靄が晴れましたので、

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09 病気




例によって、シルヴィーは霧の森にいた。
丁度目の前は池で、白いウサギがぴゃーっと水面を駆け抜けて行く。
ニンジャの技にああいうのがあったと思う。

「アメンボの術、……だったかな」

「思うに――」と背後から声がした。

「そなたが想像しているのは水蜘蛛だろう」
「忍術に詳しいんですね、ヴィッツ様。私を巻き添えにされてます?」
「藪から棒に何の事だ」

夢が魔法である件について問い質すと、彼は嘆息した。

「ここはウサギの夢だ。我らは偶然にも奴と波長が合ってしまったのだ」
「波長が合った? ならあの子と仲良くなれますよね」
「何故嬉しそうなんだ」
「面白可愛いウサちゃんと仲良くなりたいんです」
「私は奴が好かん」
「あの子も貴方が好きじゃないですよ、絶対。だから逃げてます」
「……言うではないか」
「夢の中だからですかね? 知らないお兄さんにもあまり気後れしてません」
「……確かに夢と現実は違う」

シルヴィーは切り株に腰掛けてウサギの再来を待った。

「九月から帝都学園に通うんですよ、私。よろしくお願いします」
「唐突だな。学生服を着ているようだが、いくつだ?」
「十七です。だから通うのは最終学年だけです。友達百人出来るかなー」
「十七? 幼く見える……」
「童顔とか初めて言われました。よろしくお願いします」
「よろしくも何も私は教師でも生徒でもない。今は帝都にもいない」
「どちらにいらっしゃるんですか?」
「座標は言えんが洋上だ。帰還の道中にある」
「よろしくお願いします」
「……まあ、会えたならばよろしくしてやろう」
「友達百人出来るかなー」
「一人も出来ずとも落ち込むなよ」
「ヴィッツ様、なんておいたわしい」
「一人もいないとは言っていない。確かに多くはないが……」

彼が指折りで友人数を確認しようとした時、シルヴィーは目を覚ました。
ゼロじゃなくて何よりだ。



翌朝。玄関を出ると、馬車の前でジュリエットが待ち構えていた。

「シルヴィー、どうして私に冷たくなったの? 私、何かしちゃった?」

涙ながらに訴えるジュリエットに、シルヴィーは嘆息した。

「そうよね。ちゃんと話した方が良いわよね。とりあえず馬車に乗りましょう。トリスタンは?」
「置いて先に来たわ。彼、シルヴィーの事悪く言うばかりだもの」
「……彼は昔から私への点付けが辛かったから、今更ね」

ジュリエットを促して乗車し、隣り合って座る。
不安げな面持ちで、ジュリエットはシルヴィーの袖をきゅっと掴んだ。
以前のシルヴィーであれば彼女の甘えた仕草を「可愛い」と思った。今も別に嫌ではないけれど、若干服の皺が気になる。
馬車が動き出して暫く、シルヴィーは単刀直入にジュリエットに告げた。

「今後はジュリエットの事を甘やかさないようにしようと思うの」

案の定、ジュリエットは蒼褪めた。

「ほ、本当なのね。トリスタンが大袈裟に言ってるだけじゃなかった……」
「ジュリエットはか弱いからって過保護になり過ぎてたの、私」
「弱いのは本当よ。だって私、一人で何も出来ないもの。知ってるでしょ?」
「そうね。でもみんな初めはそうよ。凄く苦労して少しずつ出来る事を増やしているの。だからジュリエットも自分だけの力でちょっと頑張ってみたらどうかしら」
「そ、そういう、努力するとかは、体が弱い私には……」
「勿論、無理をしない範囲で頑張るのよ。お医者様と相談すると良いわ」
「……シルヴィーは、一緒じゃないの?」
「私はお医者様じゃないし、これから自分自身の人生を頑張らないといけないから余裕がないの。ごめんなさい」
「そんな……。じゃ、じゃあ課題とかも、もう手伝ってくれないの?」
「分からないところがあれば教えるわよ。でも家庭教師を雇った方が早いと思う」
「家庭教師なんて見ず知らずの大人よ。頼り難いわ。それに課題はノート提出とかレポートとか論文とか色々あるじゃない。来月末は進級試験なのにシルヴィーの助けがなくちゃ私、単位落としちゃうわ。絶対絶対退学になっちゃう」

シルヴィーは、口の中で唸った。

「これはトリスタンにも言ったけど、婚約者同士で助け合うのはアリだと思うの」

ジュリエットは首を左右に大きく振った。

「トリスタンなんてダメ! 私より因数分解とか遅いし!」
「……それは知らなかったわ。正直、彼の学力には興味がなくて把握してなかったから。でもだったらお互いの苦手をカバーし合えば」
「トリスタンじゃ私を助けられないわ! シルヴィーでなくちゃダメなの!」

シルヴィーは、大いに困惑した。
信頼ではない。ジュリエットは依存心が強過ぎる。
一つ息を吐いて、シルヴィーは切り出した。

「私ね、子供の頃からずっと病気みたいな状態だったの。その所為で色んな認識が可笑しくなってて、ジュリエットとトリスタンに過剰に干渉してたの。ごめんなさいね」
「び、病気……って?」

ジュリエットはぎょっとし、青褪めている。
空気感染の心配でもしているのだろうか、と内心首を傾げてシルヴィーは続けた。

「私達は間違いなく幼馴染よ。でも親友かどうかは分からないわ。言った通り、私はずっと病気みたいな状態で貴女を正しく認識してなかったから」
「何を、言ってるのか分からないわ。だってシルヴィーは頑丈で、病気なんてした事ないじゃない。だから病気じゃないわ」
「いいえ、体が弱くないだけで病気だったのよ。その意味ではジュリエットと同じだったんだわ。だからきちんと治して正していかなきゃいけないの」

ジュリエットは「分からない」とやはり上半身を大きく揺すった。
大きな子供だ。シルヴィーは、こう言うより他なかった。

「私達は幼馴染で親友でしょ? だったら私の事を応援してくれるわよね、ジュリエット」
「――――」

これまでシルヴィーに頼む事はあっても頼まれる事のなかったジュリエットは、見事に固まった。





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