2 / 4
02 エラー
しおりを挟む薄暗いテント内で、黒髪の女性がテーブルを前に座っていた。
知的な声音が流暢な王国語を話す。
「ようこそお越しくださいました」
「ど、どうも」
主催は帝国だから帝国人の出店のみ、と思い込んでいたシルヴィーは軽く面食らった。インターナショナルな視点を失していた。
東洋系の女性は、黒い着物の袖をそっと揺らして「どうぞ」とシルヴィーに椅子を勧めた。
テーブルを挟んで彼女と向かい合って座り、シルヴィーは惚けた。直視したのは色白美人だ。東洋のプリンセスっぽい。
美女は「ヒミカと申します」と微笑んだ。
「わたくしの魔法は占いでございます。今よりお嬢様を占わせて頂きます。差し支えなければお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「シルヴィーと言います。よろしくお願いします」
シルヴィーは、次に出身地や生年月日、親の名前を訊かれると予想した。
ところがヒミカは名前以外は何も訊かず、徐に片掌をテーブル上に翳して何事かを呟いた。
ぼうっとした光の輪が掌の上でフロートし、変わった図案が現れる。
シルヴィーは瞬いた。
「これは、東洋の魔法陣ですか?」
「いいえ。八卦――エイト・トライグラムスと呼ばれる占いのツールです」
初めて聞く言葉と現象は神秘的で、シルヴィーの目に好奇心が宿った。
掌の八卦を見詰めながらヒミカが言った。
「わたくしの占いは既に出ている結果を視るものとなっております。なので遠い未来を見渡せる類のものではないと、予めお伝えしておきます」
彼女の謙遜に、シルヴィーは「この現象だけで充分凄いですよ」と笑った。
ヒミカも笑んでシルヴィーを見やり、続けた。
「既に出ている結果と申しますのは、身近な具体例では気象予報でございますね。予報の正否を占いで判定致します」
「それはいいですね。情報の裏付けになると言いますか」
「しかし未来というのは小さな切っ掛けでも変わってしまいますから、例えば週間天気の占い結果を週末まであてにしてはいけません」
これにはシルヴィーは笑ってしまった。
「つまり、こまめに明日の天気予報を占う必要があるって事ですね?」
「仰る通り」
ヒミカは笑んで頷き、八卦に目を戻した。
彼女の黒っぽい瞳が陰る。
「シルヴィー様の占い結果が出ました」
「こちらが何も言わなくても出てしまうものなんですね」
「わたくしの占いはさして役に立たない代物ですが、不吉は見逃がしません」
急に不穏な言葉が出て、シルヴィーは息を詰める。
ヒミカはシルヴィーを見据えた。
「今のシルヴィー様は、現状を正しく理解出来ていないと出ています」
「――え?」
「ご認識が可笑しな事になっているようです。脳内に靄がかかった状態で物事を見聞きしていらっしゃいます」
「――靄?」
ヒミカの額がシルヴィーに寄せられた。
「価値観に狂いが生じているという事です。シルヴィー様には誰よりも大切に想われている方がいらっしゃいますね? ですがその想いはエラーです。言わば幻。偽物の感情です」
「――――」
シルヴィーは絶句した後、ヒミカに詰め寄った。
「エラーな筈ありません。ジュリエットはちゃんと大切な幼馴染で親友です」
「幼馴染様、でございますか。結構な年月を経ている訳ですね」
「あの、この八卦って凄い魔法なんでしょうけど、結局は占いですよね? なら外れる事もありますよね?」
ヒミカの顔が後ろに引き、双眸が細められた。
「占いでございますが魔法でございます。魔力を伴わない占星術や花占いの類とは違います。出た結果は現状、百パーセント正しい情報であると断言致します」
言われてシルヴィーは、彼女の掌の現象自体をトリックと疑いたくなってきた。
現代の魔法は科学に近い。条件が同じなら百回やって百回同じ結果が出る。そもそも確実性がなければ魔法としてこの世に出現しない。
知らない事や思い付きもしない事は魔法には成り得ないのだ。神や精霊といった万能の存在がいて人の「ふわっと」した部分を補ってはくれない。
魔法は孤独な作業で自分しか頼れない。記録に挑むアスリートや修行僧に等しい。
魔力というミラクルパワーだけでは足りない。才能、技術、色々要る。使いこなせる人間はほんの一握り。選ばれし者による奇跡の結晶、それが魔法だ。
シルヴィーは、異国の美女を見詰めた。
――エキスポ会場内で白昼堂々の詐欺。
有り得ない。彼女が真実選ばれし者であるか否かは、その辺の憲兵を捉まえて問い合わせれば簡単に調べがつく。
詐欺でないなら嘘でない事になる。彼女の言い分は全て真実――。
「……エラー、だとしても私、困ってません」
呟いたシルヴィーに、ヒミカは首を左右に振って見せた。
「シルヴィー様の思考は正常とは言えません。困っていないと思い込んでいるに過ぎないのです」
「でも実際に、」
「今日のお召し物は、随分と可愛らしいローズカラーのフリルが付いていますね」
唐突な賛辞にシルヴィーは瞬いた。
「え、あ、どうも。幼馴染が選んでくれたワンピで……」
「ヘアピンとシューズとブレスレットにもローズカラーが用いられています。全て幼馴染様チョイスでしょうか」
「え、ええ」
「可愛らしいお品物ながら、どれもシルヴィー様の聡明な雰囲気にいまいち合っていません。シルヴィー様ご自身も好んでいらっしゃらないとお見受けしたのですがいかがでしょうか」
「そ、――でも幼馴染が折角選んでくれて」
「シルヴィー様、それは幼馴染様の何に対する義理立てでしょうか?」
シルヴィーの惚けた口が「……義理立て」と繰り返す。
ヒミカは冴えた声音でシルヴィーに言い放った。
「幼馴染様に対し、シルヴィー様には何の借りもございません。遠慮する必要はないのです。なのに彼女に尽くし、不必要に疲れていらっしゃる」
「そんな事、」
「現に幼馴染様の方は、シルヴィー様が想うほどシルヴィー様を想っていません。お二方のお互いに対する熱量は全く釣り合いが取れていないのです。報われない片想いのように」
「――――」
シルヴィーは再び絶句した。
182
あなたにおすすめの小説
〖完結〗もうあなたを愛する事はありません。
藍川みいな
恋愛
愛していた旦那様が、妹と口付けをしていました…。
「……旦那様、何をしているのですか?」
その光景を見ている事が出来ず、部屋の中へと入り問いかけていた。
そして妹は、
「あら、お姉様は何か勘違いをなさってますよ? 私とは口づけしかしていません。お義兄様は他の方とはもっと凄いことをなさっています。」と…
旦那様には愛人がいて、その愛人には子供が出来たようです。しかも、旦那様は愛人の子を私達2人の子として育てようとおっしゃいました。
信じていた旦那様に裏切られ、もう旦那様を信じる事が出来なくなった私は、離縁を決意し、実家に帰ります。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる