彼女は思い出せない

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33 食卓

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土曜日の午前中。
デジレは、墓地から城に戻る帰路に就いていた。

海難事故の犠牲者一人一人の墓を参ってきた。遺族らとも言葉を交わした。
アンのキリンが突き止めた事故原因を彼らに教える事は出来ないから、どうしても詫びる言葉が出てしまった。
殊勝なデジレの言動が「生還者の罪悪感」に見えたようで、遺族らは「貴女様だけでも生きていてくださったのは救いです」と涙ながらに訴えてくれた。
どちらにしてもデジレの「申し訳ない」気持ちは変わらなかった。
初冬の事故日には、慰霊式典が予定されている。そういう訳なので年内の結婚式など有り得ない――と、デジレから城に打診した。
これには「うんうん」と頷く者と、「そんな気にしなくても」と首を傾げる者とでリアクションが二つに分かれた。最終的にアシルがデジレの意見を採用し、挙式は来年以降に行う事で確定した。

送迎の馬車にはアシルも同乗している。彼と長い時間を共有するのは凡そ一週間ぶりの事だ。
アシルはデジレの墓参りを労った後、先日渡航した異母姉の件を切り出した。

「――城に来て早々、色々と大変だったな。尤も、お前は自力で何でも片付けてしまったから俺の出番はなかった訳だが。全く立つ瀬がない」
「お褒めに頂きまして? で、合ってます?」
「そうだな。正直助かった。家族とか何とかは俺の苦手分野だ」

デジレは頷いた。

「でも殿下は、王妃様の思惑をずっと承知されてたんですよね?」
「薄々だったがな。実は帰国した日に王妃と少し話をしてな、クーデターでまんまと王太子の座を手に入れたこの俺を恨んでいるか、と訊いてみた」
「直球ですね」
「俺は礼儀がなっていないからな。王妃は俺に、恨んでいないと答えたよ。自分の息子は王太子だけではなかった、とな」

敏いディアーヌは誰よりも先に、アレクサンドルの危険性に気付いていた。
第二王子アントワーヌの戦死にも当然、疑問を抱いた。しかしアレクサンドルの脅威がある以上打てる手は皆無に等しかった。下手な事をして自分はともかく、アルノーまで危険に晒す訳にはいかない。
疑問を押し込んででも王妃は国を離れ、王から遠ざかる事で自分よりもアルノーを優先してパーヴォに守らせようとした。

「実際、その作戦は上手くいっていたんだろ?」

アシルの問う目が注がれ、デジレは再度頷いた。

「国王陛下に確認致しました。高位にも拘わらず、王妃殿下はアルノー殿下の下位にランクインされているそうです」

距離の遠さは、パーヴォの庇護から外れる要因になる。
アシルの母親が災害に巻き込まれたのも外国暮らしが要因の一つとされており、そこにディアーヌは目を付けたのだ。
「凄い母親だ」とアシルは苦笑を漏らした。

「王妃はアレクサンドルの仇である俺に礼を言ったよ。俺はアレクサンドルの仇であると同時にアントワーヌ兄上の仇を討った恩人でもあると。ややこしいな」
「人間関係は常に複雑怪奇です」
「そうだな。――お前の実家は、その後動きがないな」
「ないですね」
「伯爵は元々リアクションが薄いから変化が分からんが、夫人は勝手にビビってる感じだな」
「マズかった、という自覚があるって事ですね。小さい頃のお姉様の為にもまだ暫くビクビクしてて頂ければと思います」
「下手な事は出来まい。息子の将来を憂いているだろうしな」
「なんで娘の将来は憂いてくれなかったのかが甚だ謎ですけれど、そういうキャラだと言われてしまえばそれまでですね」
「お前、実家では異母弟とは顔を合わせていないんだったな?」
「未だ接点ゼロですね。寮生だそうで。彼も、あんまりお家が好きじゃないのかもしれませんね……」

見ず知らずの男子の事までデジレは気遣わない。
でももし助けを求められたら無視はしない。多分。



正午前、城に戻ったデジレはランチの準備に取り掛かった。
ガーデンパーティーを主催した。
庭の花でテラスのあちこちを飾り、テーブルセッティングなどもしてみた。素人作品でいい。招待客は身内で、自分を入れても五人しかいない。
正午。五人分の席が埋まった。
デジレは、満足気に一同を見渡した。

「皆様、お集まり頂き有難うございます」

「はい!」と元気のいい返事をしてくれたのはアルノーだけだった。
最近は本当に顔色も良く、確実に体力が増している。パーヴォの庇護を占めていたアレクサンドルという大きな存在が失せた影響による、とは誰も口にしないが察している。
薄情ながら、デジレは生き残った者が勝ちでいいと思っている。それにアレクサンドルは自分を殺そうとしたらしいから同情はしない。アンも「あれは人間じゃないです。サイコヤローです」と言っていた。
そんなアレクサンドルだが間違いなく天才のカリスマで、慕う者は多かった。今も彼を惜しむ声はある。
それら「懐古主義者」についてアシルは「現王太子が俺では不満も当然だな。信仰の自由ってやつだ」とやや突き放すようなコメントをしている。

「聖人は死んでなるものだからな」

討ち死にした事でアレクサンドルが一部の人にとっての聖人と化した。アレクサンドルを神聖視する一派の誕生だ。第三王子への反発や敵視とまではいかない。危険思想に育たないのであればスルーでいい。
「――そうは言っても」と食卓の王妃ディアーヌが目線を流した。

「アレクサンドルの抜けた穴は大きいわよ。お前分かってるの、アシル」

アシルはチラリと王妃を横目にし、ワイングラスを呷った。

「分かっていた事だ。後悔はしていない」
「無謀な事をしたわよね。問題山積みよ。諸外国からどう見えてると思って?」
「分かっていた事だ、と言っただろう」
「そうだわ、煩い奴らをまとめてフェニックスで焼き払っておやり。南方で野焼きをした事は承知していてよ」
「他国相手にフェニックスを使うのは領土に攻め込まれた時だけだ。南方のアレは正真正銘の野焼きで、土壌改良を手伝ったに過ぎん」
「言い張るわね。緑化が成功しているようなら我が国の領土にしてやればいいわ」
「決めるのは俺ではない」

またチラリとだけアシルの視線が向かった先には、国王が座っていた。
黙々と食事を続ける国王は、メインディッシュをソースまで綺麗に平らげると、ワイングラスに手を伸ばした。回して嗅いでを繰り返した後一口含み、勿体を付けて呑み込む。
それからやっと食事以外の場所に目線を移した。アシルではなくデジレを見る。

「ペアリングはそなたか」
「ソムリエの助言は当然ありましたが、はい」
「褒めてつかわす。これはソムリエ泣かせの食材である」
「有難き幸せ」

アシルの苛立ちをデジレは察する。王は関心外の話を聞き流す。
それでも家族が数年ぶりに食卓を共にした。大きな一歩だ。





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