彼女は思い出せない

C t R

文字の大きさ
51 / 69

51 新大陸

しおりを挟む



アンは、かなり動揺していた。
敵が思った以上に大物だった。
無茶な犯罪行為に手を染められた理由にも納得がいく。

ザリのベルゼブブは、明らかにアッパー・ミーティア内でも別格のカテゴリーグループに入る。ドラゴンやフェニックスと同格。

――弱小国の第二王子ごときがあれほどの化物と同期したとは。

アシルが野焼きを行うまで山賊をどうする事も出来ず、周辺一帯の集落を半ば見捨てるしかなかった力無き王家、その王子だ。

――ベルゼブブがあれば山賊など瞬殺出来た。

つまりザリは、アシルの訪問日以降にベルゼブブを手に入れた事になる。

――俄かには信じられん。

外遊経験があると言う話だから見分は広く深く、優秀だろう。アレクサンドルと会話が成立していたのであれば凡人ではない。

――またも危険人物の天才か。

最恐最悪だ。



ザリの中型船はサウス・ニューワールド北東端の港に入った。
港町はそこそこ賑わってはいたものの、さして発展している風ではなかった。真上に不毛の地という地理条件は先進国の投資家らに嫌われる。金も人も集まらなければ発展はない。
マジックストーンこと魔石が採れるので、先進国のカンパニーも数社が進出している。とはいえ大企業ではない。
魔石は、割とどこにでもある。石炭並みかそれ以上。石炭と違って発熱しても空気を汚さない為、ひと昔前まではクリーン・ブラック・ダイヤモンドなどと呼ばれていた。実際には炭素を含まない。
魔石から取り出されるマジックパワーこと魔力は、全解明されていない。近ごろの学界では星の力と言い換えられる。ワ皇国では古の神通力とか言っていたから、西洋の主に男子にウケていた。
テクノロジー進化に伴い、魔石は北方の海底からも採れるようになった。新大陸まで足を延ばす必要がいよいよ無くなった訳だ。しかも人工生成の技術も確立しつつある。
だから新大陸に期待する事と言えば、ミーティアしかない。

――そこにアシル殿下がすんなり思い至ったのは、経験者だからだな。

南極でフェニックスを手に入れたアシルにはザリの思考がすんなり読めた。なにせ彼は、南方大陸で収穫が無ければ西半球に繰り出すつもりでいた。

――なんてお人だ。

普通そんな事考えない。一般的にミーティアとは危険物という認識が強い。
王族の軍人なら思い付く、訳でもない。むしろ逆だ。死のリスクが高過ぎる事を彼らは重々承知しているし、高位ほど公務に追われて探検する時間がない。
アシルは、デジレへの一途な想いから無茶をしたに過ぎない。罰せられても可笑しくなかったのに、そうはならなかったのは――、

――なんでだ?

結果論は、結果が出た後に言える事だ。フェニックスを得て国の守りが強化されたから、結果的に彼はお咎めなしとなった。
その結果に至る二年もの間、アレクサンドルはアシルを放置し続けた。傷心を慮る優しさがない事は分かっている。
何故、異母弟の勝手を黙認した。
以前、アシルは「追っ手は、途中で俺を見失ったのだろう」と推測していた。
当時の彼は険しい陸路を昼夜進み続けた。慣れない南の環境下、追っ手らはアシルについて行けず、ダウンしている間に撒かれた。
撒かれた後、アレクサンドルは追跡を諦めている。
「その内帰って来るだろう」と思ったか。或いは「野垂れ死ぬなりデジレの後を追うなり好きにしろ」と思ったか。
いずれにせよ最悪アシルが戻らなくても構わないと考えていた。
何か、腑に落ちない。



鉄扉が開かれるや「出ろ」と命じられた。
アンは女兵士を睨み付け、ソファーを振り返った。
失神はなかったものの、デジレは座ったまま俯いている。少し顔色が悪い。
女兵士に目を戻し、アンは言った。

「どこに出ろと言うんだ? まさかジャングルでピクニックではないだろうな」
「船を変えるんだ。さっさと動け」
「デジレ様を休ませろ、とお前の主人に言って来い。最低のクルージングが災いしお体の具合が良くないとな」

「なんだと!」と女兵士は面白いくらい挑発に乗った。
すぐに感情的になる。三流兵士が、とアンは冷めた目で相手を見た。
背後から伸びた手がアンの袖をそっと引く。
振り返ったアンをデジレが仰いだ。

「私は大丈夫です。行きましょう」
「素直に聞く事ないですよ」
「この場合は逆らわないのが正解です」

まあそうなのだが、癪だからアンは出来るだけ連中を手古摺らせたいのだ。

下船に際し、デジレを背負った。他の連中には触らせない。デジレは渋ったが「お姫様抱っこをしても良いんですよ」と言ったら応じてくれた。正面に抱える方がアンの負担になると分かっているのだ。
背中にデジレを抱えたアンは、通路を抜けて舷梯を進んだ。

アンの傍らを小さな影が歩いている。ウピタだ。
更に列の後方には幼い子供がいる。ウピタの弟だろう。

ウピタに隠されたまま一行は港内を移動し、船着き場に到着した。
エネルギー資源運搬用の大型船がどっしりと腰を据え、岸壁に繋がれていた。

――ここからの航海に、最低でもこのサイズが要るのは分かっている。

アトラス諸島以西の海は気象が不安定で、とにかく荒れる。特に南北の大陸に挟まれた海域は、海難事故多発エリアとなっている。
ベルゼブブの怪力を以てしても北上は易くない。上空には乱気流が停滞し、暗雲の上を行ったとしても結局上陸時に下降しなければならない。

――それに人目がある場所で巨大羽虫にはなれまい。

背のデジレを抱えなおし、アンは平たい作りの鋼鉄の輸送船に向かう。
ふと背後のデジレが首を伸ばして、下を覗き込む仕草をした。

「貴女、大丈夫ですか? 顔色が良くないですが、お水貰います?」

アンが振り返ったのとウピタの顔がパッと上を向いたのは同時だ。
ウピタはぽかんとしていた。当然だろう。デジレこそ顔色が悪い。しかも誘拐の被害者。他者への心遣いなど普通は出来ないし、普通にしない。実際アンは幼い姉弟を見捨てる気でいた。
ウピタはもじもじとして俯いた。

「平気、だよ」
「この先の海って荒れるのでしょう。無理しない方が良いですよ」
「う、うん」

少女の心情を、アンは察した。

――まあ、初めて外国人に優しくされたら現状に気が咎めるよな。

所詮は子供。その良心をいつまでも隠していられない。





しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

あなたにはもう何も奪わせない

gacchi(がっち)
恋愛
幼い時に誘拐されそうになった侯爵令嬢ジュリアは、危ないところで知らない男の子に助けられた。いつか会えたらお礼を言おうと思っていたが、学園に入る年になってもその男の子は見つけられなかった。もしかしたら伯爵令息のブリュノがその男の子なのかもしれないと思ったが、確認できないまま最終学年になり仮婚約の儀式が始まる。仮婚約の相手がブリュノになれば話せるかもしれないと期待していたジュリアだが、ブリュノと対になっていた札を伯爵令嬢のアマンダに奪われてしまう。アマンダにはずっと嫌がらせをされていたが、まさか仮婚約まで奪われてしまうとは思わなかった。仮婚約の相手がなく、孤立するジュリア。そんな時に声をかけてきたのは隣国からの留学生だった。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

処理中です...