこの世に生を受けた。
炎のように赤い髪と瞳を持つ。付いた渾名はファイアヘッド。捻りがない。
一人だけ兄弟達とは母親が違う。奔放かつ野心的な母は一時、父王の公妾だった。
そんな母親の影響なのか何なのか、幼い頃からアシルはとにかく落ち着きがなく、城の大人達を散々煩わせてきた。
椅子に座ってじっとしているのが苦痛で堪らなかった。
丸暗記を強要される詩だの聖書だの興味が無い。興味が無い事を人は暗記しない。
暗記していない事を引用する事は出来ない。引用はかなり重要なスキルだ。スピーチやコメントで使えば人々を感心させられる、その良い材料となる。
しかし良い材料を持たないアシルに良い事は言えない。これは王子としては致命傷以外の何でもない。
そんな訳でアシルの評価が「大した事はない」とされるのも当然だった。
「――まあ周囲の評価は気にするな、とは言えんがな。はっは」
第二王子アントワーヌは、五歳下の異母弟に笑って見せた。
殺伐とした城内で、落ち零れのアシルを最も気にかけてくれたのが陽気な下の兄で、情に厚い彼は誰にも見向きもされない第三王子を決して見放さなかった。
「アシル、お前だけの武器を探せ。それをとことん研鑽して周囲を見返せばいい」
「アントワーヌ兄上、俺だけの武器って何だ?」
「知らん。だから探せと言っている。そうすれば何かしら見付かる。多分な」
「結局あんま良い励ましになってねえな」
「うむ。とにかく励め。城に生まれた以上、人々から期待されるのも評価されるのも避けられんしどこにも逃げられん。ならば真っ向からぶつかっていくしかない」
「人とぶつかっていいのかよ」
「うむ。物理的にはダメだ」
「結局あんま良いアドバイスでもねえな」
「はっは」
アントワーヌの言葉はいつも大して参考にも励ましにもならなかった。
それでもアシルはポジティブな兄王子に救われてきた。自分にきちんと向き合ってくれ、応援してくれる唯一無二の存在だったから。
既に戦死してしまったこの兄の事を、一生忘れない。
アントワーヌが戦死したのはアシルが十三歳の時だ。
同じ年、妃候補たる令嬢達が城に召集された。第二弾の召集だ。令嬢達は一斉に掻き集められるのではない。個々の才能開花や実績を吟味し、城は誰を呼ぶかを決定している。学校の成績上位者とかは目に留まり易い。
第二弾の召集には、幼いデジレが含まれていた。
当時まだ十二歳。妃候補中最年少ながらも彼女は言動も表情も静かで、とても落ち着いて見えた。
アシルが抱いたデジレの第一印象は「人形か機械みたいな奴」だ。
綺麗なだけの無表情には面白味も人間味も感じられない。冗談に対して正論パンチを繰り出してきそうな感じ。苦手なタイプだ。
アシルは即「この女はない」とそっぽを向いた。
引け目があった。劣等生の自分とは違う優等生への諦め。どうせ手が届かないし分かり合えない。いっそ彼女を毛嫌いしていたと思う。
それにデジレの落ち着き払った雰囲気は王太子アレクサンドルに似ていて、アシルの苦手意識に一層の拍車をかけた。
「――ま、あんな女に関わる必要とかねえし。俺には関係ねえ。精々アレクサンドル兄上とでも仲良くやっていればいいぜ」
なにせデジレの射程圏内に、完全無欠のアレクサンドルがいる。
年齢こそ王子中で一番デジレに近いアシルだが、ちゃんと心得ていた。
優等生のデジレが呼ばれたのは、同じく優等生のアレクサンドルと引き合わせる為に他ならない。
デジレはアシルの為に用意された妃候補ではないのだ。
彼女も劣等生のアシルなど眼中に無いだろう。アシルとて彼女に興味を持ったりしない。
そのつもりだった。
誰がこれを言ったのだったか。
意識しないようにするのは意識するのと同じ事だ。
デジレの城暮らしが始まり、アシルは幼少期以上に落ち着かなくなった。
つまらない事で声を上げ、騒ぎ、周囲に迷惑がられる。その繰り返し。
集まった令嬢達は、アシルの空騒ぎを白い眼で見ていた。
デジレがどういった目でアシルを見ていたのかは知らない。なにせ見返す勇気がなかった。
やらかす度にアシルは「しくじった。ダセェ。また嫌われた」と焦った。
その癖、懲りもせず存在をアピールし続けた。デジレを見返す勇気はないのに、彼女の目を自分に向けさせたいという強い欲求は働いた。
完全にガキの恋をしていた。気付けば彼女を好きになっていた。
――くそ。なんでこの俺が。よりによってあの女かよ。
よりによって初恋。最悪だ。
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