靄が晴れましたので、

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14 殿、




トリスタンの理屈では、条件次第で友達に戻れるらしい。
シルヴィーは冷めた。

――条件が生じてる時点で友達じゃないわ。

大事にしてくれない人を大事にするのはやめたのだ。
ジュリエットは、シルヴィーに留学をキャンセルして欲しいと思っている。
そうか、とシルヴィーはやっと気付いた。

「兵糧攻めなのね、事業撤退は」
「人聞きが悪いな。友達じゃないなら買う義理もないって事だよ」
「つまり、うちの品質を信頼したビジネスはしてなかったって事ね。よく分かったわ」

肉体と頭脳の労働で家業に貢献していた、と思う事にする。
トリスタンは尚も「君は分かってない」と詰め寄った。

「病気だか何だか知らないけどさ、そんなのでジュリエットを蔑ろにしていい事にはならないんだよ。君はジュリエット優先のままで良いんだよ」
「……病の完治を喜んですらくれないのね」
「問題をすり替えるなよ」
「病云々を持ち出したのは貴方でしょ」

シルヴィーはうんざりしていた。
早く部屋に入って課題をしたい。
「何だよ、その面倒そうな顔は」とトリスタンが踏み出した。
シルヴィーは「ちゃんと人様の表情を読めるんじゃない」と妙に感心した。

「――あの、もしもし」と第三者の声が背後で発した。

振り返った二人の顔を、スーツ姿の男性が交互にした。
帽子を脱いで胸元に当てる。

「こちらはデュバン伯爵のお宅でお間違いないでしょうか」

「あんた誰だよ」とトリスタンが勝手に無礼な口を利き、やたらと大股で相手に向かって歩く。
男性はトリスタンを無視して「大使館より参りました」と言ってシルヴィーに名刺を差し出した。

「帝国の外交官です」
「クラウス、さん?」
「はい。お嬢様に火急のお知らせがあるのですがよろしいでしょうか」
「あ、では家に……」

「何なんだよ」と話しの腰を折られたトリスタンが憤慨する。
すると突然、いかった彼の肩を後ろから伸びてきた大きな手が掴んだ。
背後を振り返ったトリスタンは、壁のように立ちはだかる屈強な異国の軍人二人を仰ぎ見てぎょっとなった。

「な、な、なんだ、あんた達」
「ただの護衛ですが邪魔立てするなら容赦はしませんよ、お坊ちゃま」
「おぼ……。こ、ここは王国だぞ。帝国軍人が偉そうに」
「特権を行使して貴方を逮捕しても構いませんが?」
「は、あ、あ?」
「貴方、彼女を通せんぼして帰宅を阻害してましたよね。そういった行為は我が国では犯罪にあたります。王国でもそうなのでは?」
「――――、僕らは友人だ」

シルヴィーは「そうだった?」と疑問の目を向けた。さっきの今で百八十度違い過ぎる。
自覚があるようで、トリスタンは気まずい顔をシルヴィーから逸らして軍人の手から逃れた。何かぶつくさと言いながら早足で家の敷地を後にする。

シルヴィーはトリスタンを見送らず、帝国からの客人らを家に招き入れた。



サロンのテーブルセットで向き合った若き外交官クラウスは「ある方のご依頼で参りました」とシルヴィーに切り出した。
シルヴィーは「もしかして」と前のめりになった。

「ヴィッツ様ですか?」
「え、いえ――、はい」

否定して肯定したクラウスは目を泳がせる。背後に控える軍人らは瞑目している。
逡巡を経て、クラウスは続けた。

「……その、ヴィッツ様、より恩義ある貴女様をお捜しするようにと、我らは依頼を受けておりました」
「私、きちんと名乗れませんでしたのに」
「確か、あの方とは夢でお会いになったんですよね。とはいえ新年度より帝都入りする王都のお嬢様は相当限られますので、特定は難しくありませんでした。それでも二日ほど要してしまい、面目ない限りです」
「いいえ、滅相もない。では、今日こちらにいらっしゃったのは?」
「殿、――ヴィッツ様、より大量に紙を仕入れてやって欲しいとの通達がありまして現在、各機関の担当者が対応に当たっております。今日はそのご報告です。間もなくご実家からもご連絡が入ると思います」
「まあ」

シルヴィーは目を輝かせた。

「大量発注はとても助かります。心より感謝申し上げます」
「我らは大した事は何も。全て殿、ヴィッツ様、のご意思なれば……」
「有難うございます。これで心置きなく留学出来ます」
「それは、何よりです。本当に……」

はしゃぐシルヴィーを前に、クラウスは金魚みたく口を開け閉めしている。
逡巡を経た後「……話す権限がない」と呟いて項垂れた。
去り際、玄関先で振り返った彼はシルヴィーに一礼した。

「お会い出来て良かったです」
「こちらこそ、本当に有難うございました」
「……恐らく殿、ヴィッツ様、とは帝国でお会いになると思うのですが」
「ええ。彼にもぜひお礼を申し上げたいと思います」

声を弾ませるシルヴィーに、彼は苦笑のような表情を浮かべる。
何か言いたげな顔を残しつつ、帝国からの使者達は伯爵家を辞した。





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