靄が晴れましたので、

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02 エラー

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薄暗いテント内で、黒髪の女性がテーブルを前に座っていた。
知的な声音が流暢な王国語を話す。

「ようこそお越しくださいました」
「ど、どうも」

主催は帝国だから帝国人の出店のみ、と思い込んでいたシルヴィーは軽く面食らった。インターナショナルな視点を失していた。
東洋系の女性は、黒い着物の袖をそっと揺らして「どうぞ」とシルヴィーに椅子を勧めた。
テーブルを挟んで彼女と向かい合って座り、シルヴィーは惚けた。直視したのは色白美人だ。東洋のプリンセスっぽい。
美女は「ヒミカと申します」と微笑んだ。

「わたくしの魔法は占いでございます。今よりお嬢様を占わせて頂きます。差し支えなければお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「シルヴィーと言います。よろしくお願いします」

シルヴィーは、次に出身地や生年月日、親の名前を訊かれると予想した。
ところがヒミカは名前以外は何も訊かず、徐に片掌をテーブル上に翳して何事かを呟いた。
ぼうっとした光の輪が掌の上でフロートし、変わった図案が現れる。
シルヴィーは瞬いた。

「これは、東洋の魔法陣ですか?」
「いいえ。八卦――エイト・トライグラムスと呼ばれる占いのツールです」

初めて聞く言葉と現象は神秘的で、シルヴィーの目に好奇心が宿った。
掌の八卦を見詰めながらヒミカが言った。

「わたくしの占いは既に出ている結果を視るものとなっております。なので遠い未来を見渡せる類のものではないと、予めお伝えしておきます」

彼女の謙遜に、シルヴィーは「この現象だけで充分凄いですよ」と笑った。
ヒミカも笑んでシルヴィーを見やり、続けた。

「既に出ている結果と申しますのは、身近な具体例では気象予報でございますね。予報の正否を占いで判定致します」
「それはいいですね。情報の裏付けになると言いますか」
「しかし未来というのは小さな切っ掛けでも変わってしまいますから、例えば週間天気の占い結果を週末まであてにしてはいけません」

これにはシルヴィーは笑ってしまった。

「つまり、こまめに明日の天気予報を占う必要があるって事ですね?」
「仰る通り」

ヒミカは笑んで頷き、八卦に目を戻した。
彼女の黒っぽい瞳が陰る。

「シルヴィー様の占い結果が出ました」
「こちらが何も言わなくても出てしまうものなんですね」
「わたくしの占いはさして役に立たない代物ですが、不吉は見逃がしません」

急に不穏な言葉が出て、シルヴィーは息を詰める。
ヒミカはシルヴィーを見据えた。

「今のシルヴィー様は、現状を正しく理解出来ていないと出ています」
「――え?」
「ご認識が可笑しな事になっているようです。脳内に靄がかかった状態で物事を見聞きしていらっしゃいます」
「――靄?」

ヒミカの額がシルヴィーに寄せられた。

「価値観に狂いが生じているという事です。シルヴィー様には誰よりも大切に想われている方がいらっしゃいますね? ですがその想いはエラーです。言わば幻。偽物の感情です」
「――――」

シルヴィーは絶句した後、ヒミカに詰め寄った。

「エラーな筈ありません。ジュリエットはちゃんと大切な幼馴染で親友です」
「幼馴染様、でございますか。結構な年月を経ている訳ですね」
「あの、この八卦って凄い魔法なんでしょうけど、結局は占いですよね? なら外れる事もありますよね?」

ヒミカの顔が後ろに引き、双眸が細められた。

「占いでございますが魔法でございます。魔力を伴わない占星術や花占いの類とは違います。出た結果は現状、百パーセント正しい情報であると断言致します」

言われてシルヴィーは、彼女の掌の現象自体をトリックと疑いたくなってきた。
現代の魔法は科学に近い。条件が同じなら百回やって百回同じ結果が出る。そもそも確実性がなければ魔法としてこの世に出現しない。
知らない事や思い付きもしない事は魔法には成り得ないのだ。神や精霊といった万能の存在がいて人の「ふわっと」した部分を補ってはくれない。
魔法は孤独な作業で自分しか頼れない。記録に挑むアスリートや修行僧に等しい。
魔力というミラクルパワーだけでは足りない。才能、技術、色々要る。使いこなせる人間はほんの一握り。選ばれし者による奇跡の結晶、それが魔法だ。
シルヴィーは、異国の美女を見詰めた。

――エキスポ会場内で白昼堂々の詐欺。

有り得ない。彼女が真実選ばれし者であるか否かは、その辺の憲兵を捉まえて問い合わせれば簡単に調べがつく。
詐欺でないなら嘘でない事になる。彼女の言い分は全て真実――。

「……エラー、だとしても私、困ってません」

呟いたシルヴィーに、ヒミカは首を左右に振って見せた。

「シルヴィー様の思考は正常とは言えません。困っていないと思い込んでいるに過ぎないのです」
「でも実際に、」
「今日のお召し物は、随分と可愛らしいローズカラーのフリルが付いていますね」

唐突な賛辞にシルヴィーは瞬いた。

「え、あ、どうも。幼馴染が選んでくれたワンピで……」
「ヘアピンとシューズとブレスレットにもローズカラーが用いられています。全て幼馴染様チョイスでしょうか」
「え、ええ」
「可愛らしいお品物ながら、どれもシルヴィー様の聡明な雰囲気にいまいち合っていません。シルヴィー様ご自身も好んでいらっしゃらないとお見受けしたのですがいかがでしょうか」
「そ、――でも幼馴染が折角選んでくれて」
「シルヴィー様、それは幼馴染様の何に対する義理立てでしょうか?」

シルヴィーの惚けた口が「……義理立て」と繰り返す。
ヒミカは冴えた声音でシルヴィーに言い放った。

「幼馴染様に対し、シルヴィー様には何の借りもございません。遠慮する必要はないのです。なのに彼女に尽くし、不必要に疲れていらっしゃる」
「そんな事、」
「現に幼馴染様の方は、シルヴィー様が想うほどシルヴィー様を想っていません。お二方のお互いに対する熱量は全く釣り合いが取れていないのです。報われない片想いのように」
「――――」

シルヴィーは再び絶句した。





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