靄が晴れましたので、

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07 恐ろしくて惜しい




これまでのシルヴィーなら、登校後は校舎の前でジュリエットを待っていた。
今日は待たずに校舎に入って二階の教室に踏み込んだ。

「おはよう」

着席していた数名のクラスメイト達が、惚けた目でシルヴィーを見た。
「お、おはよう」とぎこちない声が返される。
シルヴィーは「そうなるわよね」と内心に苦笑して颯爽と自分の席に向かった。
一人で教室に入る事など、ジュリエットが病欠の時くらいしかなかった。
いつもジュリエットに張り付いてジュリエットに構い、ジュリエットと精々トリスタンとしか口を利かなかった。

――何やってたのかしら。

折角同じクラスになれた同級生達とまともに交流してこなかった。実に勿体ない事をしていた。

――新年度は帝国に行ってるかもしれないのに。

残り少ない、かもしれない王都学園生活を今からでも巻き返したいところだ。
シルヴィーが意気込むまでもなく、こちらが一人と見るや数名の女子達がそろりそろりと席にやって来た。

「ね、シルヴィー。課題はもう終わって?」
「ええ。なんとか」
「最後の大問、解けた?」
「実は自信がないの。良かったらみんなで答え合わせをしない?」

女子達の顔が輝いた。
互いのノートを開き見せてあれこれ話し合う。一方的な奉仕はどこにもなく、フェアな助け合いの場でしかない。
これが当たり前の風景よね、とシルヴィーはぼんやり想念した。
そうこうしている内にジュリエットとトリスタンも登校してきた。シルヴィーの席に集る女子を見て惚けている。
二人の到着時間は特別遅くはないから、校舎前にシルヴィーが突っ立っていなかった点は気にならなかったようだ。捜すなりしていればもっと遅れて来ただろう。

――だと思ったわ。

だから気にせずシルヴィーはここに座っていられる。
一限開始の鐘が鳴るまで、シルヴィーの周りから女子の輪は消えなかった。
去り際、一人が耳打ちした。

「ずっと貴女とお話ししたかったの」

シルヴィーも多分、彼女達と話したかった筈だ。
長らく靄の所為で意識出来なかったけれど、本当は友達百人欲しかった、ような気がしないでもない。
実際、人数が多いと意見も増える。違いが面白い。

――狭い世間でずっと生きてたのね。

謎の靄による視野狭窄とは、恐ろしい。
逃がした機会が今は心底惜しい。



ランチタイムになってもシルヴィーは、ジュリエットから距離を取った。

「他の子と約束があるの。ジュリエットはトリスタンとのランチを楽しんで」
「そ、そうするわ……」

ジュリエットは見事に引き攣った笑みを浮かべていた。
トリスタンは、困惑気味にジュリエットとシルヴィーを見比べるばかりだ。シルヴィーが背を向けると、やっとジュリエットに潜めた声で問うていた。

「君達、ケンカしてる? まさか僕の事? 気まずいのは困るなあ」
「……ケンカなんてしてないし、貴方は関係ないわ」

背中で二人のひそひそ話を聞きながら、シルヴィーも「そうそう貴方は関係ないのよ」と念を押した。
靄が晴れた事で分かった事は多い。トリスタンの自意識過剰もその一つ。
正確には、彼は自信がないから「そう」だと思いたい。
シルヴィーから片想いされていると思いたい。「そう」いう事にしておきたい。彼もまたシルヴィーの事が好きだから、なら可愛げもあるのにそうではない。
彼はジュリエットの気を引きたい。だから自分の付加価値要員としてシルヴィーにいてもらわないと困る。
「人が欲しがるものは良く見える」法則を利用した。
実際、上手くやったのではないだろうか。彼は一度振られたジュリエットと婚約出来ている。家格は彼女の方が遥かに上。ジュリエットは公爵家の跡継ぎではないとはいえ、伯爵家の跡取りであるトリスタンにしてみれば高嶺の花だ。
二人がくっ付いたからといってシルヴィーは少しも損をしていない。ジュリエットを同性として好きではない。ましてトリスタンを異性として好きでもない。
ノーダメージだ。

「――トリスタンの事、本当にごめんなさい。酷い私をどうか許してね」

ジュリエットも大概分かっていない、という事が分かった。
自分の見たいものと聞きたいものしか記憶に残さない。便利な脳は精神の安寧にはとても有効だと思う。ただし他人には迷惑をかける。

――私って、とんでもない環境の中で息をしていたんだわ。

繰り返しになるけれど、恐ろしくて惜しい事をしていた。



その夜も、シルヴィーは霧の揺蕩う森にいた。
霧に囲まれてすぐ、傍らを物凄い速度で白いウサギがぴゃーっと駆けて行った。
素早い影を辛うじて目で追ったシルヴィーは、手を打った。

「ヴィッツ様から逃げてた?」

ではいずれウサギを追い回す美青年の姿を目撃するかもしれない。
綺麗なコメディになりそうだな、と考えつつウサギ専用の切り株に腰を下ろした。
眼前に水面が広がっている。池なのか沼なのか分からない。
ウサギを待つ。それともシルヴィーが陣取っていたら来ないだろうか。
いやウサギは知能の高いビーストらしいから「そこは私のシートです。座席番号をちゃんと確認してくださいね」と苦情を言いに来るかも。というか来て欲しい。
違う人が来た。

「……そなたか」
「ウサちゃんならぴゃーっと駆けて行きましたよ」
「知っている。取り逃がした」
「ヴィッツ様は魔法にお詳しそうですね」
「……もうそれでいい。急に何だ」
「呪いみたいな魔法に心当りありません? 認識を狂わせる類のものです」
「ヒプノシス(催眠術)か? 魔法でなくとも可能だぞ」
「精神科医の知り合いもいないんですよ」
「一体何の話をしているのだ、そなたは。分かるように申せ」

分かるように語った。今日のシルヴィーはちゃんと帝国語を使っている。
彼は「他人に尽くしたくなる魔法」に心当りがなかった。

「その手の魔法には詳しくない。私には効かんからな」
「どの手の魔法なら詳しいんですか?」
「殺傷能力の高いプラズマだ」
「それウサちゃんに使わないでくださいね」
「使わん。死なれては取られた物を取り返せん」
「この泥棒ウサギ! でしたね」
「そ――」

シルヴィーは目を覚ました。





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