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32 変な家
しおりを挟む「思い込みによる脅し」が効いたのか何なのか。
翌日にはアンドレの大金は本人のもとに戻ってきた。
そもそも預けるなんて真似をしなければ良かったのに、とはデジレは思わない。
異常に見える両親への恐怖心と忠誠心は、アンドレが可笑しいとかではない。幼少期に親から植え付けられたものは根深く、しつこい。成長しても影みたく付き纏う。
アンドレの手元には莫大な資金があった。もうどこにでも行けるのだから、自分の害にしかならない存在から遠ざかればいい。それが正解で正常な判断だ。
アンドレにはその判断が出来なかった。根深くしつこい影がそうさせなかった。
デジレはアンドレに言い聞かせた。
「お姉様には、存在が感じられないくらい両親と超長距離を取った上で、ご自分を見つめ直す時間が絶対に必要だと思います」
その為に出国し、大ドラゴン帝国に行くよう勧めてみた。
アンドレには大金と語学力がある。これら二つが揃っていれば帝国で永住権を得られる。語学はテストされるけれどアンドレは元来が優秀らしいので容易い筈。
「移住までしなくても旅行とか留学とか、ご自由に過ごされるのがよろしいかと」
「わたくしに外国暮らしなんて出来るかしら……。常識ないし、クイーンズも何年も前から勉強止めちゃってるし……」
「随行員を手配しますのでご安心を。サポートがあっても充分、異なった環境と文化に身を置く事は大冒険になりますよ。カルチャーショックであれこれ考える暇とか無くなりますから」
「……貴女も、島ではそうだった?」
「はい。でも慣れます。とはいえどうしても慣れない事を受け入れる必要はありません。大抵の事はマネーで解決出来ます」
節約は我慢だ。節約しないなら我慢もしなくていい。
「まあ、ゆっくりご一考ください。回答期限とか特にないので」
「……う、ん」
アンドレは、子供のように頷いて自室に戻っていった。
短時間に様々な事が起こって思考が飽和状態なのだろう。
気長に待つつもりでいたデジレだったが、翌朝にはアンドレから「帝国に行ってみたい」との申し出を受けた。
それからは早かった。アンドレの旅支度を手伝い、人や物の手配を進めた。
金曜日の午前十時。
デジレは、港に向かうアンドレを見送る為に城の玄関を出た。
トランクと共に馬車に乗り込む際、アンドレはデジレを首で振り返った。
「……その、色々と有難う」
「道中お気を付けて。船に乗ったら救命艇の場所はきっちり確認した方が良いですよ。あと繰り返しになりますが――本島のシャワー、勢い弱いらしいので」
これは諸島の少年、エリクの母の証言だ。息子の受験に付き添って本島に渡った彼女は、宿泊ホテルのバスルームで「弱い!」と叫んだそうだ。
「……念押すわね」とアンドレはやや肩を落としながらも頷いた。
「一つ、お願いして良い……?」
「何でしょう」
「アシル王太子殿下に、謝っておいて欲しい。わたくし、仮にも妃だったのに本当に何もしなかったから……。ホントずっと、散々だったの……」
「分かりました。その殿下からもお姉様にお言伝を預ってます。悪かった、との事です」
「……そう。結局彼の事情とか何も分からないままだけど、彼は彼でいっぱいいっぱいだったんでしょうね……」
「そのようです」
「貴女は、他人事ね……」
「どうしてもこういう反応になってしまうんです」
「彼の事が好きだから帰国したんじゃないの……」
「そうですね。もっとお姉様が、殿下殿下って騒いでくれたら、何かしらのリアクションが取れたような気がします」
「……それは悪かったわ。――いえ、ごめんなさい。わたくし、小さい頃から陰で貴女に沢山バカな事をやってたの」
デジレは軽く肩を上下させた。
「なんであれ覚えてませんし、とっくに時効ですよ」
アンドレは目線を下げ「ごめんなさい」を繰り返した。
それから思い切ったようにデジレを見る。
「その、お幸せに、ね……」
「どうも。結婚式にはお呼びしますよ。父を呼ぶか否か考え中ですが、身内枠はお姉様しかいないかもしれません」
「お父様は……、出来れば呼んであげて。今だから分かるけど、貴女の訃報に落ち込んでたから。覇気が薄くなってたと思う。きっと本人も自覚してなかったわ」
「そうですか。少しは私の母の事を想っていてくれていたのかもしれませんね」
「ホント変な家で、変な家族だったわ」
「外の世界に出れば、この国の妙なところも見えてきますよ」
「この国というか城ね」
「どうにかします。――出航時刻ギリギリになってしまいますね。では、外から扉閉めます」
「有難う。じゃあ元気で」
「またお会いしましょう」
恐らくこれまでで最も長い会話をして、異母姉妹は別れた。
温室に向かったデジレを、王妃ディアーヌが待ち構えていた。
なんと正面を向いている。
「ご苦労だったわね、お前」
「お陰様で気付きの多い一週間となりました。――つまり王妃殿下は、私の姉を気にかけてくださったのですね?」
「そうなるのかしら。目に付いたのは確かだわ」
アンドレの境遇は、ディアーヌに少しばかり似ていたらしい。
ディアーヌも「支配したがる父親と、自慢したがる母親」に育てられ、窮屈な幼少時代を過ごした。
妃候補として城暮らしが始まっても、開放感は得られなかった。
「王太子があれではね」
現国王は即位前からあんなで、政治にも軍事にも関心がなく芸術の世界にどっぷりと浸かっていた。
だからこそ頭脳明晰で身体能力の高いディアーヌが妃に選ばれた。
彼女は城に帰還するまで、大陸内陸部のスキーリゾートに滞在していた。その前は南部のリゾート地にいた。
近年、雪崩や森林火災が起きた地域だ。彼女は遊び惚けていたのではなく、それら被災地で支援活動をしていた。
「言っておくけどボランティア精神などないわよ」
デジレは頷いた。
「地理的に遠方の地域ばかりを選ばれている点から察しは付いております。ご自身の順位をパーヴォに下げさせようとなさったのですね?」
「意味あったかしら」
「パーヴォ・ウィナーに訊くより他、知る術はないかと」
「ではお前、代わりに訊いてきて」
デジレはまた頷いた。
ディアーヌが順位を下げたがる理由なんて一つしかない。
息子達の順位を上げる為だった。特に、病弱な第四王子アルノー。
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