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39 客人
しおりを挟む七月上旬。
コウとアンが、デジレを訪ねて城に来た。
南方大陸からの帰りだと言う二人は、速達で「そちらに行きますね」と予告した翌朝にはもう城門の前にいた。
超高速訪問を可能とする自称「空飛ぶ馬みたいな足」のアンが微笑んだ。
「海も陸もひとっ飛びです」
「完全武装という交通手段ですか。かっこいいですね」
「デジレも乗ってみます?」
「お馬さんの正体がアンだと知ってて乗るのは気が引けます。小さいコウだから許されるんです」
デジレの目が向かうと、コウは得意気に「うん。子供特権」と胸を反らせた。
二人が島を出て南方大陸に遠出したのはミーティア獲得の為だ。以前アシルに訊いた東沿岸部の農村に出向いて「雛」と接触した。
今まさにコウの膝の上で丸まって寝ている、ヒヨコサイズの幼鳥だ。アシルとコウが予想したブラックスワンでもフラミンゴでもない。
足が三本の、ヤタガラスなるもの。何であれ雛は雛。ふわふわとした羽毛は頼りなくいとけなく、愛くるしい。
デジレはそわそわとカラスっぽい雛に視線を送り続ける。察したコウが笑い、雛を両手で掬い上げた。
「はい。抱っこしていいよ」
「良いんですか良いんですね謹んで頂戴します」
そそくさと両手で雛を受け取ったデジレは頬を緩めた。もう至福しかない。
ぬくもりと手触りの通り、雛は可視モードではなく実体がある。
なんとこれがミーティアたる雛の能力だと言う。自分自身を癒しアイテムと化す。それ以上でも以下でもない。
「最高じゃないですか」とデジレは雛に頬擦りとかさせてもらう。何をされても雛は起きない。呑気に眠り続ける。
コウは「思ってたのと大分違ったよ、この子。良いけどさ」と苦笑した。最終奥義が癒しであってもミーティアには違いなく、小さなプラズマが使えるので竈や窯に火を入れる事が出来るそうだ。
ヤタガラスを獲得したコウによれば、アシルが放火した農村周辺は完全に緑化が完了している。
そして、都市部で妙な噂が立っているらしい。
「焼け野原を緑化したのは大聖女様なんだって。何でも癒せちゃうから聖女様じゃなくて大聖女様なんだって」
デジレがきょとんとした時、アシルがサロンに入って来た。正午が近い。
三人が集まる応接セットに加わった彼は「どうした?」とデジレのきょとん顔を覗き込んだ。
コウが代わりに教えた。
「大聖女様がアシルとフェニックスのお手柄を横取りしちゃったの」
「至極どうでもいいな」
「真相を知ってる僕は、とても恥ずかしいよ」
「なんでお前が恥じる」
コウの目がアンに向かう。アンは嘆息した。
「明らかに大聖女とやらが詐欺師だからですよ」
「放っておけ」
「その彼女、五百年前の聖女の生まれ変わりだそうですよ」
「放っておけ」
「生まれ変わりだの輪廻転生だの、東洋くさい発想ですよ」
少なくとも西洋や中東の宗教観で教育されていない。
「大聖女は黒髪美少女との事です」
同胞かもしれない。だから二人は「恥ずかしい」のだ。
「臆面もなく聖女を名乗れるのは、教会で祈る習慣がないからでしょう」
聖女も聖人も普通、死んでなる。犠牲の死を控える者が前払いに称号を授かったレアケースならあるけれど。
大聖女、という設定に悪びれなさを感じる。信仰心の大小に拘わらず、西洋文化圏で育った者なら聖人利用は心理的に避ける。因みに、本気で自分を聖人の生まれ変わりだと信じる者が偶にいる。深刻な病であって虚言ではない。
「南方の素朴な人々は大聖女を信じています。実際に殿下とフェニックスを目撃した村民達の遠く小さな声は都市部に届きませんから。どちら様もお気の毒に」
アシルは「放っておけ」を繰り返した。
「実害はない」
「ですが中々狡猾ですよ、彼女」
「そうなのか」
「名前以外の記憶がないそうです」
「……聞いた話だな」
デジレの遭難は国内外で報じられた。真似るのは容易い。
考え込むアシルの横顔に、アンが続けた。
「今回の緑化で聖女能力とやらは品切れだそうです。記憶が錯乱していて何故かダンプに及んだとか……要するに大聖女兼業の元ウィナーって事なのですが、ダンプを言い訳に使ったのは明白です。癒しの大聖女と称しておきながら自分の記憶喪失を治せないのは矛盾しますからね」
この矛盾を退ける言い訳を、医者でも研究者でもない自称大聖女は迂闊に口に出来ない。専門家達に看破されてしまう。
アシルは冷ややかながらも声音に感心を滲ませた。
「上手い逃げ口実だ。ダンプ済みと言い張っていれば、他所で山火事やら疫病やらが生じても応援要請される心配はない」
詐欺か否かの確認が取れない。取らせない。実績だけが残った。
アシルはデジレを見やる。瞬くデジレに視線を置いたまま、彼は言った。
「女を調べる」
「性質が悪過ぎますか?」
「個人的に嫌悪した。フェニックスの実績泥棒なら一向に構わんが、記憶喪失詐欺は見過ごせん」
なんとなく、デジレは察した。
例えば病弱な弟を持つ兄は仮病など使わないし、許さない。同じ心理だろう。
折角なので、客人達には国際イベントまで城に逗留してもらう事になった。
デジレの命の恩人である二人を城は大いに持て成している。
二人の逗留から暫く、興味深い関係が築かれた。
アンは、王妃ディアーヌと意気投合した。ディアーヌは温室で多種多様なハーブや野菜を育てている。それらが息子の為の食材と知り、薬師のアンは感服した。
コウは相変わらずアシルとは仲が良かったけれど、アルノーとも頻繁に話すようになった。「俳句を教えているの」だそうだ。
詩を得意とするアルノーは「縛りがキツ過ぎるよ!」と悲鳴を上げながらも、すっかりワ皇国語と五七五の沼にハマっている。
近ごろの彼は行動力の塊だ。今秋には国王監修のもと、アルノー主催の詩のコンテストが予定されている。城下の学校や研究機関、企業などには告知ポスターが貼られ、早くも人々の関心を集めている。
今年の王都は例年になくイベント満載になる。
国際イベントに備えて関係各所への手紙を書きながら、デジレはふと便箋を抑える左手に目を移した。
薬指でプラチナとダイヤモンドが光る。昨日アシルから貰った婚約指輪だ。
彼は「魔除けだ」と言った。
「またふざけた輩がお前に絡んで来たら困るからな」
ぶっきらぼうな顔ごと、彼の目線が逸れた。
「デザインが気に食わんかったら、悪い」
デジレは噴き出してしまった。
謝罪の言葉と不機嫌な表情が合っていない。面白過ぎた。
「あなたは、嘘が吐けないんですね」
「は? 俺はお前に嘘など、」
「大丈夫です。分かっておりますとも」
頷いて見せるデジレに、彼は困惑していた。
デジレは笑いを堪えながら、なるほどなあ、と納得した。
彼のこういうところに嘗ての自分は惹かれたのだ。
「好きになる筈ですね」
瞬いたアシルは、意味を悟ると唸るように呟いた。
「……好きなら俺と結婚するよな、お前」
聞いた途端、デジレは懐かしい気持ちになった。
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