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15 母親
その報告は、ジュリエットを悲しませた。
若い執事が言うには、シルヴィーの実家デュバン伯爵家の新たな取引先に、帝国の軍学校が加わったらしい。
シルヴィーの留学予定地と言うだけで伯爵家は帝国とのコネなど持たない筈。なのに、思わぬ販路を得て業績は嘗てないほど上向いていると言う。
仮にデュ・ムーリエ公爵家との取引が切られてもダメージには成り得ない。
それどころか公爵家の方が伯爵家から「生産が追い付かない状況にあり、次回納品分は減ります」との連絡を受けている。
執事は気まずそうに告げた。
「彼らの紙は高品質なので、実際に商品を手にした帝国軍人が気に入って個人的に発注もしているとか……」
そもそも品質悪化で業績が落ちたのではないから、新たなファンが付く事は考えられるのだ。
ジュリエットは「そんな……」と肩を落とし、悲嘆にくれた。
「お家が儲かっちゃったら、シルヴィーは心置きなく留学出来ちゃうじゃないの」
家が窮地に立たされ資金難に陥れば、諦めてくれると思ったのに大誤算だ。
「なんて面の皮が厚いんだろう」とトリスタンが憤慨した。
「うちに切られたからとすぐに別の相手に乗り換えるなんて品がない。しかも国内じゃなく外国に手を広げるなんてがっつき過ぎもいいところだ」
トリスタンの実家、シュフラン伯爵家にしてみれば面白くない展開になった。
再契約の嘆願がないばかりか「貴方はいなくて平気」と暗に言われている。
それどころかシュフラン伯爵家は少々困りつつある。良い紙が枯渇している。国内には別銘柄もあるけれど、長らく付き合いのあったデュバン伯爵家と同じ良心的な価格では売ってくれない。確実に足元を見られる。
「全く。嫌な女になっちゃったよな、シルヴィーは」
「…………」
ジュリエットは、トリスタンに興醒めしていた。
どう見てもシルヴィーに見限られている。シルヴィーが彼を好きだと思っていたから「良さげ」に見えたのにその効果は完全に切れている。
――最初から好きじゃなかったのかしら。
今のシルヴィーを見る限り、トリスタンの思い込みだったと思えてならない。
――でもどうしましょう。凄く困るわ。
シルヴィーには一生ジュリエットを支えて欲しかった。トリスタンではシルヴィーの代わりは務まらない。
――お母様をがっかりさせてしまうわ。
ジュリエットが六歳の頃、母は亡くなった。
生まれつき病弱だった母は、幼いジュリエットに言い聞かせていた。
「か弱く振る舞うのよ、ジュリエット」
病弱な人が健康なふりは出来ないが、逆は出来る。母を参考に出来る。
「どうして?」と問うたジュリエットに、母は教えた。
「可愛くおねだりすれば助けてくれるから、シルヴィーが。本当は格上の男の子が理想だったんだけど、さすがに王子様を私の病床に呼ぶのは不可能だもの。一人でも該当がいたのだから良しとするわ。それにシルヴィーは賢くて綺麗な子だから、素晴らしいお婿さんを貰うに違いないわ。城の中枢に近い高官とか。本人がなるかも……」
「お母様、さっきから何のお話をなさっているの? 私は賢くなくて綺麗じゃないと言っているの?」
「そういう意味じゃないわ。貴女は私に似て誰よりも愛らしいプリンセスよ。でもメイジの素養はないの。それは確実なの」
「別にメイジなんかになりたくないですけど、確実なんですの?」
「――ひと世代空けないと、いけないの。うちの血統は」
当時のジュリエットには、母が何を言っているのか全く分からなかった。
今でもよく分かっていない。
ただ「初潮を迎えたら開きなさい」と言われた母の鍵付きの日記は、遺言通りに開いてみた。そこには母方の祖先が継承して来た魔法について記されていた。
「母親になる事で使える、子供に遺せる魔法」らしい。
「身近な一人を我が子の奴隷として服従させられる。使えるのは一生に一度だけ。役に立つ人間をよく選ぶこと――……なあに、これ」
初めて日記を開いた当時ジュリエットは十三歳で、ショックより興味が勝った。
「この魔法は女子にのみ継承される。母親になる必要がある。奴隷候補はメイジの素養を持つ者に限定される。魔法を使った母親の子供がメイジになる事はない。二世代連続でメイジはない。チャージ期間と思われる……」
チャージって魔力のこと? とジュリエットは首を傾げた。
次の一文には背筋が凍った。
「服従を確定させるには奴隷候補に遺言を聞かせ、死に様を見せる必要がある」
だから一生に一度しか使えない。
ジュリエットの脳裏に、母が頻繁にシルヴィーを病床に呼び付けていた光景が蘇った。同じく幼馴染なのにトリスタンがスルーされていた理由は分かった。彼はメイジの素養がないし無能過ぎた。それに魔法をかけるまでもなくジュリエットに心酔している。
案外、女子相手に使う魔法という気がする。
ここで疑問が湧いた。
母が自分の死期をコントロール出来た筈がない。かと言って夜中とか帰省シーズンとかにシルヴィーを公爵家に引き止めるのは不自然過ぎる。
タイミングを揃えるには、「……自殺」するしかない。
ジュリエットは、感動した。
「私の為に命を捧げてくださったのね、お母様」
母方には素晴らしい魔法が人知れず継承されていた。
かなり手間だが使える。現に、ジュリエットは快適な学園生活を送っていた。
――ずっと続くと思ってたのに。
どういう訳かシルヴィーの魔法は消えている。
ジュリエットでは服従の魔法が使えない。
このままでは母が不憫だし、ジュリエットは不便だ。
「解けた魔法を復活させる方法ってないのかしら」
魔法大帝国に行けば、或いは見付かるかもしれない。
「でも外国は――」
言葉も文化も違う。面倒臭い。
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