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10 祖母の指輪
シルヴィーと話した後、ジュリエットは家に引き返した。
「……急に体調が優れなくなったの」だそうだ。
それでシルヴィーは一旦自宅に戻った上で、改めて自分の馬車で登校した。
鐘が鳴り、一限の教師が教室に入ってくる。
担任でもある彼は、教卓を前にしてシルヴィーの方を見た。
「えー、学年末が近いが、みんなに一点共有しておこうと思う」
前置きした教師の目が「いい?」と訊き、シルヴィーは頷いた。
教師は発表した。
「新年度からシルヴィーは帝都学園に編入する事が決まった。みんな、彼女に盛大な拍手を送ってやってくれ」
わあっとクラスメイト達は歓声と共に両の手を打ち鳴らした。
既に承知している女子達も改めて「おめでとう!」と祝福してくれている。
笑みで周囲に「有難う」と応じながら、シルヴィーは白い顔を遠目にした。
ぽかんとしたまま血の気を失っているのはトリスタンだった。
順番が逆になってしまった事を、少しシルヴィーは気に掛ける。
彼らへの報告義務も義理もない、と言ってしまえばそれまでだけれど。
翌日。
ランチタイムになり、シルヴィーはクラスメイト達と中庭に向かった。
芝生にラグを敷いて各々持ち寄った食事やおやつを広げる。
昨日に引き続き、今日もジュリエットは学校を休んでいる。
――休む癖が付いてるのね。
人間、無理をすべきではない。でも少しも頑張らないのは違う。
辛抱出来なくなってしまう。今のジュリエットが正にそう。
トリスタンはちゃんと登校している。今朝、教室に入るや否や「お前の所為だぞ」と言わんばかりにシルヴィーを睨み付けてきた。
――言っておくけど。
シルヴィーはジュリエットの母でも姉でも教師でも、婚約者でもない。
シルヴィーが睨まれた瞬間をここにいる数名も目撃した。彼女達はトリスタンを睨み返して口々にした。「なんですの?」、「言いたい事があるならハッキリ言うべきではなくて?」、「まああ、男らしい」……。女子達の批判に立ち向かう度胸はトリスタンにはなかったし、彼の味方をする男子も女子も教室にはいなかった。
楽しいランチに意識を戻す。
一人が手作りブッセを配っている。更に別の一人は老舗コンフィズリー(砂糖菓子屋)のボンボンでお返し。所謂バラマキである。
シルヴィーは貰ったブッセとボンボンを見比べる。昨日、自分もバウムクーヘンを切り分けてみんなに配った。帝国メーカーの王都店で購入したもので、生地の外側はショコラーデ(チョコレート)コーティングになっていた。
今朝方視た夢を思い出す。
相変わらず、青年将校風の彼はウサギを捕まえられずにいた。
何をそんなに必死になって取り戻そうとしているのか、と問うたシルヴィーに彼は口元を歪めて見せた。
「……祖母の指輪だ」
「思った以上に大変なお品物でした」
魔法の夢の中で取られた物は実際にも消えてしまうと言う。
彼の祖母もウサギの夢に紛れ込んだ一人で、霧の森でうっかり指輪を外していたらウサギに奪われてしまったそうだ。
既に故人で、本人は指輪を取り戻せない。亡くなる前に祖母は「よろしくね」と孫の彼に指輪の奪取を託した。
「子孫の中でウサギと遭遇出来たのは私一人。私がやらねばならんのだ」
シルヴィーは、ちょっと思ってしまった。
「でもウサちゃんには指輪の価値なんて分かりません。おばあちゃまのうっかりはおばあちゃまご自身の責任という気がします。ゴミの日に防鳥ネットをし忘れた人と荒らすカササギと、悪いのはどっちです?」
「……ウサギに悪気が無ければ私も諦めが付いただろう。しかし奴の知能は高い。こちらにとって大事な品であると、承知した上で隠し持っているに違いない」
それを聞いてもシルヴィーは納得出来なかった。
「ウサちゃんの勝手、ですよね?」
「……確かに奴が人間に親切にする義理はない。だが憎らしい」
「悪気とかではなくてただ無邪気に遊んでるだけでは? 自分にとって価値がない物だから、ヴィッツ様と遊ぶ玩具にしているんですよ」
「……遊ばれている方は堪らんな」
彼の嘆息を見届けたところで夢は終わった。
ブッセとボンボンを見比べていたシルヴィーは、脳内に閃光を視た。
霧の森に来たシルヴィーは、池の前で座り込んでいた。
湿地っぽい割に地面はべちゃっとしていない。
ぼんやりと待つ。
いつの間にか、白いウサギが体の脇に寄り添って蹲っていた。こちらに丸い背中を向けている。シルヴィーを風除けにして暖を取っているかのよう。ふわっふわの白い被毛は見ているだけで癒される。
シルヴィーはそろりと動き、ポケットを探った。
あった。夢の中に持ってこられた。故人の指輪がそうだったように――。
「――ウサちゃん、ボンボンいる?」
バラマキ品の包み紙を開き、丸い砂糖菓子を載せた掌を差し出す。
ウサギの背中は微動だにしなかった。けれど片方の耳がピコッと動き、シルヴィーの声に振り向いた。
シルヴィーはわくわくしてきた。
「ウサちゃんって綺麗な物が好きなんじゃない? これ、宝石みたいで綺麗よ。しかもスミレ風味で美味しいの」
ウサギ耳はピコピコと動いている。シルヴィーの声に耳を澄ませている。
優しく話しかければ聞いてくれるのだとシルヴィーは確信した。
あの彼の事だから、憎らしいウサギに「待て」とか「こいつ」とか言っている。
「待てと言われても待たないわよね?」
同調姿勢を見せたシルヴィーに、遂にウサギは首でチラッと振り返った。
その瞳はエムロード(エメラルド)のようで大変ゴージャスだった。
シルヴィーが見惚れる間に、ウサギはのそのそと体を回してこちらを向くと差し出された掌に前足を伸ばした。
両の前足で丸い砂糖菓子を挟み持つや、ガリガリと食し始める。
食べるんだなあ、とシルヴィーは感心した。
砂糖菓子を平らげたウサギは、ぴょんぴょんっと跳ねて霧の中に消えた。
さようならあ、とシルヴィーはウサギに手を振った。
餌付けて終わりで満足だった。でもそうはなからなかった。
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