彼女は思い出せない

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13 「負け」

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王太子アレクサンドルは、愚か者が嫌いだ。

十代半ばから、近い年頃の令嬢と引き合わされては全く実りの無い、何の足しにもならない会話を強いられてきた。

「――王太子殿下、わたくしの家ではそこらの美術館の比ではないほどの名画を多数所有しておりますのよ。中でも南の流派の作品収集に力を入れておりまして、この流派と申しますのが三百年前に興った風景画家を中心とした芸術運――」

知っておるわ、とアレクサンドルは優美な微笑みの下で令嬢を罵った。
既にこちらが知っている事を誇らし気に、延々と語るのではない。
自分よりも遥かに劣る頭脳の癖して蘊蓄を披露したがる令嬢というのが、一番アレクサンドルの癪に障った。
舐め腐っている。王太子がこれしき知らない筈がない、という発想に至らない。愚かな無礼者だ。
しかし愚か者に限って無駄に名家の出で、追い払うのに難儀する。

「追い払うには力が要る。快適環境を得るには、確固たる力が……」

妃候補との対面イベントは全くの無駄でもなかった。令嬢どもの相手をする内にアレクサンドルは人を見る目を養っていった。
一言二言のコメントから相手の思考回路を分析出来る。長々と演説させるまでもない。
分かっていない者は嗅ぎ分けられる。分かる者同士だけが分かり合える。
「当たり」と出会う事も少しはあるので、そういう時はキープする。簡単には婚約に至らない。キープ以上の掘り出し物に備えてマージンを取っておく。

掘り出し物は大袈裟ながら、デジレは当たりの一人だった。
当たりだと気付いた切っ掛けは短いコメントからだ。
彼女の登城から間もなく、王都は「子供の仮装デー」を迎えた。当日の城では、趣向を凝らした衣装を纏い、家臣どもの子供が菓子を求めてうろついていた。
子供らを遠目にしながら、アレクサンドルは傍らのデジレに問うた。

「最も出来がよいのはどれだと思う?」

デジレは子供連中を見詰めたまま静かに答えた。

「子供服に優劣など無いかと」

彼女は分かっている、とアレクサンドルには察せられた。
単なる子供好き発言とは違う。ファッションの概念を理解している一言だった。
思考が凝縮された一撃というのは、脳に心地よい。

「さすが一流ダンサーの娘よな」

デジレは静かな横顔で「……恐れ入ります」と告げた。

接触を重ね、アレクサンドルは理解した。
デジレはアレクサンドルに擦り寄らないし、媚びない。

「パーヴォの庇護に興味がないのか……?」

アレクサンドルにも興味がないのか。
アレクサンドルは逆にデジレに興味が湧いていた。この自分に興味がない令嬢など初めてだ。観察するだけの碧い目に、違う色を灯してやりたい。
無理だった。気付けばデジレの目は完全無欠のアレクサンドルではなく、不出来なアシルに注がれていた。

「何故あのバカに注目する……?」

バカが珍しいのだな、と初めは思った。
しかし見物にしては長過ぎた。見物でも観察でもない。熱が籠っている。
アレクサンドルからすれば、アシルは三流品に過ぎない。
同じ弟でも第二王子アントワーヌの事は評価していた。スピリットだけならアレクサンドルを上回っており、数年前の戦場ではパーヴォが貸与可能な魔力の上限値をマークした。
アレクサンドルよりも早い年齢だった。ただ、アントワーヌはパフォーマンスにムラがあり、情に厚過ぎるという欠点もあった。
所詮アレクサンドルの敵ではない――が、

「手を打っておくか」

アレクサンドルがキグナスを手に入れたのは、アントワーヌの最期の出撃から暫くの事だった。
愚か者を嫌うアレクサンドルだが、最も嫌うのは「負け」だ。

デジレの誕生日プレゼントを競った際、アレクサンドルは人生で初めて負けた。
負かされた。アシルにではない。デジレにだ。

「そなた知っておったな。奴が外国暮らしの作家に帽子をオーダーしおった事を」
「…………」

デジレは知っていた。偶々だろう。アレクサンドルがアシルに勝負を持ち掛けた事を知り、その後のアシルの動きを追った。
帽子がアシルからのプレゼントと承知しながら知らぬふりで選び取った。
確かに帽子は一級品で、ハイブランドが持つ世間的なものとは異なる値打ちがあったから、ジャッジが不当とは言えない。
しかしまんまと二人にしてやられ、アレクサンドルは不愉快を味わった。

「奴はツイておった。偶然士官と再会し、吉報を得た」

デジレは首を左右に振った。

「幸運は、起こるべき人の元へと贈られるものではないでしょうか。実際、アシル王子殿下のお人柄があってこその再会劇でした。士官殿の方からお声掛けをされ、お力添えをされています。殿下との打算なき信頼関係が前提にあったと――」

ああ、とアレクサンドルはデジレの言葉を遮り、笑んだ。

「私は持たんな。その手の人脈は」
「…………」

長く沈黙した後、デジレは「言葉が過ぎました」と謝罪した。
負けたのではない、とアレクサンドルは考えた。
相手の方がよりツイていただけで、実力とは違う。

アシルごとき、アレクサンドルよりも遥か下位の存在だ。
そうでなければならないのだ。



「今帰った、アレクサンドル兄上」

結婚するや単身旅に出たアシルが帰国した。
デジレの事故死から二年以上が経過していた。





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