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14 らしくない
しおりを挟む帰国したアシルと対面し、アレクサンドルはすぐに悟った。
身の内でキグナスがざわついている。
「……そなた、何を手にしおった?」
アシルは無表情に答えた。
「南極でフェニックスをな。早速だが実戦投入してくれ。北部のテロリストどもがロジを邪魔しているそうだな。プチッと潰してやる」
「う、む。では頼むぞ」
「ああ。――ところで、兄上は何年も戦地に行ってないな」
「ん、政治の兼ね合いもあって城を離れられん」
「娯楽以外何もしない国王の代わりは大変だな」
「前代未聞のウィナーである事は誰もが認めるところよ。脈々と続く先祖の遺産に守られておれば、ああいうタイプも出てこよう」
「使えんな」
「だがパーヴォは必要だ。失う訳にはいかん」
「分かっている。――アルノーを見舞って来る」
第四王子アルノーは、生まれながらに体が弱かった。
今もし王が暗殺でもされ、パーヴォが星に戻る事態になれば命を落とす危険が高まる。庇護下にあるから末弟は生きていられるのだ。
アシルの訪問を受け、アルノーがベッドの上で瞳を輝かせた。
今年十二歳の外見は実年齢よりも幼い。誕生以来、一度も城を出た事がない。
「どちらに行かれていたのですか、アシル兄上」
昔からアルノーは、異母兄のアシルと他の兄達とを差別しない。
弟の柔らかな銀髪をうしゃうしゃと撫で回し、アシルは少し土産話をした。
「砂漠でラクダに乗った」
「いいなあ」
「ピラミッドを見た。まあまあデカかった」
「いいなあ」
一頻りはしゃいだアルノーは、不意に銀色の瞳でじいっと異母兄を見詰めた。
笑みがなく、言葉が少なく、声音は静か。全く以て、らしくない。
「兄上、お辛いのですね」
「そうでもない」
「僕、兄上がご結婚されるのはあの方だと思って楽しみにしてました」
アシルは、ベッドの端に載せていた腰を浮かせた。
「俺は一つも諦めていない。だから辛くもないんだ」
意味が分かる筈もない、アルノーは円らな瞳を瞬かせていた。
アシルの出撃後、兄アレクサンドルがアルノーの部屋を訪ねて来た。
「アシルの奴は何の話を?」
「? 楽しい土産話です」
「詳細を申せ」
「え? あ、はい」
アルノーは、アシルよりも誰よりもアレクサンドルの事が理解出来ずにいた。
その日の晩、高熱が出た。
魘されながら夢現を彷徨っていると、枕元にパーヴォが現れた。
片翼を伸ばして「よしよし」とアルノーの銀髪を撫でる仕草をする。
魔法のプラズマなど少しも使えず、父王以上に戦力外のアルノーだが庇護の順位は高い。父王はアルノーの書く詩にいたく感心している。
――でも命懸けで戦っている兄上達より上位なんて嬉しくない。
自分には何も決められないし何も出来ない。
城のお荷物になっている。悔しくて情けなかった。
パーヴォが消えて暫く、熱は嘘みたいに引いた。
冷めた脳に、ふと幼少期の記憶が過った。ずっと忘れていた言葉だ。アルノーに向けて発せられたものではない。
兄の、低い独り言を耳にした。当時アルノーは臥せっていて、四歳くらいだったから油断して漏らしたのだと思う。
「障害物は消すしかない。弟であっても関係ない」
今になって意味を理解した。あれは殺意以外の何でもなかった。
見過ごしたらダメだ。さっきの兄の顔にも覚えがあった。第二王子アントワーヌが戦死した直後と同じ、得体の知れない表情。
何かある。アントワーヌに続き「また」恐ろしい事が起こるのではないのか。
――アシル兄上に。
報せなければ。
アルノーはそっとベッドを抜け出した。
王子達は皆、等しくなくとも等しくパーヴォの庇護下にある。
たとえ下位でも常人より死に難い。
死に易くするには徹底して順位を落とす方法が手っ取り早い。ネガティブ・キャンペーンだ。
アレクサンドルは、父王に吹き込んだ。
「アントワーヌは陛下への不満を周囲に広めています」
「ふん。余を殺せるものなら殺してみい。末弟が可愛くないのならな」
「どれほどの犠牲を払ってでも、という覚悟が見受けられます」
「それで国が滅んだら奴の所為だ」
「奴を慕う連中は一定数います」
「パーヴォを失った後、新たな国を興す気か? ヤボい新国章でも掲げて末代まで笑い者になればよいわ」
「そうはさせません。私が奴の反乱を止めます」
「任せる。余は忙しい。次のバレエ団公演があるのでな。あ、ファッションウィークも近いじゃないか……」
王曰く、この後アントワーヌは血縁中では最下位に転落した。尚、パーヴォのランキング表はウィナーしか知りようがない。
状況を整えたアレクサンドルは、アントワーヌに出撃命令を出した。
「準同盟国で発生した魔物は山のような巨体と聞く。念の為、私の精鋭部隊を貸すゆえ上手く使うがよい」
「有難き幸せ、兄上」
そのレンタル品は精鋭部隊という名の暗殺部隊だった。
完全無欠のアレクサンドルは一つとして負けてはならない。強いスピリットと人望を持つアントワーヌは目障りだ。
――それに上限は「半分」しかない。
身内の誰かが「半分」の魔力を消費すれば、再チャージされるまで他の者はプラズマが使えない。運悪く、戦場が同時に二つ以上生じた場合これは命取りとなる。
パーヴォの庇護も魔力も言わばゼロサムゲーム方式なのだ。
海軍から戻ったアシルが間もなく陸軍の訓練を終える。代用品はある。
機は熟した。
部隊を魔物のテリトリーに先行させ、アレクサンドルも密かに戦地へと赴いた。アントワーヌの命が目的なのではなく、近くに「いる」と情報を掴んでいたのだ。
人由来の魔物はミーティアに引き寄せられる性質を持つ。特に大物が生じると、その近辺に高確率でミーティアが眠っている。
ただし、そいつがロウワー(下位)かアッパー(上位)かは接触してみるまで分からない。
ドンパチを尻目に、アレクサンドルは深い森で目的のものと接触した。
強い野心とてスピリットだ。キグナスは目覚め、アレクサンドルに応えた。
見事アッパー・ミーティアを引き当てたアレクサンドルは、海外の鉱山事故を視察していた事にして王都にとんぼ返りした。
その時には城下にアントワーヌの訃報が伝えられていた。
王子同士の潰し合いは、恐らく始祖のミーティアの望むものではない。だが結局は王の意思が優先される。
父王は、とりあえず次男の死を「残念」と嘆いて見せた。
「アントワーヌの戦死は受け入れるよりないな。奴は国の為によく戦ってくれた。うん。――時に、そなたの新たなミーティアは素晴らしいなアレクサンドル。なんと優美な白鳥であろう。さすがだ」
「恐縮です、国王陛下」
アレクサンドルは、ほとんど全てを手に入れた。
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