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16 対抗の魔法
朝。
一限開始前、シルヴィーの席にジュリエットがやって来た。
「おはよう、シルヴィー」
「……ごきげんよう」
「ねね、化学の課題って終わった? あ、違うの。ノートを写させてって言ってるんじゃないの。最後の答えどうなったかなって訊いてるだけで」
シルヴィーは冷めた目でジュリエットを観察した。
急に、何事もなかった顔をしてまた擦り寄って来た。家業アタックが空振りに終わったから別の手を仕掛けてきた、訳ではなさそう。学校で子供が出来る仕返しなんて知れている。
とはいえ真意が読めないのは不気味過ぎる。クラスメイト達も同じのようで「うわあ……」と言う目でこちらを窺っている。
――怪しい。
シルヴィーはカマをかけてみた。
「分からなかったからブランクよ。他の子に訊いて」
するとジュリエットは「そうなの?」と喜色の声を上げた。
「だったら私のノートを写させてあげる!」
「…………」
シルヴィーが思うに彼女は、難問を大学生に解かせた。公爵家が各教科の家庭教師を大量に雇ったと密かに噂になっている。
シルヴィーは「結構よ」と言って顔を彼女から机上に戻した。
「遠慮しないで」とジュリエットはノートを差し出してくる。
「これまでお世話になったんだから、今日くらい私に助けさせてよ」
シルヴィーはつくづく彼女に呆れた。
ジュリエットは、謝礼より謝罪をすべきだ。彼女が画策した所為で伯爵領はプチパニックに陥った。注文激減の煽りを受けた製紙工場は稼働を減らし、従業員の勤務を週五から週三にする寸前のところまで追い詰められていた。
他の誰でもない、ジュリエットが伯爵領の民の生活を脅かしたのだ。
帝国の発注が無ければ立て直しは無理だった。偶々幸運に恵まれた。
――自分が何事もなかったから、相手もそうだと思っている。
何事もなかった事にはさせない。自分と家族の巻き添えを食った人達がいる。
決して忘れない。
かと言ってシルヴィーは、ジュリエットの反省も謝罪も求めない。彼女には一切期待していないし、信頼もしていない。
ただ遠慮もしない。最大級のカマをかけてみる。
シルヴィーは、声を潜めてジュリエットに告げた。
「ここだけの話、私の病気はあるメイジの方の占いで発覚したの」
「――――、メイジ?」
ジュリエットは青い顔をした。
先日馬車内でも見た顔だ。あの時は空気感染を怖がっていると思ったけれど、今彼女はメイジに反応した。
ヒミカ曰く、シルヴィーの「幼馴染ファースト」現象は魔法とは限らない。
ジュリエットの反応は明らかに怪しい。それが「魔法による病と承知していたから」なのか、「魔法がヒプノシスを看破したから」なのかは分からない。
シルヴィーの幼馴染ファーストは、大体ジュリエットと出会った六歳あたりから始まっている。同じく六歳児だったジュリエットが何かしたとは思えない。
ただし彼女が誰、或いは何による現象であるかを知っていた可能性はある。
――仮に知っていて隠していたとしても。
罪には問えない。だから今更追及しない。家業に貢献したと割り切る。
気がかりは、幼馴染ファーストはもう店仕舞いなのかという点と、ジュリエット本人は正常なのかという点だ。
シルヴィーの推測では現象は店仕舞いで、シルヴィー以外の被害者も出ない。そうでなければジュリエットの遠回しの嫌がらせと、擦り寄りの説明が付かない。
次の提案で、はっきりさせる。
「ジュリエットもそのメイジの方に視てもらわない? もしかしたら不調の原因とかが分かるかもしれないわよ」
弾かれたように、ジュリエットはシルヴィーから離れた。
「――――、いい。要らない」
早口で拒絶した背中がそそくさと自分の席に向かった。
シルヴィーは「……そう」と口の中で言った。
今の反応からしてジュリエットは正常で、幼馴染ファースト現象を黙認していた。
でも仕掛けた本人ではないから手段までは知らないかも。知っていても教えまい。トラウマの類なら再現不可だ。
謎は謎のままになりそう。いっそ魔法の方が安心出来る。魔法には必ず対抗する魔法が存在する。
夢の彼は「私には効かん」と言っていた。相当強いメイジなのだろう。そういう人はある種の魔法を弾く。
魔法の種類は大きく二分される。
「スティル(静)・テクニック」と「インテンス(剛)・パワー」だ。
因みに、魔法の先進国は帝国なのに、その用語に産業革命発祥地の言語クイーンズが多用されているのはスピーカー数が世界最多だから。国際会議や大会などでもクイーンズは重宝される。
ヒミカの「八卦」やセンジュの「ワ食」は前者スティル・テクニックで、比較的数が多い。エキスポ会場でも幾つか使用されていた。夢の彼の「殺傷能力の高いプラズマ」は後者インテンス・パワーで、前者に比べて数が極端に少ない。
例外はあれど前者は後者に魔力で劣る。対象が強烈な場合、魔法は負けてしまう。
聖職者のメイジが使うスティル・テクニック「治癒」も、だから後者には効かない。尤も聖職者の魔法は軽症しか治せない。
インテンス・パワーの使い手は強靭なので、治癒の世話になる事自体ない。
もしシルヴィーの幼馴染ファーストが魔法だったなら、スティル・テクニックに違いない。そして対抗の魔法、ワ食で効力を失った――のかもしれない。
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