彼女は思い出せない

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17 緊急事態

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軍事クーデターの翌週。
城にキープされていた十名の王太子妃候補達が解散した。

既婚の新王太子が誕生した事で、彼女達の役目は終了となった。
また、数百年続いた城の伝統「妃候補召集」は、新王太子により廃止された。

妃候補は二十九歳までとされていた為、リリースされた十名の平均年齢は二十代半ばとなっている。今後、城は夜会を開催するなりして彼女達の婚活をバックアップする。
尤もアレクサンドルがキープしていただけあって皆優秀で、大半が結婚よりもキャリアへの関心度が高い。各々の希望に沿った支援を行う。

いち早く吉報を得たオデットは、意気揚々と荷造りをしていた。
女子厳禁だった王立学術アカデミーの古い門戸が開放され、招かれる事になった。今後更に学究を深め、高める。結婚はどっちでもいい。研究の片手間にするかもしれないし、面倒臭くてしないかもしれない。
少なくともオデットにとっては良い時代が来た。このビッグウェーブに乗らない手はない。
玄関を抜ける際、今や王太子妃となったアンドレとすれ違った。

「ごきげんよう、オデット。お元気でね」
「ああ、はい、どうも」
「短い間でしたが、貴女とは城での時間を共有した稀な誼があります。何か困った事があれば、どうか遠慮なくわたくしを頼ってくださいませね。王太子妃として協力は惜しみませんことよ」
「ああ、はい、どうも」

アンドレの強がりとも見栄とも何とも言えない言動から、オデットは彼女の心理状態を分析した。
思いがけず力を得た事で相当混乱しているようだ。

「……まあ、頑張って」
「え? 何か仰って?」
「は? いいえ?」

惚けたオデットは、放置妻だか放置王太子妃だかに会釈をして外に出た。
デジレのいない城に用はない。



パーヴォ王国の軍事クーデターが大陸列強諸国を仰天させて、一週間が経つ。

海を隔てた西の隣国、大ドラゴン帝国は少々神経質になっていた。歴史的にも地理的にも繋がりの深い国の一大事。何かしらの影響は受けるだろう。それが良いものか悪いものかが問題だ。
女帝の住まうドラゴン宮殿では、皇族らが一堂に会していた。

「フェニックスとは、手強そうですね」
「二つのミーティアとパーヴォの庇護か。もう何でもありだな」
「女帝陛下、何を呑気な……」

第二皇子は母親に呆れた目を向け、兄皇太子を見やった。

「兄上は海軍時代に第三王子と面識があるのですよね。どんな人物ですか」
「うむ。飾らず人懐こく面白い、とても良い奴だ」
「平和志向の方ですか。朗報です」
「だが直情型で好戦的だ。力を得た今、それらが加速しておるやもな」
「急に嫌な予感……」

この予感が当たる。

翌朝。
二国間を南北に走る手狭な海に、パーヴォ海軍の大艦隊が布陣した。



帝国本土から遠く離れた南西の洋上――小ドラゴン諸島で、アンは唸っていた。
号外によると「パーヴォが宣戦布告!?」らしい。

「これは由々しき事態。しかし、どうする……」

パーヴォ側の目的は不明だが、二国間クライシスなのは間違いない。
開戦し、諸島暮らしが脅かされては困る。アンも主たるコウも極東には帰れない。
小さいコウは皇子(ミコ)だ。大ドラゴン帝国の保護下にある今、海の緊張状態は他人事ではない。万に一つもコウに戦争体験をさせる訳にはいかない。

「アシルという人は、何を望んでいる……?」

アンは、間接的にアシルを知っていた。デジレの推定母国の王子で有名人だから、という常識ではない。
麒麟のプラズマを使った時、デジレの記憶を断片的に視た。そしてアシルがデジレにとって大切な人だと知った。無論デジレの正体も知っている。知っていながら三年間ずっと黙してきた。状況的にそうするしかなかった。
確かにアシルはデジレの大切な人のようだが、一方通行でしかない。
アシルはデジレの失踪から幾らも経たぬ間に別の女性を娶っている。早々にデジレへの未練を葬り去ったのだ。結婚の事実を知ったアンは大いに白け、彼は薄情で全く信用ならない人物なのだと認識した。
だからこそ、こちらから彼に切り札として彼女を差し出す必要もない。そこだけは良かった。

「ただ、平和の使者としての役割は残されているか……」

デジレは歴としたパーヴォ国民であり伯爵令嬢であり、元王太子妃候補者である。単なるコモナー(平民)とは違う。
状況は激変した。真実を打ち明ける時が来た。

「気は進まないが……」

緊急事態につき、やむを得ない。



アンから「ちょっと本土に行ってきます」と切り出されて、デジレは瞬いた。
ふと思い至った。

「船賃は足りますか? 私も幾らかならお手伝い出来ます」
「お気遣いに感謝します。マネーは潤沢です。それでですね、デジレ――」

アンは「知っている」事をデジレに告げた。

「ウィナーについての知識はありますね? 私もそれです。亡き父から相続しただけの身ですが、皇族ではありません」
「さすがアンです。只者じゃないと思ってました」
「私よりもご自分の正体に注目してください」
「ごめんなさい。実家の名前を聞いても全くピンと来なくて」
「無理もありません。貴女はきっともう、思い出せないでしょうから」

キリンの能力によると言う。

「瀕死の貴女を救う為に必要な処置でした。今更ですが申し訳、」
「今更ですが有難うございました、アン」

言葉尻を被せてきたデジレにアンは苦笑した。
下げかけた頭を上げて、正座の姿勢を正す。

「デジレ、本題はここからです。まだ仮の話ですが――」

デジレはアンの話を耳に入れながら一向に現実味が湧かなかった。
どうにも遠い。自分の手に負える事態ではない。
話の最後、アンから「協力する・しない」の回答を求められたので一応「必要とあらばする」と答えておいた。
必要とは全く思えないけれど。





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