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16 異母姉妹
しおりを挟むキグナスは、無線通信の真似事が出来る。
機械要らずなのでテレパシーというやつが近い。
「戦場で重宝する」
アシルは両の腕を組み、脳内に齎されたミーティアの取扱説明書を諳んじた。
前王太子アレクサンドルは、キグナスの特性を「使えん代物」などと偽ってきた。今なら虚偽理由が分かる。暗殺部隊への指令に使っていたから知られては不都合だったのだ。
キグナスのテレパシーは対象者の脳に届くパルスで、信号は一方通行。つまりウィナーから発信するのみで、相手からの返信を受け取る機能はない。
しかし戦略的に使えば劣勢の戦況をひっくり返せる。
「だが戦場に出ない奴には宝の持ち腐れだったな」
その時、執務室の扉がノックされた。
力加減で兵士ではないと分かる。煩いのが来た。
アシルは無視した。
ノックはしつこく続いた。訪問者が扉越しに「いらっしゃるのでしょう。アシル王太子殿下、旦那様!」と喚いている。
不愉快に耐えかね、アシルは扉に向かった。
ガアンと開く。
アンドレはぎょっとアシルを仰いだ後、頬を膨らませて両手を腰に当てた。
「今日こそハネムーンの日程を決めさせてもらいますわよ、旦那様!」
「その呼び方を止めろ。耳障りだ」
「だったら少しはわたくしの相手を――」
「この俺に何も期待するな、と初めに言い渡した筈だ。お前は飾りに過ぎんと。お前は承諾し、莫大な富を得た。俺に構うな。口を利くな。極力視界にも入るな」
冷たい言葉の羅列にアンドレの顔が凍り付く。
それも数秒で、すぐにキッとアシルを睨んだ。
「酷い! 夫婦なのに――」
「黙れ。虫唾が走る」
踵を返し、アシルは扉を閉めにかかる。
アシルの横顔にアンドレが発した。
「城の噂は本当ですのね。貴方は、――死んだデジレにまだ執心してる」
アシルは眼球だけアンドレに戻した。
「二度と言うな。次は殺す」
アンドレは、スールト伯爵家の長女だ。
一つ年下のデジレは異母妹で、彼女が五歳の頃、父の愛人だった母親が病没したのを機に伯爵邸に越してきた。
以来、異母姉妹は事あるごとに比較された。
何でもそつなくこなす異母妹は優秀と言えたが、突出した個性も才能もなく、学校に入学してしまえば目立たない存在と化した。意図的に存在感を消していたように思う。
それでも城は早い段階でデジレに目を付け、さっさと召集した。元バレエダンサーの母親の恩恵であって、デジレ自身の実力でも実績でもない。
「所詮は秀才で、天才じゃないのよデジレは」
何を考えているのか分からない、澄まし顔の異母妹がアンドレは疎ましかった。
デジレが召集され、家を出てくれた時はホッとした。彼女は学校にも城から通っていたから全然顔を合わせずに済んだ。
正妻たる母は、アンドレに落胆した。
「あの女の娘にだけは負けないでねって、お母様いつも言ってるでしょう」
「だ、だって、城が勝手にあの子を選んで――」
「選ばれた子は他にもいるのよ。帰された子も多いけれど。貴女、そのどっちでもないじゃない。もう十四歳になるのにまだお呼びがかからない。社交界でどれだけお母様が惨めな思いをしてるか分かる? ……もしかしてこの子、何の才能もないのかしら」
最後は独り言た母の声に、アンドレは崖から突き落とされた気分を味わった。
言っておくが、アンドレは充分優秀だ。
学業成績は常に上位でバレエも乗馬もピアノも上手い。ボードゲームもカードゲームも嗜んでいる。
デジレと同じかそれ以上に、何でもそつなくこなしている。金髪碧眼の見た目だって百人が百人「美少女」と口を揃えるだろう。
違うのは産みの親だ。母親の恩恵がない。それだけ。
――お母様の所為じゃないの!
アンドレの下には跡取りの弟がいる。可もなく不可もない。アンドレの方が余程優秀だし、何でも出来る。
なのに跡取りだからと母は弟ばかりを可愛がる。アンドレの事は眼中にない。
デジレの存在と関係なく、元々母はダメな気質なのだろう。とはいえデジレの存在が、母のダメな気質を加速させていたのは間違いなかった。
デジレの訃報は嬉しくも悲しくもなかった。
その直後、第三王子から結婚の打診が来て歓喜した。
「喜んで!」飛びついた。弟中心の家を出たかったし、城暮らしをしたかった。
何より「バカで単細胞」という前評判とは違い、実物のアシルは大変な美形で、学生のアンドレには落ち着いた大人の男性に見えた。
変な結婚条件は出されたが、夫婦愛は時間をかけて育んでいける。
問題ないと思った。
「アシル王子殿下、お好きな食べ物は何ですか?」
「話しかけるな」
夫となったアシルは取り付く島もなかった。
子供を持てば変わる、とアンドレは期待した。
「殿下、今晩お越しになりますわね?」
「話しかけるな」
そしてあろうことか、挙式から間もなくアシルは単身旅立ち、二年もの間城に帰って来なかった。
放置されたアンドレは、惨めを紛らわせる為に奢侈を尽くした。
――折角クラスの奴らに自慢したのに!
天国から地獄だ。億劫になって通学は止めた。勉強もスポーツも頑張らない。
出席率ゼロながら十八の年、普通に学校を卒業した。見えざるパワーが働いた。
「だってプリンセスですもの。わたくしの勝ちよ」
誰にも何にも勝っていない自覚はあった。
卒業から一年半後、長旅を終えてアシルが帰国した。
大層なフェニックスを獲得していた彼は、やはりアンドレを無視して戦場へと繰り出していった。新しい玩具を使いたがる男子の姿そのものだ。
「なんなのよ!」
周囲に当たり散らした。侍従も侍女も「はいはい」という感じで冷たかった。
頼れそうな義兄アレクサンドルですらアンドレに構わず、単に「ん、小さな子供でなし、自分で何とかせんとな?」と励ましにもならない励ましを寄越した。
城も家も学校も冷たい。
世界は冷たい。
更に半月後。
やっとアシルが北の戦場から帰還した――と思ったらフェニックスが火を噴いた。
妻で妃でありながら、アンドレは何も知らされていなかった。他の有象無象と同じく、突如発生した激動の中で棒立ちになっていた。
訳が分からないなりに一つ、認識した。
「や、やったわ。このわたくしが王太子妃よ。いずれは王妃……だわ」
労せず手にした勝利は不気味だった。
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