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03 ワ食
占いテントの入り口に「クローズド」の札を出し、ヒミカはエキスポのメイン会場であるコンサートホールへとシルヴィーをいざなった。
シルヴィーは、彼女の後に続きながらも困惑している。
バックヤードからコンサートホール内に立ち入ったヒミカは、特設ステージではなくフードコートの方に足を進めた。
多国籍の料理が振る舞われるエリアの一角に東洋の屋台が犇めいていた。
最も長い行列を成しているのは極東の屋台で、店の看板に「元気になれる! かもしれないワ食」とある。前回同様キャッチコピーが謎だ。
――三年前、ジュリエットとここでフルーツサンドを食べたっけ。
パンの本場たる西側世界では意見が割れるメニューを、シルヴィーは美味しく頂けた。ジュリエットは「並んで買うほどじゃなかった」ようなので、彼女の食べ残しも美味しく頂いた。
思い出に浸るシルヴィーの手を引き、ヒミカは一人の男性に向かった。
ヒミカと同じく東洋系の男性はアラフォーくらいで、シェフの制服を纏い、首からスタッフのタグを下げている。
フードコート全体を見渡していた彼は、ヒミカに気付いて瞬いた。
ヒミカは先にシルヴィーに彼を紹介した。
「父のセンジュです。エキスポの総轄をしています」
惚けるシルヴィーをよそに、彼女は今度は父親だというセンジュに告げた。
「お父様、ちょっとお力添えしてくださいまし」
センジュはやはり瞬いた後、娘からシルヴィーに目を移した。
「なんかよく分からんですが、俺の飯を食うならこちらへどうぞ」
同じくよく分からないシルヴィーは、促されるまま親子に続いた。
屋台のキッチン側に入ったセンジュは、待機中の食材に目を走らせながら告げた。
「俺のワ食は人体の不具合を治します」
シルヴィーはぽかんと目と口を丸くした。
「それって魔法、なんですか?」
「そうです」と頷いたのはヒミカだ。
「わたくし共は、お祓いと呼んでいます。祖国の極東では害を成すものを払うという意味を持ちます。とはいえ、父の魔法は何でも治せる訳ではありません。本人に一切非のない病に限定されます。よって外傷は治せません」
「非のない病、ですか」
「例えば貴人が暗殺目的の毒を呑まされた場合、生前であれば治せます」
「え、凄い」
「逆に、本人が自殺するつもりで摂取した場合、同じ毒でも治せません」
「え、凄い」
緩くてシビアな線引きが興味深い。それで「元気になれる! かもしれないワ食」なのか。
感心するシルヴィーに、センジュが揚げ物に葉物野菜を添えた一皿を差し出した。エビフライが一尾。ヒミカからハシを受け取ったシルヴィーは目を輝かせた。
「可愛いお料理ですよね、これ」
「お好みでソースもどうぞ」
「ではちょっとだけ……」
いそいそとハシを握って「では」の掛け声でエビフライを一口。
「わ、サクサクで甘い。しかも嚙む前に舌の上で身が消えて――」
脳内でも、靄が消えていく感じがした。
食べ終える頃になると、シルヴィーの思考はクリアになっていた。
センジュは「お代は結構」と言って仕事に戻っていった。
ヒミカと共にホールを後にしたシルヴィーは、思考を持て余していた。
未だ信じられない。
「……私の身に何が起こっていたんでしょうか。まさか呪い的な魔法でもかけられていたのでしょうか?」
「身近に魔法を使う方が?」
「いいえ、知る限りいません」
「では子供の頃の刷り込みやトラウマかもしれませんね」
「トラウマ、ですか」
「幼馴染様に関連する何かがシルヴィー様の身に起こった事は間違いないと思います。それが何であれ、今こうしてご自身を顧みられていらっしゃるのですからシルヴィー様は間違いなく正常でいらっしゃいます」
「そうですね。ほんの数分前までの自分が別人みたいに思えています。なんであんなに幼馴染に命をかけていたのか訳が分かりません。もう違和感が凄くて、とりあえず今身に着けている物を脱ぎ捨てたい気分です」
「良い兆候ですね」
「もっと早く、センジュさんのワ食を食べていたら良かったです」
「確か、三年前にフルーツサンドを召し上がったのですよね。申し訳ありません。フルーツサンドは父の魔法には成り得ないメニューでした」
「そうなんですか?」
センジュは人の集まるエキスポで魔法の検証を行っているらしい。
ヒミカは一つ頷いた。
「ワ食の定義はかなり煩いのです。料理の歴史が浅かったり、海外産の占める割合が多過ぎたりすると効力がありません」
「つまりフルーツサンド自体は極東産のパンだけど、サンドイッチも生クリームも南国フルーツも極東発祥のものじゃないからダメなんですね?」
「仰る通り。その代わりなのか料理の鮮度はさほどシビアではなく、お弁当程度の作り置きはアリです。缶詰や冷食はナシですね。因みに、食材や調味料を自作する必要もございません」
「お米を作ったりお魚を獲ったりするところからしてたら大変ですもんね」
「患者より先に父が過労死しかねません」
シルヴィーは感心ごと頷き、ふと閃いた。
「農業も漁業も専門家がいるからでは?」
ヒミカが大きく頷いた。
「醬油も酒も職人技です。シビアな魔法と言えど、そこまでは求められていないという事なのでしょう」
「色んな良い材料を組み合わせる魔法って感じですね」
「仰る通り」
また大きく頷いて、彼女はテントの前でシルヴィーを振り返った。
シルヴィーは「あ」と気付いてハンドバッグを漁った。
「ごめんなさい。占いのお代を忘れていました」
「いいえ、どなた様からもお代は頂戴しておりません。それよりもシルヴィー様に一つご検討頂きたい事があるのですがよろしいでしょうか」
え、と瞬いたシルヴィーに、ヒミカは切り出した。
「シルヴィー様、帝国にいらっしゃりませんか?」
シルヴィーは目を丸めた。
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