靄が晴れましたので、

C t R

文字の大きさ
2 / 86

02 エラー




薄暗いテント内で、黒髪の女性がテーブルを前に座っていた。
知的な声音が流暢な王国語を話す。

「ようこそお越しくださいました」
「ど、どうも」

主催は帝国だから帝国人の出店のみ、と思い込んでいたシルヴィーは軽く面食らった。インターナショナルな視点を失していた。
東洋系の女性は、黒い着物の袖をそっと揺らして「どうぞ」とシルヴィーに椅子を勧めた。
テーブルを挟んで彼女と向かい合って座り、シルヴィーは惚けた。直視したのは色白美人だ。東洋のプリンセスっぽい。
美女は「ヒミカと申します」と微笑んだ。

「わたくしの魔法は占いでございます。今よりお嬢様を占わせて頂きます。差し支えなければお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「シルヴィーと言います。よろしくお願いします」

シルヴィーは、次に出身地や生年月日、親の名前を訊かれると予想した。
ところがヒミカは名前以外は何も訊かず、徐に片掌をテーブル上に翳して何事かを呟いた。
ぼうっとした光の輪が掌の上でフロートし、変わった図案が現れる。
シルヴィーは瞬いた。

「これは、東洋の魔法陣ですか?」
「いいえ。八卦――エイト・トライグラムスと呼ばれる占いのツールです」

初めて聞く言葉と現象は神秘的で、シルヴィーの目に好奇心が宿った。
掌の八卦を見詰めながらヒミカが言った。

「わたくしの占いは既に出ている結果を視るものとなっております。なので遠い未来を見渡せる類のものではないと、予めお伝えしておきます」

彼女の謙遜に、シルヴィーは「この現象だけで充分凄いですよ」と笑った。
ヒミカも笑んでシルヴィーを見やり、続けた。

「既に出ている結果と申しますのは、身近な具体例では気象予報でございますね。予報の正否を占いで判定致します」
「それはいいですね。情報の裏付けになると言いますか」
「しかし未来というのは小さな切っ掛けでも変わってしまいますから、例えば週間天気の占い結果を週末まであてにしてはいけません」

これにはシルヴィーは笑ってしまった。

「つまり、こまめに明日の天気予報を占う必要があるって事ですね?」
「仰る通り」

ヒミカは笑んで頷き、八卦に目を戻した。
彼女の黒っぽい瞳が陰る。

「シルヴィー様の占い結果が出ました」
「こちらが何も言わなくても出てしまうものなんですね」
「わたくしの占いはさして役に立たない代物ですが、不吉は見逃がしません」

急に不穏な言葉が出て、シルヴィーは息を詰める。
ヒミカはシルヴィーを見据えた。

「今のシルヴィー様は、現状を正しく理解出来ていないと出ています」
「――え?」
「ご認識が可笑しな事になっているようです。脳内に靄がかかった状態で物事を見聞きしていらっしゃいます」
「――靄?」

ヒミカの額がシルヴィーに寄せられた。

「価値観に狂いが生じているという事です。シルヴィー様には誰よりも大切に想われている方がいらっしゃいますね? ですがその想いはエラーです。言わば幻。偽物の感情です」
「――――」

シルヴィーは絶句した後、ヒミカに詰め寄った。

「エラーな筈ありません。ジュリエットはちゃんと大切な幼馴染で親友です」
「幼馴染様、でございますか。結構な年月を経ている訳ですね」
「あの、この八卦って凄い魔法なんでしょうけど、結局は占いですよね? なら外れる事もありますよね?」

ヒミカの顔が後ろに引き、双眸が細められた。

「占いでございますが魔法でございます。魔力を伴わない占星術や花占いの類とは違います。出た結果は現状、百パーセント正しい情報であると断言致します」

言われてシルヴィーは、彼女の掌の現象自体をトリックと疑いたくなってきた。
現代の魔法は科学に近い。条件が同じなら百回やって百回同じ結果が出る。そもそも確実性がなければ魔法としてこの世に出現しない。
知らない事や思い付きもしない事は魔法には成り得ないのだ。神や精霊といった万能の存在がいて人の「ふわっと」した部分を補ってはくれない。
魔法は孤独な作業で自分しか頼れない。記録に挑むアスリートや修行僧に等しい。
魔力というミラクルパワーだけでは足りない。才能、技術、色々要る。使いこなせる人間はほんの一握り。選ばれし者による奇跡の結晶、それが魔法だ。
シルヴィーは、異国の美女を見詰めた。

――エキスポ会場内で白昼堂々の詐欺。

有り得ない。彼女が真実選ばれし者であるか否かは、その辺の憲兵を捉まえて問い合わせれば簡単に調べがつく。
詐欺でないなら嘘でない事になる。彼女の言い分は全て真実――。

「……エラー、だとしても私、困ってません」

呟いたシルヴィーに、ヒミカは首を左右に振って見せた。

「シルヴィー様の思考は正常とは言えません。困っていないと思い込んでいるに過ぎないのです」
「でも実際に、」
「今日のお召し物は、随分と可愛らしいローズカラーのフリルが付いていますね」

唐突な賛辞にシルヴィーは瞬いた。

「え、あ、どうも。幼馴染が選んでくれたワンピで……」
「ヘアピンとシューズとブレスレットにもローズカラーが用いられています。全て幼馴染様チョイスでしょうか」
「え、ええ」
「可愛らしいお品物ながら、どれもシルヴィー様の聡明な雰囲気にいまいち合っていません。シルヴィー様ご自身も好んでいらっしゃらないとお見受けしたのですがいかがでしょうか」
「そ、――でも幼馴染が折角選んでくれて」
「シルヴィー様、それは幼馴染様の何に対する義理立てでしょうか?」

シルヴィーの惚けた口が「……義理立て」と繰り返す。
ヒミカは冴えた声音でシルヴィーに言い放った。

「幼馴染様に対し、シルヴィー様には何の借りもございません。遠慮する必要はないのです。なのに彼女に尽くし、不必要に疲れていらっしゃる」
「そんな事、」
「現に幼馴染様の方は、シルヴィー様が想うほどシルヴィー様を想っていません。お二方のお互いに対する熱量は全く釣り合いが取れていないのです。報われない片想いのように」
「――――」

シルヴィーは再び絶句した。





感想 145

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね

との
恋愛
離婚したいのですか?  喜んでお受けします。 でも、本当に大丈夫なんでしょうか? 伯爵様・・自滅の道を行ってません? まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。 収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。 (父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる) ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 32話、完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。