彼女は思い出せない

C t R

文字の大きさ
32 / 69

32 変な家

しおりを挟む



「思い込みによる脅し」が効いたのか何なのか。
翌日にはアンドレの大金は本人のもとに戻ってきた。

そもそも預けるなんて真似をしなければ良かったのに、とはデジレは思わない。
異常に見える両親への恐怖心と忠誠心は、アンドレが可笑しいとかではない。幼少期に親から植え付けられたものは根深く、しつこい。成長しても影みたく付き纏う。
アンドレの手元には莫大な資金があった。もうどこにでも行けるのだから、自分の害にしかならない存在から遠ざかればいい。それが正解で正常な判断だ。
アンドレにはその判断が出来なかった。根深くしつこい影がそうさせなかった。
デジレはアンドレに言い聞かせた。

「お姉様には、存在が感じられないくらい両親と超長距離を取った上で、ご自分を見つめ直す時間が絶対に必要だと思います」

その為に出国し、大ドラゴン帝国に行くよう勧めてみた。
アンドレには大金と語学力がある。これら二つが揃っていれば帝国で永住権を得られる。語学はテストされるけれどアンドレは元来が優秀らしいので容易い筈。

「移住までしなくても旅行とか留学とか、ご自由に過ごされるのがよろしいかと」
「わたくしに外国暮らしなんて出来るかしら……。常識ないし、クイーンズも何年も前から勉強止めちゃってるし……」
「随行員を手配しますのでご安心を。サポートがあっても充分、異なった環境と文化に身を置く事は大冒険になりますよ。カルチャーショックであれこれ考える暇とか無くなりますから」
「……貴女も、島ではそうだった?」
「はい。でも慣れます。とはいえどうしても慣れない事を受け入れる必要はありません。大抵の事はマネーで解決出来ます」

節約は我慢だ。節約しないなら我慢もしなくていい。

「まあ、ゆっくりご一考ください。回答期限とか特にないので」
「……う、ん」

アンドレは、子供のように頷いて自室に戻っていった。
短時間に様々な事が起こって思考が飽和状態なのだろう。

気長に待つつもりでいたデジレだったが、翌朝にはアンドレから「帝国に行ってみたい」との申し出を受けた。
それからは早かった。アンドレの旅支度を手伝い、人や物の手配を進めた。
金曜日の午前十時。
デジレは、港に向かうアンドレを見送る為に城の玄関を出た。
トランクと共に馬車に乗り込む際、アンドレはデジレを首で振り返った。

「……その、色々と有難う」
「道中お気を付けて。船に乗ったら救命艇の場所はきっちり確認した方が良いですよ。あと繰り返しになりますが――本島のシャワー、勢い弱いらしいので」

これは諸島の少年、エリクの母の証言だ。息子の受験に付き添って本島に渡った彼女は、宿泊ホテルのバスルームで「弱い!」と叫んだそうだ。
「……念押すわね」とアンドレはやや肩を落としながらも頷いた。

「一つ、お願いして良い……?」
「何でしょう」
「アシル王太子殿下に、謝っておいて欲しい。わたくし、仮にも妃だったのに本当に何もしなかったから……。ホントずっと、散々だったの……」
「分かりました。その殿下からもお姉様にお言伝を預ってます。悪かった、との事です」
「……そう。結局彼の事情とか何も分からないままだけど、彼は彼でいっぱいいっぱいだったんでしょうね……」
「そのようです」
「貴女は、他人事ね……」
「どうしてもこういう反応になってしまうんです」
「彼の事が好きだから帰国したんじゃないの……」
「そうですね。もっとお姉様が、殿下殿下って騒いでくれたら、何かしらのリアクションが取れたような気がします」
「……それは悪かったわ。――いえ、ごめんなさい。わたくし、小さい頃から陰で貴女に沢山バカな事をやってたの」

デジレは軽く肩を上下させた。

「なんであれ覚えてませんし、とっくに時効ですよ」

アンドレは目線を下げ「ごめんなさい」を繰り返した。
それから思い切ったようにデジレを見る。

「その、お幸せに、ね……」
「どうも。結婚式にはお呼びしますよ。父を呼ぶか否か考え中ですが、身内枠はお姉様しかいないかもしれません」
「お父様は……、出来れば呼んであげて。今だから分かるけど、貴女の訃報に落ち込んでたから。覇気が薄くなってたと思う。きっと本人も自覚してなかったわ」
「そうですか。少しは私の母の事を想っていてくれていたのかもしれませんね」
「ホント変な家で、変な家族だったわ」
「外の世界に出れば、この国の妙なところも見えてきますよ」
「この国というか城ね」
「どうにかします。――出航時刻ギリギリになってしまいますね。では、外から扉閉めます」
「有難う。じゃあ元気で」
「またお会いしましょう」

恐らくこれまでで最も長い会話をして、異母姉妹は別れた。



温室に向かったデジレを、王妃ディアーヌが待ち構えていた。
なんと正面を向いている。

「ご苦労だったわね、お前」
「お陰様で気付きの多い一週間となりました。――つまり王妃殿下は、私の姉を気にかけてくださったのですね?」
「そうなるのかしら。目に付いたのは確かだわ」

アンドレの境遇は、ディアーヌに少しばかり似ていたらしい。
ディアーヌも「支配したがる父親と、自慢したがる母親」に育てられ、窮屈な幼少時代を過ごした。
妃候補として城暮らしが始まっても、開放感は得られなかった。

「王太子があれではね」

現国王は即位前からあんなで、政治にも軍事にも関心がなく芸術の世界にどっぷりと浸かっていた。
だからこそ頭脳明晰で身体能力の高いディアーヌが妃に選ばれた。
彼女は城に帰還するまで、大陸内陸部のスキーリゾートに滞在していた。その前は南部のリゾート地にいた。
近年、雪崩や森林火災が起きた地域だ。彼女は遊び惚けていたのではなく、それら被災地で支援活動をしていた。

「言っておくけどボランティア精神などないわよ」

デジレは頷いた。

「地理的に遠方の地域ばかりを選ばれている点から察しは付いております。ご自身の順位をパーヴォに下げさせようとなさったのですね?」
「意味あったかしら」
「パーヴォ・ウィナーに訊くより他、知る術はないかと」
「ではお前、代わりに訊いてきて」

デジレはまた頷いた。
ディアーヌが順位を下げたがる理由なんて一つしかない。
息子達の順位を上げる為だった。特に、病弱な第四王子アルノー。





しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あなたにはもう何も奪わせない

gacchi(がっち)
恋愛
幼い時に誘拐されそうになった侯爵令嬢ジュリアは、危ないところで知らない男の子に助けられた。いつか会えたらお礼を言おうと思っていたが、学園に入る年になってもその男の子は見つけられなかった。もしかしたら伯爵令息のブリュノがその男の子なのかもしれないと思ったが、確認できないまま最終学年になり仮婚約の儀式が始まる。仮婚約の相手がブリュノになれば話せるかもしれないと期待していたジュリアだが、ブリュノと対になっていた札を伯爵令嬢のアマンダに奪われてしまう。アマンダにはずっと嫌がらせをされていたが、まさか仮婚約まで奪われてしまうとは思わなかった。仮婚約の相手がなく、孤立するジュリア。そんな時に声をかけてきたのは隣国からの留学生だった。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

処理中です...