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51 新大陸
しおりを挟むアンは、かなり動揺していた。
敵が思った以上に大物だった。
無茶な犯罪行為に手を染められた理由にも納得がいく。
ザリのベルゼブブは、明らかにアッパー・ミーティア内でも別格のカテゴリーグループに入る。ドラゴンやフェニックスと同格。
――弱小国の第二王子ごときがあれほどの化物と同期したとは。
アシルが野焼きを行うまで山賊をどうする事も出来ず、周辺一帯の集落を半ば見捨てるしかなかった力無き王家、その王子だ。
――ベルゼブブがあれば山賊など瞬殺出来た。
つまりザリは、アシルの訪問日以降にベルゼブブを手に入れた事になる。
――俄かには信じられん。
外遊経験があると言う話だから見分は広く深く、優秀だろう。アレクサンドルと会話が成立していたのであれば凡人ではない。
――またも危険人物の天才か。
最恐最悪だ。
ザリの中型船はサウス・ニューワールド北東端の港に入った。
港町はそこそこ賑わってはいたものの、さして発展している風ではなかった。真上に不毛の地という地理条件は先進国の投資家らに嫌われる。金も人も集まらなければ発展はない。
マジックストーンこと魔石が採れるので、先進国のカンパニーも数社が進出している。とはいえ大企業ではない。
魔石は、割とどこにでもある。石炭並みかそれ以上。石炭と違って発熱しても空気を汚さない為、ひと昔前まではクリーン・ブラック・ダイヤモンドなどと呼ばれていた。実際には炭素を含まない。
魔石から取り出されるマジックパワーこと魔力は、全解明されていない。近ごろの学界では星の力と言い換えられる。ワ皇国では古の神通力とか言っていたから、西洋の主に男子にウケていた。
テクノロジー進化に伴い、魔石は北方の海底からも採れるようになった。新大陸まで足を延ばす必要がいよいよ無くなった訳だ。しかも人工生成の技術も確立しつつある。
だから新大陸に期待する事と言えば、ミーティアしかない。
――そこにアシル殿下がすんなり思い至ったのは、経験者だからだな。
南極でフェニックスを手に入れたアシルにはザリの思考がすんなり読めた。なにせ彼は、南方大陸で収穫が無ければ西半球に繰り出すつもりでいた。
――なんてお人だ。
普通そんな事考えない。一般的にミーティアとは危険物という認識が強い。
王族の軍人なら思い付く、訳でもない。むしろ逆だ。死のリスクが高過ぎる事を彼らは重々承知しているし、高位ほど公務に追われて探検する時間がない。
アシルは、デジレへの一途な想いから無茶をしたに過ぎない。罰せられても可笑しくなかったのに、そうはならなかったのは――、
――なんでだ?
結果論は、結果が出た後に言える事だ。フェニックスを得て国の守りが強化されたから、結果的に彼はお咎めなしとなった。
その結果に至る二年もの間、アレクサンドルはアシルを放置し続けた。傷心を慮る優しさがない事は分かっている。
何故、異母弟の勝手を黙認した。
以前、アシルは「追っ手は、途中で俺を見失ったのだろう」と推測していた。
当時の彼は険しい陸路を昼夜進み続けた。慣れない南の環境下、追っ手らはアシルについて行けず、ダウンしている間に撒かれた。
撒かれた後、アレクサンドルは追跡を諦めている。
「その内帰って来るだろう」と思ったか。或いは「野垂れ死ぬなりデジレの後を追うなり好きにしろ」と思ったか。
いずれにせよ最悪アシルが戻らなくても構わないと考えていた。
何か、腑に落ちない。
鉄扉が開かれるや「出ろ」と命じられた。
アンは女兵士を睨み付け、ソファーを振り返った。
失神はなかったものの、デジレは座ったまま俯いている。少し顔色が悪い。
女兵士に目を戻し、アンは言った。
「どこに出ろと言うんだ? まさかジャングルでピクニックではないだろうな」
「船を変えるんだ。さっさと動け」
「デジレ様を休ませろ、とお前の主人に言って来い。最低のクルージングが災いしお体の具合が良くないとな」
「なんだと!」と女兵士は面白いくらい挑発に乗った。
すぐに感情的になる。三流兵士が、とアンは冷めた目で相手を見た。
背後から伸びた手がアンの袖をそっと引く。
振り返ったアンをデジレが仰いだ。
「私は大丈夫です。行きましょう」
「素直に聞く事ないですよ」
「この場合は逆らわないのが正解です」
まあそうなのだが、癪だからアンは出来るだけ連中を手古摺らせたいのだ。
下船に際し、デジレを背負った。他の連中には触らせない。デジレは渋ったが「お姫様抱っこをしても良いんですよ」と言ったら応じてくれた。正面に抱える方がアンの負担になると分かっているのだ。
背中にデジレを抱えたアンは、通路を抜けて舷梯を進んだ。
アンの傍らを小さな影が歩いている。ウピタだ。
更に列の後方には幼い子供がいる。ウピタの弟だろう。
ウピタに隠されたまま一行は港内を移動し、船着き場に到着した。
エネルギー資源運搬用の大型船がどっしりと腰を据え、岸壁に繋がれていた。
――ここからの航海に、最低でもこのサイズが要るのは分かっている。
アトラス諸島以西の海は気象が不安定で、とにかく荒れる。特に南北の大陸に挟まれた海域は、海難事故多発エリアとなっている。
ベルゼブブの怪力を以てしても北上は易くない。上空には乱気流が停滞し、暗雲の上を行ったとしても結局上陸時に下降しなければならない。
――それに人目がある場所で巨大羽虫にはなれまい。
背のデジレを抱えなおし、アンは平たい作りの鋼鉄の輸送船に向かう。
ふと背後のデジレが首を伸ばして、下を覗き込む仕草をした。
「貴女、大丈夫ですか? 顔色が良くないですが、お水貰います?」
アンが振り返ったのとウピタの顔がパッと上を向いたのは同時だ。
ウピタはぽかんとしていた。当然だろう。デジレこそ顔色が悪い。しかも誘拐の被害者。他者への心遣いなど普通は出来ないし、普通にしない。実際アンは幼い姉弟を見捨てる気でいた。
ウピタはもじもじとして俯いた。
「平気、だよ」
「この先の海って荒れるのでしょう。無理しない方が良いですよ」
「う、うん」
少女の心情を、アンは察した。
――まあ、初めて外国人に優しくされたら現状に気が咎めるよな。
所詮は子供。その良心をいつまでも隠していられない。
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