彼女は思い出せない

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05 ミーティア

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パーヴォ王国海軍の艦長、ルクレールは西沿岸部沖で巡洋艦を停止させた。
ブリッジを後にして艦長室に向かい溜まっていた書類を捌く。
ふと脳裏に、少年の声が過った。

「デスクワークとか、出来ねえ」

ルクレールは内心「そうですなあ。好かんですなあ」と彼に同意した。

十一歳だった第三王子アシルは、当時ルクレールが指揮する艦にやって来た。
王侯貴族の男子は他の士官らと違い、海軍学校に通わずいきなり乗艦して艦長の下に就く事が多い。古来からの伝統みたいなものだ。
気象だの天文だの海で生きるのに必要な知識は、幼少期の英才教育で仕込まれるから、後は実地訓練を残すのみという訳だ。
出来上がっていない成長期の体でも海軍の業務ならさして支障はない。それで、ほとんどの王子が陸軍より先に海軍で学ぶ。
必ずどちらかに行く。或いはどちらにも行く。どちらにも行かない、は大陸列強国の王子には通用しないだろう。

海軍人生初となる王子の指導役でも、ルクレールに不安はなかった。
城では低評価らしいアシルだが海では違っていた。周囲との連携やコミュニケーションに問題はなく、居丈高でも怠惰でもない。少年らしい人懐こさもあり、階級や部署や年齢を問わずあらゆるクルー達と積極的に会話する姿勢も見られた。
頭の回転も速く、知識も申し分なかった。地頭が良いという表現がしっくりくる。興味のある事ならばどんどん吸収し、とことん探究出来る。
低評価の実態は「王子だから」と高いハードルが設定されている所為なのだ。

――彼は優秀だった。普通に。

しかし王子である以上、普通ではいけない。

古い王族は、奇跡のパワー、ミーティア(流星)を持つ。
星の誕生以来、天から飛来した存在の総称で、国の数だけバリエーションがある。ミーティア・シリーズと呼称されるそれらは既出が全てではなく、まだ地中で眠っているのが「いる」。
自国のミーティア、パーヴォの今現在の保有者は国王である。ゆえに王を、パーヴォ・ウィナーとも呼ぶ。海峡を隔てた西の隣国、大ドラゴン帝国の女帝ならドラゴン・ウィナーとなる。
同じウィナーでも女帝と自国の王とでは決定的な違いがある。
王はパーヴォを有しているだけに過ぎず、古くは「魔法の火」と呼ばれていた奇跡こと「魔法のプラズマ」をほぼ使えない。単にセンスがない。
またミーティアは別名、意志を宿すエネルギー資源と言い、保有者を自ら選ぶ。概ね始祖の王の血脈に沿って人選するので、次世代ウィナー選抜は王の第一子たる王太子有利でスタートする。

何にでもイレギュラーは生じる。
先日、新王太子アシルが軍事クーデターを成功させた。

――彼は、アレクサンドル殿下からミーティアを奪った。

ミーティアは、なにも一家に一台ではない。
称号や勲章と同じ感覚で、列強諸国の王家では始祖の他に複数保有している事が普通にある。しかも王が持つ始祖よりハイスペックなミーティアを王子や王女が持っていたりもする。始祖が最強とは限らないのだ。
アレクサンドルが正にそれで、彼はキグナス(白鳥)・ウィナーだった。
敗北により、彼が保有していたキグナスの力はアシルへとシフトした。
アシルは強大な力を「またも」手中に収めた。

凡そ三年前の海難事故で、ある伯爵令嬢が亡くなった。
訃報以来、アシルは変わった。顔から笑みが消え、周囲との会話が減った。亡くなった令嬢は彼の大切な人だったのだ、とルクレールは悟った。
無口になったアシルは力を求め始めた。南極へ赴き、そこで独自のミーティアを獲得した。

今や彼は王太子でキグナス・ウィナーで、フェニックス・ウィナーだ。二体ものミーティアを保有する覇者として城に君臨し、旧態依然を次々と破壊した。
全てを手にしたと言っても過言ではない。なのに彼の駆け足が止まっていない。
これ以上、何を欲しているのだろう。



アシルは、パーヴォの池を飛び出して城内に駆け戻った。
王太子の執務室で、兄アレクサンドルを前にする。
七つ年上でキグナス・ウィナーで完全無欠の王太子。苦手な相手だが今は遠慮している場合ではない。

「アレクサンドル兄上、アイツからちょっと聞いたんだけどよ」

単刀直入に切り出したアシルに、執務机の先でアレクサンドルは優美な笑みを浮かべて見せた。

「ん、アイツとは誰の事だ、弟よ」
「だ、だから兄上がエスコートを申し込んだ相手だよ」
「ん、デジレの事か」
「そう言ってるだろ」
「そなたは本当に、分かり易い奴よな」
「何の話をしている。俺が言いたいのはな」
「分かっているとも。デビュタントとなる彼女のエスコート役を自分に譲れと言う話なのだろう?」
「そ、――うとも言う」

アシルは口籠り、床を睨んだ。
遊ばれている。からかわれているのが気に入らなかった。

「だ、大体よ、兄上は別に誰でも良いだろう。エスコート待ちの女どもが他にも大勢いるし、アイツである必要性とか全くないよな」
「ん、そなたと違ってモテモテですまんな」
「うるせえよ」
「ん、だがそなたと同じで私も今回はデジレがよい」
「あ、――あ?」
「彼女に興味が湧いた。彼女ともっと話がしてみたくなったのだ」
「――あ?」

殺気立った目でアシルはアレクサンドルを直視した。
アレクサンドルは、やはり笑んだ。余裕しか感じられない。

「でな、双方とも譲れん我らで競い合うというのはどうだ」
「あ? 競う?」
「来月にはデジレの誕生日が来るのは知っておろう」
「……知らね」
「嘘はよい。現状、そなたはちょいちょい陸軍の任務に駆り出されては城を留守にしておるから、きちんと彼女を祝った事などなかろう」
「……ねえよ。この時期いつも俺は王都にいねえ」
「大陸にはつまらん問題を起こす山賊だの魔物だのが蔓延っておるゆえ、多忙もやむなしよな。しかし幸運にも今年は近隣情勢が落ち着いておる。そこでだ。互いに彼女への誕生日プレゼントを用意するのだ」
「は? この俺が女にプレゼントだと?」
「そうだ。二人からのプレゼントを彼女に選んでもらう。選ばれた方がデビュタントボールでのエスコートを勝ち取る。どうだ。簡単であろう」

簡単なワケがあるか、とアシルは絶句しながら思った。





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